第20話 意識の深淵 — 紬とメアリーの邂逅
議会塔が“沈黙”した夜の余韻が王都に漂っていた。
断罪の瞬間、王都の空気は震え、月は赤く揺らいだ。
その余波は、メアリーの精神にも容赦なく押し寄せた。
「……っ……あ……!」
隔離区画の寝台の上で、メアリーは額を押さえてうずくまる。
胸の奥が灼けるように熱い。
呼吸が浅くなる。
「姉上! しっかりして……!」
クラリスが泣きそうな声で呼びかける。
「クラリス……やだ……怖い……
視界が……世界じゃないものに……」
(メアリー……来て……
私の……底へ……)
紬の声は、呼ぶでも誘うでもなく、
“共鳴”だった。
メアリーはゆっくりと意識を奪われ、
深い深い闇へと落ちていった。
◇ ◇ ◇
暗闇は“色”を持たない。
音も匂いも温度もない。
ただ、何かが“満ちている”。
メアリーが目を開けると、そこは無限の水面のような場所だった。
自分の足元に映るのは、ゆらめく光の帯。
天空と地面の境界が消えた世界。
(ここは……私の精神世界じゃない……)
メアリーは悟った。
ここは、紬の心が形を得た“場所”だ。
ふと、遠くから足音が響いた。
ぽちゃん……ぽちゃん……
水面を歩くように、一人の少女が姿を現した。
──栗花落 紬。
刺殺された夜と同じ服。
あの路地の闇を引きずるような影を背負い、
しかし、どこか懐かしい光を目に宿していた。
「紬……?」
メアリーが名を呼ぶと、紬は一瞬だけ怯えたように顔を伏せた。
「私……あなたを壊していない……?」
紬は小さく、震える声で言った。
「壊してなんかいない……あなたは、私を助けようとしてる……」
「違う……私は……自分の痛みに、あなたを巻き込んでるだけ……」
紬は胸を抱く。
「また同じ……誰かを巻き込んで……誰かの人生を歪めて……
私は……人を幸せにできない……」
その声は震え、涙に濡れていた。
メアリーはゆっくり近づき、手を伸ばそうとしたが──
その手は水面のように宙をすり抜けた。
「触れられない……?」
「うん……だって私は、あなたの世界の人じゃないから……
ただの“遺された痛み”だから……」
紬は自嘲気味に笑う。
その笑みは、あまりにも“人間”だった。
◇ ◇ ◇
「紬……あなたは、私の中で痛みだけじゃない。」
「……え……?」
「あなたの怒りも、涙も、必死さも……全部私の中で生きてるの。
教会の嘘を断罪したとき、あなたは“悲しんでいた”。
議会塔を断罪したとき、あなたは“私を守っていた”。
それは……痛みや怒りだけでできることじゃない。」
紬は目を見開く。
「私は……誰も救えなかったのに……?」
「救われたわ。
クラリスが泣きそうな声で“あなたも大切だ”と言ったとき……
あなたは、震えながらも、耳を傾けていた。」
紬の瞳から、ぽろり、と涙が落ちる。
水面に落ちた涙は、光の粒となって周囲へ広がった。
「……私……そんなふうに……
思ってもらえたこと……一度もなかった……」
その言葉は、紬の人生の核心だった。
◇ ◇ ◇
メアリーは紬に問いかける。
「紬……あなたは、どうしたいの?
この先……どんな“存在”になりたい?」
紬はしばらく黙ったまま、水面を見つめた。
そして、小さく──しかし確かに呟いた。
「……消えたくない。
でも、メアリーを傷つけたくない。
ただ……“一人じゃなかった”って……
そう思える場所が欲しい……」
その声は、あまりにも弱く、切なく、人間らしかった。
メアリーは優しく微笑む。
「なら──私の中にいて。
“私の一部”じゃない。
“私と一緒に生きる魂”として。」
「……魂……?」
「そう。
あなたはもう囚われた記憶じゃない。
私と一緒に未来を歩く存在なの。」
紬は口に手を当て、泣き崩れた。
「そんなこと……言われたこと……ない……
私……生きていいの……?
誰かと……寄り添って……?」
「いいの。
あなたはもう、ここにいる。」
メアリーは胸の奥で静かに言う。
「紬……私はあなたを嫌わない。
拒絶しない。
あなたは……“私のもう一つの心”よ。」
紬は涙の中で笑った。
「メアリー……ありがとう……
本当に……ありがとう……」
その瞬間――
◆十九柱:
【精神同調率:95% → 統合フェーズ突入】
【魂の共鳴:安定】
【器の資格:確立】
精神世界が光に包まれ、紬の姿が柔らかく溶けていく。
「紬!?」
メアリーが叫ぶ。
「大丈夫……消えない……
私は……メアリーの中にいるから……
“あなたと生きる魂”として……」
紬は安心したように微笑んだ。
「……クラリスを……大切にしてね。」
「もちろん……!」
◇ ◇ ◇
光が弾け、メアリーは現実世界へ戻ってきた。
「姉上! 姉上っ!!」
クラリスが涙で濡れた瞳で抱き寄せようとする。
膜はまだあるが、以前より薄く、温かかった。
「クラリス……ただいま……」
「姉上……!」
(……メアリー、ありがとう……
私……ここにいるよ……ずっと……)
紬の声は静かで、優しく、もう恐怖も怒りもなかった。
◆十九柱:
【魂統合:完了】
【黙示録フェーズ3:正式移行】
【世界因果反転:カウントダウン開始】
メアリーは、深く息を吸い、静かに目を閉じた。
「私は……もう一人じゃない。
紬と……クラリスと……生きていく。」
その決意は、世界の運命を大きく動かす第一歩だった。
どうぞ気軽に読んでいただければ幸いです。
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