第2話 聖樹の崩れた日
王城を出立した瞬間、メアリーは空気の密度が“違う”と直感した。冬霧は重く沈み、馬車の進む先はわずかに揺らいで見える。空を飛ぶ鳥たちはなぜか城から距離を取り、街道沿いの獣たちは影さえ見せなかった。
自然が――“何か”を回避していた。
(また……胸が痛む。これは夢じゃない。
誰かの……死の記憶が、私の中で脈打っている)
紬の断片記憶がフラッシュのように流れる。
寒い夜道、銀の刃、呼吸の消失、倒れる瞬間の孤独。
メアリーは胸を押さえ、深呼吸した。
「姉上、本当に大丈夫ですか……?」
「大丈夫よ……クラリス。けれど――」
馬車の外を眺め、メアリーは呟いた。
「世界が……私に反応しているのを感じるの」
「反応……?」
「まるで“演算を始めた神々”の気配。
この国の構造を、上から書き換えるような……」
クラリスの肩が震えた。
姉は以前から聡明だったが、こんな神々めいた言葉を口にすることはなかった。
馬車が大聖堂前に近づくと、空気が急激に変質した。
胸の奥が焼け付くように熱い。
(危険因子……? 世界が選別している――?)
紬の魂の“神罰中枢”が覚醒し始めていた。
大聖堂の前には、焼け焦げた石材と割れたステンドグラスが散乱している。巨大な木製の聖樹像は真っ二つに裂け、内部の祭壇は崩落していた。地面には焦げた痕跡があり、ただの崩壊ではない。
雷か、光か――それとも、もっと根源的な“力”か。
「姫様が……!」
「神罰の姫が来られた……!」
民衆の視線は畏怖と期待に満ちている。
(神罰の……姫? 違う。私は……そんな存在じゃ……)
メアリーが前へ進むと、空気が一点を中心に震えた。
そのとき――
**十九柱の力を示す“異常現象”が同時多発した。**
◆近くの街灯が、何の風もないのに激しく揺れる(エンリル)。
◆地面に薄い水紋が走る(エンキ)。
◆遠くの雲が赤く焼ける(ラー)。
◆空の鳥たちが一斉に姿を消す(アヌ)。
◆民衆の胸に“恐怖”と“敬意”が混在する(イシス・アフロディテ)。
クラリスは震えながら呟いた。
「……姉上の周囲だけ、季節が違う……?」
「違うわ、クラリス。これは――
**世界が私と“もう一つの魂”の因果を計算している** のよ」
胸が強烈に痛む。
(痛い……苦しい……怖い……)
(でも……ここで“間違った因果”を放置してはいけない……)
紬の声が泣いていた。
「姉上、少し休みましょう! 顔色が――」
「いいえ、進むわ。大聖堂の“選別結果”を見ないといけない」
祭壇跡に、黒い染みが蠢いていた。
影はゆっくりと形を持ち、崩れた瓦礫の上に“一人の男”として立った。
元・高位司祭。
聖樹教会の聖職者のはずだった男。
だが、その体からは聖性ではなく“濁った悪念”が漂っていた。
「王女……貴様が……“神罰の器”か……!」
クラリスが一歩退く。
「姉上、あれは……まるで“呪い”が形になったみたいです……!」
男の背後に、黒煙のような怨念が揺れた。
それは **アヌビスが触れた“心の重さ”** の残滓だった。
「わたしは……祈りを捧げたのだ……国のためにな……!
なのに、なぜ貴様が……神罰を……!」
「あなたの祈りは“偽り”だったからよ」
「黙れぇぇ!!」
男は刃を引き抜き、獣のように吠えて突進した。
クラリスが叫ぶ。
「姉上、危ない!!」
だが、メアリーは動かなかった。
ただ胸の中の“紬の恐怖”に呼応して立ち尽くしていた。
(怖い……怖い……また刺される……
でも……もう、逃げたくない……!)
瞬間――世界が反転した。
空間が“ひび割れた”ような音が響く。
男の刃がメアリーに触れる寸前、
**十九柱の神罰が自律発動した。**
◆ゼウスの雷。
◆アテナの演算・未来予測。
◆ラーの光の矢。
◆ホルスの天空視界。
◆エンリルの圧風。
すべてが“因果の一点”に収束し、
男は一歩踏み出した瞬間に **重力方向を逆転** させられた。
「が……あぁあああああああ!!」
彼は地面に叩きつけられたのではない。
地面が“反転し、上昇した”かのように跳ね上げられた。
骨が砕ける音。
大地の裂ける音。
神罰が“悪意の構造体”を粉々にする音。
クラリスは震え、涙が滲む。
「姉上……これ……本当に……姉上の力なんですか……?」
「違う……違うのクラリス……私は……何もしていない……!
これは私の中の……“傷ついた魂”が……反応して……!」
メアリーは男に近づいた。
「あなたの祈りは、国のためでも、人のためでもなかった。
あなたが守りたかったのは“自分の地位”だけ」
男は震える声で呟いた。
「……助け……て……」
(助けて……誰か……私を……)
(助けて……寒い……一人は……嫌……)
紬の痛みが、またメアリーの胸を締め付けた。
涙が勝手に流れる。
「クラリス……もし私が……あなたを守れなかったら……どうする?」
「姉上!? どうしてそんな……!」
「私はこの国を治める前に……
自分自身が“壊れかけている”の。
魂が二つあるせいで……」
クラリスは震える手で姉の腕を掴んだ。
「壊れたっていい! わたしが姉上を支えます!
どんな姿になっても、姉上は姉上です!」
(クラリス……
私はあなたの手を握りたい……
けれど……私の中の“誰か”が……拒絶しようとする……)
しかしこの瞬間――
十九柱の力の波動が急激に低下した。
(……妹……?
この子は……危険じゃない……
私の世界で……守れなかったもの……)
異質な魂の拒絶が“たった一度だけ”止まり、
メアリーはクラリスの手を握ることに成功した。
「姉上……!」
「クラリス……ありがとう……」
光が消え、雷鳴が遠のく。
メアリーとクラリスが手を取り合ったその足元で、
黒い影は静かに塵へと崩れ――風に散った。
その瞬間、メアリーの耳に“古い声”が響いた。
(“調律・第二段階……完了。”
“偽りの祈り、断罪。”
“次、議会の穢れ。”)
紬の魂と十九柱の意識が静かに同期し、
世界の“因果修正”が進み始めていた。
聖樹の崩落はただの災害ではない。
**黙示録の開幕である。**
どうぞ気軽に読んでいただければ幸いです。
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