epilogue.
その日、リタ・パルマはいつになく忙しく立ち働いていた。
「リタさん、このワインはどこに運べばいいですか?」
「重ための赤ですよね?だったら、魔術師協会のテーブルに置いてください。あの方たち、手酌が好きなのでグラスも足なしで大き目のものをお願いします。」
「リタさん、豚の丸焼きはどこに?」
「ああ、それは冒険者ギルド側においてください。きっちり会場の真ん中に配置するように。どっちに置いたかで本気で揉める人たちですから。」
「わかります。うちの師匠もいっつも魔協の悪口いってるわりに、このパーティだけは絶対参加するんですよ。」
「毎年のことながら、こっちのじいさんたちもそんなもんすよ。あの人たち、喧嘩しなくなったら死ぬんじゃないかってくらい活き活きと錬協に張り合ってますからね。仲良くやりゃあいいのに、まったくお互い苦労しますね。」
「本当に、なんであんなに仲が悪いんでしょうね。」
魔術師協会と錬金術師協会の若手職員たちは、そう笑いあいながら豚の丸焼きを運びに戻った。
今日は、王都一のレストランを完全に借り切って、年に一度開催される『帝国賢者連盟の集い』の日だった。
魔術師協会と錬金術師協会は昔からなにかと対立しては仲が悪い。その仲を取り持とうと冒険者ギルドが始めたこのパーティだ。
ギルドがどうしてもと言うから仕方なく…というていでお偉方が出席するのだが
、双方喧嘩を売りに来ているとしか思えない態度だった。
それがここ数年軟化してきたのはリタ・パルマが幹事になってからだった。
何しろパーティーフードが異様に充実しているのだ。前菜からデザート、果ては手土産まで。潤沢な予算ですべて一同に集めることができる夢のような会。
そう、リタ・パルマは完全に私利私欲で動いていた。
合法的に各団体の予算を使い込んで美味しいものが食べられるなら、参加を渋るお偉方ににこやかに頭をさげ、ショコラファウンテンの手配をし、ビンゴ大会を企画して司会を務めるなどたやすいことだった。
S級冒険者でもあるのに偉そうなそぶりも見せず、パーティーを開催するためにどんな雑務も笑顔でこなし、とにかく美味しそうになんでもよく食べる。
そんなリタを、ベテランの魔術師も錬金術師も好きにならないわけがなかった。
「おい、ビンゴ大会とやらの景品に使うといっていたが、本当にこんなもので良かったのか?」
招待冒険者枠として初めてこの集いに参加するライオネルは、そう言いながら封筒をリタに渡した。
「もちろんです。ちなみに私は毎年、亜空間収納ポーチ(Sサイズ)を提供してるんですよ。」
ライオネルが用意させられた景品は、このビンゴのために特別に絵師を手配して作らせた姿絵にサインをいれたものが3枚。ライオネルはサインをいれただけなので、実質用意したのはリタだった。
リタは満足そうに確認すると、「ありがとうございます。」と受け取った。
「全く、どこの世界に自分の男の姿絵を景品に出す恋人がいるんだ。」
少し拗ねた表情でぶっきらぼうに言うライオネルに、リタは笑うしかなかった。
「これは…私が全力で狙いますので!」
明らかに目線が泳いでいる恋人の瞳を、ライオネルはじっと覗き込んだ。
「本当は何を狙ってる?」
「…魔術師協会長が提供してくれた、冷凍渡り蟹と虹貝の豪華詰め合わせを。」
「そんなものと俺の姿絵じゃ釣り合わんだろう。」
ため息をつくライオネルにリタは慌てて首を横に降った。
「いえ、もともとS級冒険者の姿絵は男女問わず人気があるんですよ。それがかっこいいと評判で女性に大人気のライオネルですから。」
「お前もそう思ってるのか?」
「お、思ってますよ。」
「だったらいい加減その他人行儀な話し方はやめろ。」
「…か、かっこいいし、それ以上に頼りになるし、すごく安心できると思って、る。」
たどたどしい不意打ちに、ライオネルは思わず口元をゆるめた。
「ならいい。」
氷刃と言われてきたライオネル・クレイグがふわりと花のように笑ったのを見て、リタの背後で黄色い悲鳴があがった。
会は和やかに進み、今年も魔協・錬協双方の重鎮たちは酒に酔っては誰かれと絡み始めた。それを若手がなだめるというちょっとした地獄絵図が展開されている。
揉めてる本人たちが楽しそうなので、毎年の風物詩として眺められていたが、今年はリタも巻き込まれていた。
「リタさん、氷刃と付き合ってるって本当なんですか?」
「帝国賢者連盟の独身の星だったじゃないですか!」
まぁまぁ、となだめるリタの肩を、背後から現れたライオネルがぐっと抱き寄せた。
「悪いが本当だ。独身の星とやらは、近々滅びるだろうな。」
そう言ってニヤリと笑うライオネルに、今夜何度目かの黄色い悲鳴が上がったのは言うまでもない。
「あっ、そうだ皆さん、そろそろ麺のご用意ができますよ!」
リタはそう言って屋台を指さした。
煌びやかなレストランの一角でいい匂いをさせているのは、麺料理で有名なグロスト地方の銘店フォン・ダイの屋台だった。
王都にはない、濁りのない美しいスープに浮かべられた白い麺は、たちまち参加者の心をわしづかみにした。特に、アルコールが進んでいた者たちには大好評だった。
「リタさん、ちょっとしたパーティに出店するだけって言ったじゃないですか。なんで俺ら王都一の高級レストランで屋台出してんすか。あんた馬鹿でしょ。」
フォン・ダイの若い店主はキレつつも終始縮こまっていたが、その妻は「馬鹿はアンタだよ」と言いながら商機を逃すまいとてきぱきスープと麺をよそっていった。
「まあまあ。こちらの料理長もメコンの実で作った麺には興味津々で好意的でしたし。王都で2号店、目指しましょうよ。」
リタはそう言いながらちゃっかり鶏汁そばを受け取ると、ライオネルとともにテーブルに座って温かいうちに口をつけた。
「ふはぁ~!この清らかなスープとあっさりしながらもちっとした麺が王都で食べられるなんて。職権乱用した甲斐があったなぁ。」
「全く、お前は最後まで食べてばかりだな。」
「当たり前でしょ。だって美味しいものを食べるために生きてるんだもん。」
お嬢様との大切な約束を思い出して、リタは澄み切ったスープに視線をおとした。
「そうか。ならいろんな所へ行って、いろんなものを食べないとな。」
しみじみとそう告げるライオネルに、いつかのお嬢様の言葉が重なって、リタは少しだけ涙ぐんだ。胡椒を入れ過ぎたことにして、うつむいたまま「うん」と頷いた。
食べることは生きること、美味しいものは希望であること。
リタは、それをずっとずっと、何があっても心に掲げて生きていこうと思った。
訳あり元冒険者の復職支援 ギルド職員リタ・パルマのお仕事相談〈完〉
ここまで読んでくださってありがとうございます!
最後まで食い意地を貫きとおしましたが、いかがでしたでしょうか。
面白かった、お腹すいた、誰が良かったなど、もしよければ感想や評価など入れていただけると大変嬉しいです。
また別のお話でお目にかかれることを願い、沢山の感謝をこめて。
ありがとうございました。 夕波




