last case.冒険者ギルド職員リタ・パルマ 24歳 元Sランク冒険者(3)
「それで、何しにここへ来た?謹慎中のはずだろう。」
ヴェルトフの問いに、リタは鞄から菓子箱を取り出した。
「無期限謹慎とのことで、いつ復帰できるかわからずご迷惑をおかけしますのでお詫びに。これ、良かったら皆さんで食べて下さい。」
それは今王都でもっとも入手困難と言われている焼き菓子店のクッキー詰め合わせだった。異国の果物を練り込んだカラフルな見た目が人気だが、良質のバターや粉など、シンプルで贅沢な材料をふんだんに使っているので味も確かだという。
菓子にしてはかなり高い値段なのに、貴族でもなかなか手に入らないという幻の逸品だ。
「メゾン・ド・エトワール!リタさん、これ一体どうやって手に入れたんですか?」
いつの間にか涙も怒りも引っ込んだミアが聞くと、リタは誇らしげに親指を立てた。
「平日に並べば数量限定だけど予約なしで買えると聞いて、並んできました。5時間。」
「…お前は謹慎中に何をやっとるんだ。」
ヴェルトフはため息をついたが、そこに非難の色はなかった。
無期限謹慎はさすがに重すぎるが、ギルド長であっても諜報部ににらまれては身動きがとれない。
リタはそんなヴェルトフの葛藤など知る由もなく、さらに同じ箱を2つ取り出した。
1つはランチを延期させてしまった魔術師協会長のところへ持っていくのだという。
「あまりの高さに買う時ちょっと手が震えましたけど、最高に美味しいクッキーでした。」
そう言ってうっとりとした表情を浮かべているところを見ると、ちゃっかり自分の分も購入したのだろう。
「そういや、家はどうなった?襲撃されてから借りてたとこ引き払って、そのまま宿屋暮らしだったろう?住居変更があるなら申し出ておけよ。」
「すみませんギルド長。まだ宿屋暮らしのままです。謹慎中に、一度実家に帰ろうと思いまして。引っ越し先は、戻ってきてから探します。」
「そうか。なら実家で謹慎ということにしておくから、くれぐれも大人しくしてるんだぞ。」
「リタさんのご実家ってどちらなんですか?」
ミアの質問に、リタは一瞬だけ答えるのをためらった。曖昧に流したい時の笑い方を、ヴェルトフは見逃さなかった。
「西の方ですよ。結構な田舎で、まだ鉄道も通ってないんですけど。父親に顔を見せてきたらかえってきます。」
母親は早くに亡くなったと、冒険者をしていた時に聞いたことがある。
あまり自分のことを話さないリタに、複雑な家庭で育ったのだろうと思っていたが、今でも言葉を濁すということはあまり楽しい帰省ではないのだろう。ヴェルトフは黙って頷いた。
「そっか、気を付けて行ってきてくださいね。」
「ええ、みなさんもお元気で。それでは。」
ふわりと、風が通り抜けるように軽い足取りで、リタ・パルマは冒険者ギルドを出て行ったのだった。
*
ギルドを出ると、リタはその足でライオネルの家へと向かった。
ひっきりなしに依頼がくるライオネルのことだ、もし在宅していなかったら手紙でも残しておこう。
そう思ってドアをノックしたが、幸いライオネルは休日なのかトラウザーにざっくりした生成りのシャツというリラックスした格好だった。
「突然お伺いしてすみません。今少しだけよろしいですか?」
いつも通りのリタだったが、ライオネルの脳裡にふと、昨日のリュカとのやりとりがよぎった。
わざわざ彼女がここまで来たのだ。よほどの用事があるに違いない。ライオネルは突然の訪問者を部屋へと招き入れた。
「無期限謹慎だと聞いたが。」
慣れた手つきでお茶をサーブしながら、ライオネルはそれとなくリタを見つめた。
自分の家なんて、絶対に来ないだろう彼女がここにいる。その事実にほんの少しだけ心が跳ねた。けれどもリタの返答は、ライオネルの浮ついた心をじわりと沈めた。
「はい。いい機会なのでちょっと実家に帰ろうと思いまして。」
「そうか。」
「それで、黒煙への橋渡し役を請け負うのはしばらく無理そうなので、それだけお伝えしておこうかと。期待を持たせたうえでお待たせしてしまい申し訳ありません。」
「いや、黒煙のことは気にしなくていい。それより大丈夫か?」
「え?」
「柄にもないことをする顔をしているようにみえるが。」
リタはほんの少し黙ったあとで、ふふっと笑った。
「やっぱりわかりますか?」
そう言って彼女が差し出したのはクッキー缶だった。何度か実家で見たことがある。入手困難な焼き菓子店のものだ。食い意地の張っているリタが、こんな貴重なものを他人に差し出すとは思えなかった。
「ライオネルさんにはお世話になったのでお詫びの気持ちも込めて。これをお届けにきたんです。慣れないことはするものじゃないですね。」
リタはそう残すと席を立った。
引き止めるべきではないけれど、このまま送り出してしまうのも名残惜しい。ライオネルはそんな気持ちに名前をつけることもできず、ただ無骨な手でリタの頭をそっと撫でた。
嫌がられるかと思ったが、彼女は猫のように目を細めて大人しく撫でられていた。
会話はない。ただ、穏やかな雰囲気に包まれていた。
やがて気が済んだのか、リタはするりと身を離すと屋敷を後にした。
彼女がずっといるなら、うまいものをいくらでも食べさせてやるのに…。
ライオネルはそんなことを思い、ため息をつきながらティーセットを片づけた。




