第16話 紬の叫び — 同化率の上昇
議会塔で“王女拘束案”が可決されたその夜。
王都の空は星を覆うように薄い靄をかぶっていた。
風は途切れ、世界が息を潜めているようだった。
隔離区画では、メアリーが深刻な疲労でベッドに横たわっていた。
「姉上……少し休んでください……」
クラリスがそっと毛布をかける。
「ありがとう……クラリス……
でも……胸がざわざわして……眠れないの……」
(眠れない……眠れるわけがない……)
紬の声が震えていた。
「紬……? どうしたの……?」
(あの男……私を刺したあの男……
私を侮辱し、貶し、追い詰めた……
議会と……同じ匂いがした……)
紬の怒りが、メアリーの心臓へ直接響いた。
「あっ……!」
「姉上!?」
メアリーは胸を押さえ、強烈な痛みに声を上げた。
◇ ◇ ◇
視界が白く染まる。
光も音も消え、ただ“痛み”だけが世界を埋める。
──紬の記憶だ。
暗い路地、湿った風、背後から近づく足音。
振り返る前に、腹部に激しい衝撃。
(痛い……痛い……なんで……どうして……!?)
「紬……!」
メアリーは思わず叫んだ。
(私……悪くないのに……
お父さんも……お母さんも……妹たちも……
みんな私を守ってくれたのに……
どうして私は……こんな目に……)
紬の心が渦巻く。
その叫びは、死の瞬間の恐怖そのものだった。
「紬……あなたは悪くない……誰より……強い人よ……!」
(違う! 怖かった……怖くて……誰も助けてくれなくて……!)
メアリーの胸が激しく痛む。
その痛みは、身体のものではなく“魂の圧迫”だった。
◇ ◇ ◇
「姉上、やめて! 紬さん、その記憶は……!」
クラリスの声が震える。
メアリーは頭を抱え、泣き声のような声を漏らした。
「いや……見てはいけない……
でも……見えるの……紬の痛みが……!」
(忘れたくない……
でも……あの痛みを思い出すたびに……
世界が歪む……)
「紬……!」
(みんな嘘をつく……
見たくないものを見ないフリをする……
私の痛みは……誰にも届かなかった……)
クラリスは涙をこぼしながら叫んだ。
「紬さん!
あなたの痛みは今、姉上が……私たちが受け止めています!
もう一人じゃない……!」
(……クラリス……)
紬の声が一瞬だけ震える。
◇ ◇ ◇
十九柱が動きを強めた。
◆十九柱:
【紬の情動波形:激昂 → 収束不可】
【メアリーとの精神同調率:82% → 87% → 90%】
【閾値:同調率95%で黙示録フェーズ3移行】
【王都:微小神罰発生】
その瞬間、王都の外れで街灯が一斉に消えた。
嘘をついた商人が突然ひざまずき、動けなくなった。
家族に暴力を振るった男が、何もない場所で転び骨折した。
十九柱が紬の怒りに反応し、小規模な選別を自動実行したのだ。
◇ ◇ ◇
「姉上……世界が……また……!」
「クラリス……怖い……どうしたら……」
(怖いのは私も……
でも……止めたくない……
止めれば……また誰かが犠牲になる……)
「紬!
あなたが苦しんでいるのは分かる……
でも……このままじゃ姉上が……!」
紬の声が少しだけ弱くなる。
(……メアリー……ごめん……
あなたを苦しめるつもりじゃないのに……
でも……消えたくない……
私という“存在”が……また塵のように扱われるのが……怖い……)
メアリーは涙を流した。
「消えないで……紬……
あなたは私の一部なの……
痛みも……涙も……全部……私の中で生きてる……」
(メアリー……)
紬の声が震える。
◇ ◇ ◇
クラリスは二人を見つめ、胸を押さえた。
(姉上は……本当に紬さんに触れられている……
二人の境界が……溶けていく……)
「姉上……紬さん……
お願い……私を置いていかないで……!」
その切実な声は、十九柱の機構にも反響した。
◆十九柱:
【クラリスの感情:保護・献身 → 安定化要因として計測】
【メアリー精神:揺らぎ → 臨界手前】
【同調率:91%】
メアリーは震える声で呟いた。
「クラリス……紬と私は……
もう離れられない……
この世界が私たちをどう扱っても……
私の中の紬は……消えない……」
(消えない……消えたくない……
あの日の私を……誰かに肯定してほしかった……)
「紬……私はあなたを肯定する……!
あなたの痛みも……恐怖も……
あなたという人も……!」
(メアリー……!)
その瞬間、同調率が跳ね上がった。
◆十九柱:
【同調率:93%】
【黙示録フェーズ3:移行条件まで残り2%】
◇ ◇ ◇
クラリスは姉の名を叫ぶ。
「姉上!! 紬さん!!
もうこれ以上……自分を傷つけないで……!」
メアリーは涙に濡れた瞳で妹を見つめた。
「クラリス……ごめん……
私は……この先、何になるの……?」
(メアリー……一緒に……進もう……)
紬の声は、もう“別の存在の声”ではなかった。
完全にメアリーの心と混ざり合い始めていた。
世界は静かに──
二つの魂を中心に再配置を始める。
どうぞ気軽に読んでいただければ幸いです。
ブックマーク・ポイント⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️・リアクション・感想など、励みになります!




