第17話 王都の沈黙 — 民衆の神頼り化
教会が沈黙し、議会が混乱し、軍が揺らぎ始めた翌日。
王都アルセリアは、歴史上かつて例のない“静寂”に包まれた。
朝の市場に響くはずの商人の声もない。
広場で喧騒を作る子どもたちの笑い声もない。
町外れの酒場の歌声も、工房の槌音もない。
ただ──
“沈黙”と“視線”が王宮の方向へ集中していた。
「……王女殿下が、我々を見てくださっている。」
「嘘をつくと選別される……だから、正しく生きなければ。」
「昨日、夫が嘘をついたと思ったら急に倒れて……
あれは……神の裁きに違いない。」
「祈れば……救われるのか?」
民衆の間でささやかれる声は恐怖であり、同時に依存の始まりだった。
◇ ◇ ◇
王都正門近くの祈り場には、自然発生的に人が集まり始めた。
老夫婦、若い母親、商人、旅人、職人たち。
誰が指示したわけでもない。
ただ、人々は王宮を見上げ、静かに頭を垂れていた。
「王女殿下……どうか我らを見捨てないでください……」
「家族が嘘をついた罰を受けました。
どうかこの罪を浄めてください……」
「選別されませんように……!」
それは祈りだったが、信仰ではなかった。
恐怖と期待が入り混じった、“依存”そのものだった。
王宮を中心に、王都そのものが巨大な神殿のように変貌していく。
◇ ◇ ◇
その頃、隔離区画ではメアリーが窓に額を寄せていた。
「クラリス……外の声が……聞こえるの……」
「声……? 私には何も……」
「祈りよ……私への祈り……
私が……望んでもいないのに……」
(これは私の……祈りじゃない……
恐怖の叫び……)
紬の声が震えた。
「紬はどう感じるの……?」
メアリーは問いかける。
(やめてほしい……
私なんかに祈らないで……
私は……救われなかったのに……
どうして私が……誰かを救えるの……!?)
紬の悲痛な声が胸に刺さった。
「紬……あなたは救われていいのよ……」
メアリーはそっと窓に手を添える。
「でも……この祈りは……重い……
私を“偶像”にしようとしている……
私は……そんなものになりたくない……」
クラリスは姉の腕に触れようとして、膜に阻まれた。
「姉上……あなたは偶像じゃありません……
私の、大切な姉です……!」
その言葉に紬も静かに耳を傾けた。
(……クラリス……
どうして……そんなふうに……言えるの……)
「当たり前です!
姉上が神様なんかである必要はありません……
私は……ただ姉上と……普通の日常を……!」
クラリスの声には涙が混じった。
◇ ◇ ◇
だが、王都はそんな願いとは正反対の方向へ進んでいた。
ある店主が、妻に隠れて財産をごまかした直後、突然手が震え始めた。
「な、なんだ……急に……!」
「あなた……嘘をついたんじゃないの!?」
別の場所では、子供が泣きながら告白する。
「お母さん、ごめんなさい……嘘をついたら胸が苦しくなって……!」
人々は“世界が変わった”ことを理解し始めていた。
「王女殿下が……私たちの嘘を見ておられる……?」
「これは……神罰ではなく、“王女罰”……?」
「王都の法則そのものが……王女殿下に従っている……」
恐怖。
崇拝。
依存。
そのすべてが混ざり合い、王都の空気を完全に塗り替えた。
◇ ◇ ◇
隔離区画。
メアリーは両手で耳をふさぎ、苦しげに呟いた。
「やめて……お願い……
そんなふうに……私を祈らないで……
私は……そんな存在じゃ……」
(違う……! あなたは……守られるべき存在!
私が守れなかった“私自身”を……今度こそ……守りたい……!)
「紬……あなたの痛みは分かる……
でも……私は女王でも女神でもないの……
ただの……ただのメアリーよ……!」
(メアリー……)
紬の声が揺れた。
「クラリス……怖い……
外の祈りが……私を飲み込もうとしている……」
「姉上……!」
クラリスは涙をこらえ、強く言い切った。
「私は姉上を、神様なんて呼ばせません!
誰が姉上を偶像にしようとしても……
私は、姉上の“妹”として、生きていきます!」
その言葉が、メアリーの心をわずかに安定させた。
◆十九柱:
【メアリー精神:安定化】
【紬感情:悲哀 → 静穏】
【王都:選別は継続・低頻度】
◇ ◇ ◇
しかし――
王都の沈黙は、別の“兆し”を孕んでいた。
「聞いたか……? 議会が動いたらしい……」
「“王女拘束案”が可決されたそうだ……!」
「……それは……神罰を……意味しないか……?」
民衆は悟っていた。
議会が王女に手をかければ──
教会以上の断罪が起こることを。
「議会塔は……今夜、沈むかもしれない……」
誰かが呟いたその言葉を、
誰も否定しなかった。
王都は静かに息を呑み、
世界は次の“選別”へ向けて動きだしていた。
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