last case.冒険者ギルド職員リタ・パルマ 24歳 元Sランク冒険者(11)
「それで、グレイ長官から何を頼まれた?」
ようやく呼吸を整えたところで、ライオネルが尋ねた。
「一言でいうと、例のキマイラ事件の黒幕をぶっ潰してこい、って感じです。」
「了解した。」
「お力を借りてもいいんですか?」
「無論、そのためにここに来た。」
当たり前のようにそう返されて、リタは少しだけ泣きそうになった。こんな風に手を差し伸べてくれる人が、この屋敷にはいなかったから。
「巻き込んでしまったのですから、ブレヴァール辺境伯と私の関係をお話しておきますね。」
リタはふぅと深く息を吐いた。どこからどう話せばいいか迷っていると、ライオネルが「必要ない。」と断った。
「え?」
「無理に聞く話じゃないのだろう。話したくなったらでいい。それよりさっさと片づけて早く帰るぞ。」
「…はい!」
勢いよく立ち上がると、リタはあっと声をあげた。
「私いま、魔術を封じられているんです。どうして執事のブライアンがあんな禁じ手を使えたのかわかりませんが、彼が真の黒幕でしょう。おそらくブレヴァール辺境伯は指示を出すだけで精一杯なはずです。先にブライアンを叩きます。」
2人は周囲を警戒しながら厩舎を出ると、屋敷の使用人出入り口から再び中へと入っていった。
2階の廊下は静まり返っていた。床に散らばったガラス片がなければ、ここでひと暴れしたとは思えないほどだった。
すぐ近くでフェネスト卿が警護に当たっているはず。罠かと気を張るが、不自然なほどの静寂が、リタをアシルの寝室へ誘っていた。
リタは重たいドアを開けて、ゆっくりと中へはいった。中へ一歩踏み入れた瞬間、足もとが光りはじめた。
「危ないっ!」
後ろからライオネルに抱きかかえられて横へそれる。おそらく、封じた魔力を根こそぎ吸い取るための陣だった。
部屋は直射日光が入らないようにカーテンが閉められて薄暗い。ベッドにはかつて父親だった男が横たわっているのだろう。傍らにブライアンが立っていた。
「お待ちしていましたよ、お嬢様。」
ブライアンの首元から頬にかけて、入れ墨のように何かの術式が浮かび上がっていた。冒険者時代に、一度だけ見たことがある。これは―
「古代闇魔法…」
「おや、ご存知で?」
かつてこの国を支配していた古代魔術都市が、滅びることになった大きな原因が闇魔法だった。人間の命を引き換えに最大限の力を引き出す契約魔法だ。
「なぜ一介の執事が、とお思いですか?これはクロード坊ちゃまが古い文献を読み込んで発見したのですよ。姉のあなたと違って大変優秀な方でいらっしゃる。それに、とても父親思いだ。」
ブライアンはそう言ってベッドの陰から何かを蹴りだした。それは、手足を拘束されたまま床に転がされたクロ―ドだった。
「領主気取りですか?」
リタの問いを、ブライアンは嗤いとばした。
「まさか!この地を治めるのは偉大なるアシル様ただおひとりです。不出来な娘も未成熟な息子もいらない。アシル様を生きながらえさせることこそ我が使命。あなた達は尊い糧となるのです。」
高らかな宣言とともにブライアンが右の拳を振りかざした瞬間。心臓がギュッと締め付けられる感覚に、リタが思わず呻いた。
「うっ…」
その時、それまで気配を消していたライオネルがブライアンの腹部に一撃を入れ、部屋の壁まで蹴り飛ばした。
背中を強打した衝撃で、ブライアンの口からごぽりと黒い粘液が吐き出された。
入れ替わるようにリタの心臓の痛みは消えて、手足にじんわりと熱が宿った。魔力が戻ってきたのだ。
「ライオネルさん、ありがとうございます!」
リタはすかさず部屋に飾られていた大きな壺に手をふれた。焼き物は、瞬次に錬成され、鋭く細い剣へと姿を変えた。
これが黒煙だ、とライオネルは目を見開いた。
コギト村の3本首のドラゴン。グロスト湖のケルピー。そして王都のキマイラ。
仕留めたのは、やはり黒煙だった。
ライオネルは静かな感動を抑え込むと、今やるべきことに集中し直し、クロードの拘束を解き始めた。




