last case.冒険者ギルド職員リタ・パルマ 24歳 元Sランク冒険者(2)
リタちゃん、と親しげに呼ぶ男に、ライオネルの心がざわめいた。
隙ばかりの彼女は、こうして自覚もなしにいろんな人間を惹きつける。
「色男が俺に何の用だ?」
眉間に皺を寄せたライオネルの反応に満足したのだろう。リュカはにこやかに歩み寄ってきた。
「天下のライオネル・クレイグがなんであんな嘘ついたのか気になっちゃってさ。あの夜、いなかったよね?それとも俺の見間違い?」
そういうことかと、ライオネルはため息をついた。
嘘をついてまでリタをかばった理由については、見ず知らずの他人に話すことではなかった。彼女が自分にとってどんな存在なのか。ライオネル自身の中でもまだ結論がでていないのだ。
「彼女にはちょっとした借りがある。それを返したまでだ。」
「ふぅん。で、リタちゃんと付き合ってたりする?」
「答える義理はない。」
「じゃあ、本人に聞いてみよーっと。」
これまで恋人の有無を聞かれた時も同じように答えてきた。けれど今は、この答え方に少しだけうしろめたさを感じる。
彼女は黒煙に会うための繋ぎ役だったはずなのに、いつからだろう。あんなに焦がれていた黒煙に会いたいという気持ちは徐々に薄れていった。そして今は、ある疑問が心を縛って離れない。
「俺も聞きたいことがある。あの屋敷にいたと言ったが、キマイラをやったのは黒煙か?」
「答える義理はないって言われちゃったからなぁ。俺じゃないことは確かだよ。」
これ以上有益な情報は得られない。お互いそう判断したのだろう。
「それじゃあまたね。俺も冒険者として働かなきゃいけなくなっちゃったから、もしかしたらどこかで一緒になることがあるかも。その時はお手柔らかによろしく。」
リュカはそう言って踵を返し、次の瞬間には煙のように消えていた。
無期限謹慎と言われたリタだったが、翌朝にはひょこりギルドにあらわれた。
左の頬から唇にかけて貼られたガーゼが痛々しい。
開所前のこの時間、ギルドにいるのは一部の職員だけだった。
「リタさんっ!どうしたんですかその顔…!」
ミア・オーリックはリタに駆けよった。
「まぁちょっとしたお叱りを受けまして。」
誰かに殴られたのだろう。黒煙であるリタがこれほどの傷をやすやすと負うはずはない。甘んじて罰を受けたのだと思うと、ミアの目に涙があふれた。
「泣かないでください。ミアさんは可愛いんですから、笑っているかキレのあるツッコミが似合います。」
「ちょっと、後半意味が分からないんですけどっ。」
「そうそう、その調子。」
リタはそう言って笑ったが、口角をあげると傷が痛むのだろう。小さな声で「痛っ」と呟いた。
その姿に、ふつふつと怒りがわく。なぜ、リュカ・アポリネールだけがお咎めなしなのかと。
屋敷に監禁されていた子どもたちを救出したのは、アマディ・ローラン、リュカ・アポリネール、リタの3名だ。その際キマイラに遭遇してアマディが死亡。
リタは騎士団諜報部と連携をとっていたにも関わらず、連絡や救援の要請が遅れたとして、ギルド職員としての責任を取って無期限謹慎となった。
ギルド職員に周知されているのはこれだけだった。
「乙女の顔をこんなにさせて、あのヒモ男を去勢してやりたいです…。」
「まぁまぁ、私は乙女でもないですし。リュカは被害者でもあるんですから。」
一瞬静まり返ったフロアに、ギルド長ヴェルトフが入ってきた。
いつもは遅い時間に出勤するのだが、ミアが今日やってくることを察していたのだろう。
「ずいぶん早く解放されたんだな。」
「はい。明後日お友達と食事する約束があったので。」
そんな理由で解放されるわけがない。職員全員が眉をひそめていたが、ヴェルトフはああ、と納得した。
「…魔術師協会長か。」
「いつ帰れるか分からないので、ランチのお約束は延期させてほしいと連絡したら、グレイさんに掛け合ってくれました。でもまあ、この顔なので結局延期になりましたけれど。」
リタの食への執着のすさまじさは、なにも食い意地だけではない。美味しいものを食べるためならどこへだって行きなんでもする。そんな食に狂った姿勢に魅せられる者は多く、リタの人脈は意外と広い。
ランチ友達というが、どこの世界に錬金術師協会長や魔術師協会長と気軽に食事に行くギルド職員がいるというのか。
両者は長年にらみ合っている犬猿の仲だというのに。リタはその真ん中にいる。
敢えて殴られたのは、魔術師協会長への印象付けのためだろう。
ヴェルトフは敬意をこめて化け物だな、と呟いた。




