last case.冒険者ギルド職員リタ・パルマ 24歳 元Sランク冒険者(4)
リタの訪問から2日後、ミアは片づけられたデスクを眺めていた。
仕事がらここに座っていることの方が少ないが、それでも1日1回はリタと顔を合わせていたのに。いないとなるとむしょうに寂しかった。
「リタさんってあまりご実家に帰らない人なんですか?」
王都の自宅からギルド本部へ通っているミアには、市井の人々がどれくらいの頻度で実家に帰るものかぴんとこなかった。
「少なくともここで働くようになってからは一度も。まとまった休みすらとる奴じゃなかったからな。…いや、ちょっと待て。」
ギルド長ヴェルトフはしばらく顎に手を当てて考えていたが、すぐにギルドの南支部へ通信用のクレインを飛ばした。
「どうしたんですか?」
「そういやリタに実家があるなんて話、一度も聞いたことがなかったと思ってな。」
二人の間にいやな沈黙が流れた。やがて返信用のクレインがヴェルトフの手元にはらりと落ちた。メッセージを確認したヴェルトフは深いため息をついた。
「ギルド長?」
「…元ファルコンのエリザに確認したが、リタは孤児だったそうだ。」
「えっ…じゃあ、実家っていうのは。」
「んなもん存在しねぇんだ。どうりで一度も帰省しなかったわけだよ。」
「じゃあ、リタさんは今どこに…?」
リタ・パルマはどこに行ったのか、二人には見当もつかなかった。
重い空気のなか、ミアははっとしたように顔をあげた。
「待ってください。一昨日リタさんがここにクッキー持ってきたのって。あれは―。」
思えば色んなことが不自然だった。リタが差し入れにあれほど高価なものを買うことも、まだ家を借りていなかったことも、謹慎中なのに王都から出ようとすることも。
いくら諜報部の指示を無視して動いたからといって、魔術師協会長が間に入るほどのことだったのだろうか?
アマディの死や謹慎処分が重なっていつもと違うと思い込んでいたが、そうじゃない。魔術師協会長が動いた時点でおかしいと思うべきだったのだ。
「多分、もう王都にはいないだろうな。」
こうして誰にも行先を告げずに、リタ・パルマは王都から消えた。
*
長距離列車はまもなく国内西北部に位置する工業都市・ワグネルに到着するところだった。
終着駅ワグネルは、国境沿いの山から採れる鉱石で栄えた工業都市だ。隣国と接している場所柄、昔から鉱石をめぐるトラブルが絶えない。そのため約二百年前にワグネルよりさらに奥地に辺境伯が置かれた。
これが西の魔術公と呼ばれるブレーヴァル家の始まりだ。
便宜上実家と言ったものの、リタがブレーヴァル辺境領に足を運ぶのは12年ぶりだった。キマイラの屋敷で名前さえ聞かなければ、二度と戻るつもりはなかったのに。
だんだんと寂しくなっていく車窓を眺めながら、リタはため息をついた。
終着駅のワグネルで降りるのは、なにかしらの仕事でやってきた季節労働者ばかりだった。働き手の出入りはあるものの、暮らす者にとっては閉鎖的な街。
荒れた岩肌の大地、ほこりっぽい街道、唯一賑やかな歓楽街。懐かしさの欠片もない、昔となにも変わらない光景だ。
地味な格好をしているとはいえ、若い女が一人でこの駅を歩いているのは目立つのだろう。不躾な視線を感じながら、リタは迷うことなくブレーヴァル辺境行きの乗合馬車のスタンドへ向かった。
「あんた、新しい使用人かい?」
ブレーヴァル領へ向かう乗合馬車の中で、隣に座っていた老人がリタに尋ねた。
「まぁ、そんなところです。」
「そうかい。あそこは代替わりが噂されてから使用人がごっそり辞めていってなぁ。長く働いてくれると嬉しいよ。」
「代替わり?」
「ああ。なんでも坊ちゃまに早くに後を継がせて、しっかりした地盤を固めさせたいとかでなぁ。一人息子のために身を引くなんてできたお方だよ。ただまぁ、なにぶんクロード坊ちゃんはまだ若くて、現当主のアシル様に比べると魔力も段違いに少ない。あんたたち未来ある使用人がしっかり支えてやってくれると、古くからここに住んどる者としては嬉しいよ。」
リタは老人の話に首を傾けた。次期当主クロードは、父親よりもずっと強い魔力量だったはず。それがいつの間に逆転しているのか。
老人をはじめとする乗客たちは、領主館の手前で馬車を降りていった。
リタはよそ者への不信感を隠さない御者に運賃を支払うと、正門前に一人残された。
さて、紹介状もなしにどうやって入ろうか。
しばらく考えていると、屋敷のドアが開いてひょろりとした黒髪の青年が出てきた。
背も伸びたし、ぽっちゃりしていた体型は面影もないが、深緑色の瞳は昔のまま。
青年は使用人に正門を開けるように命じるとリタを招き入れた。
次期辺境伯クロード・ブレーヴァルは信じられないものを見たという顔でおそるおそるリタに近付いた。
「久しぶり、クロード。」
クロードの手は数年ぶりの再会に震えていた。
「久しぶり。生きてたんだね、姉さん。」
たっぷりの皮肉を込めたその言葉に、リタは目を細めた。




