case5. 都市遊民リュカ・アポリネール 25歳 元魔術師(25)
リタはワイバーンの手綱を握り、夜空を旋回させながらリュカの質問に黙っていた。返事がないことが、返事なのだろう。
「どうせろくな死に方はしないと思ってここまできたんだ。今更命乞いなんかしないよ。だけど頼む。妹を、シャロットを助けてやってくれ。」
大切なものはそれだけだ。妹さえ守れたら、それでいい。夜空の上で、リュカは真剣にリタを見つめた。
「わかりました。マリアさんがあらかた解決してくれたので私の出番はなさそうですが…。命乞いはしないとおっしゃいましたが、妹さんの身柄を無事保護できた場合、その後の生活設計はおありですか?」
「え?」
つい先ほどまでの緊迫感が一気に緩んで、リタは事務手続きでも進めるかのようにリュカに尋ねた。
「あなたが死んだら、妹さんは天涯孤独の身で社会に放り出されることになります。
持ち家も貯蓄も定職もない。あなたに似て非常に美しいのでしょう?良くて貴族の愛妾。娼館行きが妥当なところでしょうか。」
「それは…そっちでなんとか支援してもらうことはできない?」
リュカは自分の資産をざっと計算した。大した額ではないが、シャルロッテが自立できるまでの生活費くらいにはなるだろう。しかしリタはきっぱりとそれを否定した。
「いいですか。私たちがなんとかするのは、あくまでも我がギルドに所属している冒険者とその家族だけです。現状うちがリュカにできることはありません。」
結局、それらしいことを並べてリタも最後には自分を見捨てるのだ。
いつだって俺たちは、輪の中に入れてもらえない。リュカは自分の腹の底が急に冷めていくのを感じていた。
「ハッ、今更俺に復職しろって?これまでさんざん非合法に手を染めてきてさ、そんなことできるわけないじゃん。遠まわしに野垂れ死ね、自業自得だって言ってくれればいいのに。」
リタはワイバーンの首筋に光る鱗を眺めながら、どうしてリュカとはいつも話がかみ合わないのだろうかと不思議に思った。
「いえ。まだ籍は置いたままですので、復職は十分可能です。あなたがどのような”キャリア”をつんでこられたかこちらから無理に聞き出すことはしません。今のあなたを法で裁くことはできません。問題なのは、復職する意志があるかどうかです。後ろめたいことがおありなら、真っ当な魔術師として人を助けることで償ってください。」
リタの言葉は、ズドンとまっすぐリュカの胸に響いた。
誰かの命を奪うことだけはしてこなかったが、胸を張って人に言える仕事じゃないことは確かだ。
それでも、まだやり直せるのだと、誰かに言って欲しかった。たぶん、ずっと前から。
リュカは震える手でリタに手を伸ばした。
「だったら…俺が冒険者に戻れば妹のその後も助けてくれる?」
ぎゅっと、温かいリタの手がしっかりと握り返した。
「はい。残念ながら冒険者の方が依頼先で亡くなった場合、残されたご家族に弔慰金が支払われる共済制度もありますので、安心して活躍していただけるかと。」
「ねぇ、それ安心できるわけないじゃん。とにかく復職すればいいんでしょ。なるよ、真っ当な魔術師ってやつをさぁ!」
せっかく感動的なやりとりをしていたはずなのに、台無しだ。そうだ、彼女はこういう子だったと、リュカはなんだかヤケクソだった。
「では、リュカ・アポリネールさん。あなたは今回長期的な活躍を前提とした復職を強く希望するということでよろしいですか。」
「うん。」
「今すぐにでも仕事をしたいけれど、復職に当たっては、前職での不当な職務契約が不安材料だということですね。」
「うん…?」
「つまり、あなたの所属先があとかたもなく消滅すれば、あなたは何も心配することなく復職できるということですよね。」
真顔で話し続けるリタに、リュカは嫌な予感しかしなかった。
「リタちゃん?なにいってるのかな。」
「潜在冒険者の方が安心して復職できるようにつとめるのも、支援担当の業務の一環。あくまで業務の一環ですので、よろしいですね?」
何がどうよろしいのか。リュカにはもう、リタを止めることはできなかった。それでも、魔力の高い子どもを取り込んできたキマイラだけは生け捕りにしなくてはならないのだろうとハッと顔をあげた。
「待って、リタちゃん。キマイラは駄目だ。アレは捕まえないと。」
リタはふるふると首を横にふった。その瞳には、キマイラへの同情の色が滲んでいる。
「ここで殺したら懲戒ものでしょうね。」
「だったら、俺が囮になるからその隙に!」
「あれが生け捕りにされたところで、しかるべき機関で切り刻まれるだけです。生体反応を見るために生きたまま、少しずつ。良くて生物兵器として死ぬまで使いまわされるだけでしょう。今、ここで。ひとおもいにやります。」
リタはリュカにワイバーンの手綱をもたせると、背中を蹴って地面へむかって飛び降りた。土魔法で薄い円盤を作り、その上に乗ることで空気抵抗を減らしてキマイラに突っ込むつもりらしい。
「テラ・マーテル、母なる大地よ。我が地を浄化し、その穢れ、葬り給え。土式・棺!」
詠唱とともにぴったりと合わせた両の掌から、まばゆいばかりの光があふれだす。
リタはそっと手を離すと、キマイラの背中めがけて光の玉を落とした。
その瞬間、ものすごい轟音が鳴り響いて、ドンッ!という鈍い音が5回続いた。
辺りは土煙に覆われて何も見えない。リュカは少し離れた所にワイバーンを着地させると、すぐさま飛び降りてキマイラの近くへと走った。
「なっ…。」
回廊のように中庭を覆っていた建物は一部を残して跡形もなく消えていた。
代わりにリュカの目の前にそびえたっていたのは、正方形の岩でできた巨大な匣だった。
四方に大量の血痕が飛び散って、生臭い匂いがあたりに立ち込めていた。キマイラはこの匣の中で潰されて絶命したのだろう。
やがて土埃が完全に消えると、月明りに照らされたリタが匣の上に立っているのがみえた。その頭上に、なにかが光っている。リュカはじっと目を凝らした。
それは、たった今放たれた通信用のクレインだった。




