last case.冒険者ギルド職員リタ・パルマ 24歳 元Sランク冒険者(12)
last case.冒険者ギルド職員リタ・パルマ 24歳 元Sランク冒険者(11)
水を得た魚のように魔力を取り戻したリタは、一瞬でブライアンの背後をとると首筋に刃を当てた。
必ず首をとれ。子どもの頃フェネスト卿から散々教え込まれたけれど、まさかこの家に長年仕えている執事の首をとるとは思わなかった。
「たかだか12年しかこの家にいなかった小娘が、今更何をしようというのです。」
苦しげに発せられたその言葉には、この家の執事としての誇りや愛着が滲んでいた。
長い時間をかけて、歪みねじれてしまったものだけれど。
「家督を正式にクロードに譲らせます。現当主は意識があるだけで、もう役目を果たせていないのでしょう?」
「はっ。先ほどから何を勝手に言うかと思えば。アシル様はまだまだこれからの御方。ここにいる3人分の魔力をまとめて吸い上げれば、たちまち回復される。
死の淵より蘇った旦那様と、キマイラを完全に飼いならすことができればもはや辺境伯騎士隊も不要。魔獣討伐も隣国とのいさかいも、すべてキマイラを使えばいいのです。古臭い慣習にしばられ偉そうな騎士隊の代わりに、これからの時代はキマイラ使いが力を握りましょう。」
その目に、どれだけの正気が残っているのだろう。リタは後ろでに拘束したブライアンをベッドの前に立たせた。
「何を言っているのブライアン。クロードも良く見ておきなさい。」
リタはそういって、ベッドの掛け寝具を勢いよくめくった。
部屋の中に、胸が悪くなるような嫌な臭いがもわっとたちこめた。手足が自由になったクロードは、顔をしかめて手で鼻を覆った。
現当主アシル・ブレヴァ―ルは、もう立つこともままならない。熟しすぎた果物のように両膝から下が腐り、そこから漏れ出る体液で寝具は赤茶色のしみだらけだった。
「もうヒールも効かないのでしょう?」
「足なんて、義足でどうとでもなります。」
「クロード。これを見てもまだ命を危険にさらしてまで魔力を送り続ける?」
「そんな…。」
西の魔術公と謳われたアシル・ブレヴァ―ルの瞳は、どろりと濁っていた。こちらのやりとりもどれだけ理解しているのか、じっと天井をみつめたまま動かなかった。
ブライアンは両手を拘束されたままじっと当主を見下ろしていた。
「まだだ。まだアシル様を終わらせるわけにはいかない。」
そう呟くと、ぶつぶつと何かを唱え始めた。ブライアンの首元が光り出し、リタが気付いて制止しようとした時には手遅れだった。
「今のは、なんだ…?」
ライオネルが警戒してすぐに防御にうつれる姿勢をとったが、部屋の中では何も起こらなかった。不発か、そう思いかけた時。コンコン、とドアがノックされた。
「誰ですか?」
リタの問いかけに答えたのは、メイドだった。
「失礼いたします。お茶をお持ちいたしました。」
この場の空気にあまりにもそぐわない声に、リタは思わず「えっ、いりません。」と答えたが、彼女は構うことなくティートロリーを押して部屋に入ってきた。
「お茶をお持ちしました。お茶をお持ちしました。お茶をお持ちしました。」
メイドはきっちり3回そう繰り返すとティートロリーを思い切りクロードの背中に突っ込ませた。
「うわっ…」
再び床に倒れ込んだクロードに覆いかぶさったメイドは、ティースプーンでその瞳をくりぬこうとする。メイドを引き離したリタは、隠し持っていたフォークで腕を刺された。
無言で痛みに耐えるとそのままメイドを床に叩きつけた。普通だったらこれで気を失うはずが、彼女はにこやかなまま起き上がった。
ブライアンの古代闇魔術で操られているのか、その目に光はやどっていなかった。
「なかなかいい人形でしょう?首を斬り落とさない限り動き続けるんですよ。大した戦力にはなりませんがね。それでも数をそろえれば何かと便利でしてね。」
「旦那様、お呼びでしょうか?」
低いしゃがれ声が聞こえて、振り向くと部屋に入り口には老庭師が立っていた。
手には剪定用の大きなハサミをもっている。骨まで断ち切れそうな、よく手入れされた刃先のするどい仕事道具は、ライオネルに突き付けられた。
どんなに戦いなれた冒険者でも、一般人は殺せない。それを分かっていてここへ集めたのだろう。その後もキッチンメイドや料理人、フットマンから洗濯婦までが次々と押し寄せ、広かったアシルの私室はたちまち人でいっぱいになった。
彼らは一様に同じ言葉を繰り返しながら、にこやかにリタたちを攻撃しはじめた。
多少武術の心得があるとはいえ、使用人の変貌に苦戦するクロードを守りながら、リタは操者であるブライアンを仕留めようと思ったが、動こうとするたびに使用人たちにしがみつかれて上手く立ち回れない。
足の皮膚を料理人に齧り取られ、腕をねじ上げられながら、リタはクロードに向かって叫んだ。
「クロード!今すぐアシルの胸元に埋め込まれている魔水晶を叩き壊して!アシルが死ねばブライアンの動きも止められる!」
しかしクロードは動かなかった。
「無理だよ。こんな奴でも、父親なんだよ?これまで僕のすべてはこの人に叩きこまれてきた。姉さんだってそうでしょう?
たとえ愛されてなかったとしても、これだけの手間をかけてくれた肉親を自分で手にかけることなんてできない…。」
領主代理を務めてきた長男の声は、震えていた。




