last case.冒険者ギルド職員リタ・パルマ 24歳 元Sランク冒険者(8)
第1訓練場は騎士団本部の奥に位置していた。
魔法攻撃や防御を前提として作られているため、かなり広い空間がとられている。
白い人工石が敷き詰められた特殊なフィールドの真ん中に、ライオネルは”血の盾”所属の6人と対峙していた。
削ぎ落されたのか両耳がない者。顔の右半分から首にかけてケロイド痕が大きく残るもの、両手の第1関節から先がないもの、義手に魔石をはめ込んでいるもの。
厳しい職務をこなして生き延びてきたものの迫力があった。おそらく欠損者を集めて、 Sランク冒険者相手にどこまで戦えるのか見るつもりなのだろう。
「勝たなくてもいいんだけどね、全力で戦って欲しい。死なせても構わない。それくらいの気持ちでやってもらわないと訓練にならないのでね。」
グレイはそう言うと右手をすっと挙げた。それが、開戦の合図だった。
ライオネルが大剣をかまえると、最初に2人が踏み込んできた。
1人は司令塔なのだろう。マントのフードを目深にかぶり、後方から動く気配はない。残りの3人は空中に魔法陣を描きはじめる。真上から攻撃が降ってくるだろう。
ライオネルは2人の攻撃をかわしながら、ケロイド痕の男の右手に回った。これだけ皮膚が引き連れていれば、視界が多少は狭まるはず。ライオネルは瞬時に男の脇腹を切りつけた。
これが模擬戦だったら、切りつける瞬間刃を裏返して峰打ちにしていたが、6人相手ではさすがにそんな余裕もなかった。
「ぐっ…」
まずは1人。倒れ込み白いフィールドを血で染める男を確認すると、もう1人へ刃を向けた。
男は鎖使いで、自分の体よりも長い鎖全体に強固な魔力を付与していた。相手と充分な距離をとり、飛び道具でじわじわと攻めていく。
もし自分が倒せなかったとしても、攻防で時間を稼げば空中の魔法陣が完成する。なるほど良くできた作戦だとライオネルは感心した。
ビッと鎖の先がライオネルの頬をかすめた。少し触れただけなのに、頬骨を覆っていた皮膚がぱっくりと裂ける。ライオネルは後退して相手の次の攻撃に備えた。
避ける選択肢はない。相手が全力でしならせた鎖を、ライオネルは自身の力だけで叩き切った。
「馬鹿な…力づくで切断しただと…?どんだけ馬鹿力なんだ。クソッ…!」
キィィィィン。耳の痛くなるような音とともに、魔法陣に魔力が充填されてライオネルへと焦点を当てはじめた。
想定外の攻撃に一瞬ひるんだ相手と、先ほど切りつけたもう1人。ライオネルは2人を担ぎ上げると、魔法陣から槍のようにふってくる光魔法の盾にした。
血の盾と呼ばれているだけあって、術者に3人は仲間が盾にされているのを見ても全く魔力を弱めなかった。すぐに後発がやってくる。さすがにもう一度盾にすれば、2人は死ぬだろう。
ライオネルは2人をフィールドの外へ投げ飛ばすと、空中に展開された魔法陣からの攻撃を浴びながら術者へ向かって駆けだした。
何人やれるか?勝てるとは思っていないが、やられっぱなしになるつもりもない。
ライオネルは捨て身の覚悟で斬り込んだ。今、どこかで戦っているはずの黒煙を想いながら―。
「ぐっ…。」
司令塔に控えていた男が、地に伏したライオネルの右肩を踏みつけた。関節が外れて、内臓周りの骨もやられているのだろう、呼吸の度に腹部が痛んだ。
男は肩の下につま先を差しこむと、そのまま足でライオネルの体をひっくり返して仰向けにした。周りには3人の術者たちも同じように倒れていた。
「あーあ。男前が台無しだ。俺まで引きずり出されるとはなぁ。さすがライオネル・クレイグ。貴族とは思えねぇほど非情で迷いのない戦いぶりじゃねぇか。アンタ、冒険者なんてやめてうちに来いよ。思う存分力を発揮できるぜ?」
男はしゃがみこむとマントを外した。血の盾でそれなりの実力者だった男は、思っていたよりも若い男だった。
「悪いが、このあと大事な用があってな。」
全身の痛みに耐えながら、ライオネルははっと乾いた笑い声をあげた。
「へぇ。まだんな余裕あるんだ。女か?」
その口調に、侮蔑の色はなかった。戦った相手の事情に、ただ純粋に興味があるのだろう。
「ああ。たったひとりの女のために、どれだけ不利な条件でも呑むと決めるような男に血の盾は務まらんだろう。」
今度はフードの男が笑う番だった。
「意外とそういう奴のほうが長続きするんだぜ。冒険者稼業に嫌気がさしたらいつでも来いよ。あんたはグレイさんのお気に入りだ。歓迎するよ。」
「心に留めておこう。」
男は立ち上がると、グレイに向かって手をあげた。
「おーい長官!こいつにヒールかけてやってくれ。貴重な実戦機会を作ってもらって感謝するよ。」
騎士団諜報部のトップに向かって軽い口調で話しかけるこの男も、またそれなりの地位なのだろう。
グレイは部下に目くばせすると後方に待機していた治癒術師をフィールドへ上がらせた。
「素晴らしい。模擬戦では得られない緊張感だったよ。」
「…約束通り、リタ・パルマの居場所を教えてもらえますか?」
グレイの良く磨かれた靴のつま先が、ライオネルの目の前にあった。つやつやした靴の表面に、ボロボロになった自分の姿が小さく映っている。
「約束は守ろう。」
「感謝します。」
ここまでやられたのはいつぶりだっただろうかと、治癒術師からヒールを受けながらライオネルは目を閉じた。
まだ痛みは残るものの、ライオネルはようやく思い通りに動かせる体を起こした。グレイは隊服の胸ポケットから手帳を出して、何かを書き込むとライオネルに手渡した。
「リタ・パルマはワグネルの辺境領。西の魔術公ブレヴァ―ル伯のもとへ向かったよ。彼とリタがどういう関係かは、本人に直接聞くといい。」
渡されたメモには簡易的な魔法陣が描かれていた。
「急いだほうがいいかもしれないからね、今回は特別に送ってあげよう。リタ・パルマによろしく。」
その瞬間、メモから青白い光が放たれた。全身が光に包まれたと思った次の瞬間、ライオネルは転移魔法で騎士団本部から姿を消した。




