last case.冒険者ギルド職員リタ・パルマ 24歳 元Sランク冒険者(13)
「あなたは領主代理としてやるべきことをこなしてきた。なぜ代替わりして自分が表に立つと言わないの?」
この家から逃げ出さなかった。それだけでクロードには正当な領主としての権利があるとリタは思っていた。
けれど、本人の声は意外にも否定的なものだった。
「無理だ…だって誰も僕自身を認めない。」
「無理じゃない。」
クロードの背後から、洗濯婦が洗濯棒で殴りかかった。肩を殴打されながらも使用人を床に叩きつけ、傀儡として生きてきた彼の悲痛な叫びが部屋に響いた。
「勝手にこの家を出て行ったお前に何がわかるんだよ!お前なんか、帰って来なければよかったのに…!どの面下げて…ッ。」
「確かにこの家のことは何もわからない。でもクロードが今幸せじゃないことだけは分かる。あなたにできないなら、アレは私がぶっ壊す。」
「そんなことさせるわけがないでしょう。」
ブライアンがベッドの周りに結界を張った。
主人への異様なほどの執着、それが古代闇魔法をより増幅させていた。
その時、新たな使用人が部屋に入ってきた。厄介な、と振り返ったリタは息をのんだ。立っていたのは、フェネスト卿だった。
廊下でリタを追い詰めた時を同じように、ただ静かに気配を殺して立っている。
魔力がなかった状態で手も足もでなかったが、魔術が使えるようになったからといって勝てる自信のない相手だ。ましてここは使用人たちでひしめき合っている。
派手な立ち回りも魔術も危険すぎる。フェネスト卿を外に出して戦うか?でもブライアンを止めなければ。
リタがジリっと腰をかがめると、背後でブライアンが笑った。
「良いところに来ましたねフェネスト。アシル様が再び日の目を見るために、今こそこの屋敷に改革をもたらしましょう!」
「ああ、そうだなぁ。」
フェネスト卿はにこりと笑うとクロードに視線を移した。
まずい。冒険者の勘で、リタは瞬次にクロードの前に立つと次に来るべき攻撃に備えて防御の姿勢をとった。
黒服の内ポケットから出されたナイフは2本。迷うことなく投げられたその2本を叩き落してからが勝負だ。
リタは限界まで集中力をあげたが、不思議なことにナイフは飛んでこなかった。
トスッ。壁にナイフが突き刺さる音が響くと同時に、声もなく後ろに倒れ込んだのは、ブライアンだった。
「な、ぜ…。」
「お互い長年この家に仕えてきた古株同志だ。お前のアシル様に対する忠誠心は分からんでもない。だがなブライアン、お前はやりすぎた。それに私にも辺境伯騎士隊を護る責務があるんでな。」
頸動脈から派手に血が噴き出すと同時に、部屋にひしめきあっていた使用人たちはその動きを止めた。
部屋には、領主アシルの湿り気のある咳と呼吸音だけが響いていた。
「フェネスト卿。」
もしかして、廊下でやり合った時に自分を殺すつもりはなかったのかもしれない。リタは昔を想い出していた。
どこまで強くなったかテストするといいながら、ボロ雑巾のようになるまで痛めつけられたことを。
「…あなたって、そういう人でしたね。」
「さて、何のことやら。」
ニヤリと笑うアレクセイ・フェネストに、もう殺気は微塵も感じられなかった。
「騎士隊に召集をかけてあります。怪我人を広間に運びましょう。ここは空気が悪すぎる。そっちは任せましたよ、お嬢様。」
フェネスト卿はそう言ってベッドを見やった。
その瞳には、長きに渡って仕え続けた主人への惜別の念がこめられていた。
リタは絶命したブライアンの血だまりを避けるようにベッドの前に立つと、
「最期の言葉も残せないなんてね。」と吐き捨てた。
「は…?何を言ってるんだ。本当に実の父親を殺すのか?」
「父親だと思ったことはないよ。それに冒険者時代に何人もやってきたから今さら一人増えたところで変わらない。」
リタは落ち着いていた。本当にどうでもいいと思っている、冷たい表情だった。しかしその手をライオネルが掴んだ。
「やめておけ。俺がやる。」
「ライオネルさんが手を汚すことはありません。あなたには関係のないことですから。」
「関係ないから、悔恨も残らんだろう。」
「でも…。」
ライオネルは剣を治めると、両手でリタの頬を包み込んだ。
身をかがめ、唇が触れそうになるほどの距離で彼女の顔を覗き込む。
「それくらいのしがらみは、俺に背負わせてくれ。」
リタは、小さな子どものように黙って頷いた。
「やめてくれ…。」
クロードが小さく呟いたが、そこに制御のそぶりはなかった。
「いくぞ。」
ライオネルはアシルの体の上で剣を逆さに持つと、柄頭を振り下ろして胸の魔水晶を割った。
「あ…あァ…」
領主アシルは大きく目を見開いて小さく痙攣したあと動かなくなった。
名門ブレヴァール家に生まれ、国内トップクラスの魔術師だったアシル・ブレヴァ―ル。
自分たちを辺境においやった王家に恨みを抱き続け、生物兵器としてのキマイラを生み出した野心家にしては、あまりにもあっけない最期だった。
リタは座り込んだまま呆然としているクロードの前にしゃがみこむと、右手に魔力をこめて彼の喉元に埋め込まれた魔水晶を取り出した。それを、目の前で握りつぶした。
「終わりだよクロ―ド。」
今度こそ本当にさよならだと思いながら、リタは立ち上がった。




