case2.日雇い土木作業員 カイ・ニールセン 元タンク 33歳(1)
リタ・パルマは王都中央駅でグロスト地方へ向かう列車を待っていた。
足元には数泊分の荷物を詰め込んだトランク。いつもの服装に、斜めがけの布鞄。
そして手には大事そうにできたてのクロケットサンドを抱えていた。
駅構内の売店で、作り立てが入荷する時間を事前に確認しておいてよかった。
リタは3日前の自分に心から感謝していた。
刻んだ野菜とひき肉、それにマッシュポテトをホワイトソースと絡めてまとめたものに、衣をつけてこんがり揚げたクロケット。それを大振りのコッペパンに惜しげもなく二個も挟んで濃厚なソースがかかっている。
クロケットそのものは王都のレストランでも食べられるが、パンにサンドしたものを食べられるのは駅の売店ならでは。しかもここのクロケット、チーズ入りという充実ぶり。
ただし小さな売店なので、駅のラッシュ時にはあっと言う間に売り切れてしまうという入手難度の高さから、これまで食べたことがなかったのだ。
それを今、確実に3個仕留めた。その充実感でリタはうきうきしている。列車が到着するまであと数分。クロケットサンドは車内で落ち着いてから食べようと決めていた。
「お姉さん、いいもん持ってるね。一人?」
1人の男がリタに声をかけた。ニキビ跡と団子鼻のまるい顔が、これみよがしに帯剣を見せつけてくる。装備の質から察するに、半端な冒険者なのだろう。リタがこの世で一番嫌いな人種だった。
「…あげませんよ。」
リタは一気に警戒態勢に入った。
魔石を動力源とする鉄道が運用されて5年。鉄道が大都市を結ぶことで冒険者の移動も活発になったが、まだまだ女性一人での利用者は珍しい。というかリタは自分以外に見た事がない。
だから個室にしてくれと言ったのに。リタは内心経費削減を言い渡したギルドの経理課に毒づいた。
そんな彼女の不機嫌に気付くことなく、男は馴れ馴れしく距離を詰めてきた。
「そんなに警戒しないでよ。一人でどこまで行くの?俺も仕事の依頼でノーマまで行くの。ここで知り合ったのも何かの縁だし、良かったら途中まで護衛してあげるよ。ほら、俺ってこう見えてCランク冒険者だし。」
「結構です。」
リタと大して変わらない背たけの自称Cランクは、拒絶されていることを気にもせずリタの肩に手をまわした。
「強がらなくても大丈夫。女の子がそんな荷物で一人だなんて、本当は不安だろ。」
チリッ…とリタの耳元にあるペンデュラムが揺れはじめた。
今すぐこの毛深い手を払いのけたいのに、大切なクロケットサンドを3つも抱えているせいで、両手がふさがっている。
かくなる上は脚で…とリタが考えていると、二人の後ろから「何をしている。」と低い声があがった。
振り返ると、そこにはS級冒険者のライオネル・クレイグが立っていた。
「そちらの女性は嫌がっているように見受けるが。」
「ライオネル様。」
その名前に心あたりがない冒険者などいない。ニキビ面の男は
「あれっ、列車の時間間違えてたかも。」
と残してそそくさと退散していった。
「邪魔したか?」
「いえ。助けていただいてありがとうございました。」
同じ列車に乗るのだろう。ライオネルはリタの隣に立った。
「その荷物でどこまで?」
「アルプの町まで。ライオネル様もお仕事ですか?」
「ああ。ラムマイン辺境伯から、魔獣の討伐依頼の指名が入った。」
「そういえばこの時期あの地方の魔獣は活動が盛んになりますもんね。ラムマインかぁ。きのこ料理が美味しいって聞きました。王都で食べるきのこと全然違うとか。一度行ってみたいと思ってるんですよ。」
危険な討伐へ向かう冒険者に対して、ギルド職員がかける言葉としてこれほど不適切な声かけがあるだろうか。しかし、リタは気にすることなく味わい深いきのこ料理の数々を想った。
「パルマ嬢はどの車両だ?」
「2等車両です。長旅なので個室を用意してくれって頼んだんですけど、帰りの分しか用意してもらえませんでした。全く経費削減もいいところですよ。」
グロストまで飛ばされることについては文句はないのかと、ライオネルがふっと笑った。
「俺と同室でもよければついてくるか?」
そう言って彼が見せた乗車券は一等特別室のものだった。
さすがS級冒険者。依頼者からの待遇もこれだけ厚いのだとリタは感心した。
「いいんですか?」
「こちらは一人だし構わん。どこかでまた声をかけられても難儀だろう。」
「助かります!」
こうして二人は、そろってそれぞれの仕事へ向かうことになった。
*
特別席というだけあって、個室になったボックス席は広々としてテーブルまでついていた。
椅子も座り心地がよく、リタはライオネルの向かいに座るとうーんと悩み始めた。ライオネルは腕組みをしながら、彼女が何を躊躇っているのかとしばらく眺めていた。
「…うん、よし。」
彼女のなかで決断が下りたのだろう。リタはライオネルに向かっておずおずとクロケットサンドを一つ差し出した。
「あの、良かったら。個室に入れていただいたお礼です。」
「いいのか?誰かへ差し入れする分だったのでは?」
まさか!と、リタはふるふると首を横に振った。
「一つはお昼に、一つはおやつに、一つは夜ごはんに食べるつもりでした。」
「…食べすぎだろう。」
一個がそれなりのボリュームのあるサンドだ。若い女性が食べる量など知らないが、リタの細い体に三個も入るとは思えなかった。
「作りたてを買ってきたので、あったかいうちにどうぞ。」
リタはそう言って、クロケットサンドにかぶりついた。
クロケットの衣がカリッと鳴る音が室内に響いた。
「ん~~~~美味しい!カリカリの下ですべてを包みこむホワイトソースの寛大さ。しかもチーズがはいってるっていう。これは秘宝ですよ、美味しすぎます。」
リタの食べっぷりにつられてライオネルも一口齧ると、確かにクリーミーなソースとカリッとした衣の組み合わせは間違いないものだった。サンドに使われているパンも、ほどよい噛み応えでレベルが高い。
二人は一言も喋ることなく早めの昼食を食べ終えた。おやつにととっていたはずの2個目も、いつの間にかリタの胃の中に納まっている。
その後、彼女は鞄から水筒を取り出すと、二つのカップに紅茶を注いだ。
揚げ物の後に合わせて、さっぱりとした飲み口の茶葉を選んだとリタは満足げだった。
人と一緒に行動するのが苦手でソロ冒険者としてやってきたが、リタの裏表のない明るさは、ライオネルにとって苦にならないものだった。
食事を終えたリタは、布鞄から紙束を取り出すと何やら入念にチェックをしているようだった。
「事前資料か?」
「はい。非常に困難かつ悩ましい状況ですね…。」
冒険者の復職支援のため、あちこち飛び回っているというリタ。今回は一体どんな人材を発掘しにいくのだろうと思っていると、彼女はライオネルに紙束を見せた。
そこには、細かい文字と呪われたイラストで、グロスト地方の麺料理についての記述がびっしりと書き込まれていた。
「滞在予定は3日なんですけど、その間にこの辺りの麺料理をどこまで制覇できるか…。」
「…。」
ライオネルに言えるのは「腹を壊すなよ。」ということだけだった。
「そういえば、グロストの湖にも魔獣が出ると聞いたな。」
ライオネルはふと思い出して話題を変えた。ギルドの依頼でもそれなりの報酬で張り出されていた。確か対象者はB級以上だったはずだ。
「ああ、ノヴァリス湖のケルピーですね。ソロ討伐可能なんですけど、場所が不便だからか、なかなか請け負ってくれる方がいないんですよ。誰か適任者はいないでしょうか?」
他人事のようにそう話すリタに、ライオネルはコギト村の一件を思い出していた。
「黒煙ならばどうだろうか。」
コギト村で三本首を討伐した謎の冒険者。彼が、行方をくらませている黒煙だったとしたら―
「黒煙って、消えた冒険者ですよね?ギルドでも久しく名前を聞きませんよ。」
「ああ。だが俺は三本首をやったのは黒煙だと思っている。」
「…どうしてそう思うんですか?」
ふいに彼女の声のトーンが変わった。やはりギルド内でもなにかを把握しているのだろうと、ライオネルは確信した。
「確証はない。ただの勘だ。」
「ライオネル様と黒煙って、会ったことありましたっけ?」
「いや。一度手合わせしたいとは思っている。だからもしどこかで別の仕事をしていたら、パルマ嬢が復職させてくれないか。」
堅物のライオネルにしては珍しく、目じりに皺を寄せて冗談を言う。リタはそれについては触れずに
「リタでいいですよ。ただのギルド職員ですから。」と返すだけだった。
列車はまもなくグロストに到着するところだった。
「ありがとうございました。」
ライオネルより先に列車を降りるリタは深々と頭を下げた。
ここからアルプまでは、乗合馬車で向かうという。
「気をつけろよ。」
「はい。ライオネル様もどうぞご無事で。」
個室のドアが閉まり、軽やかな足取りが遠のいていく。
駅のホームをずんずん歩いていくリタを見送りながら、ライオネルは座席のシートに深く背中をあずけた。
冒険者とギルド職員。そんな二人が顔を合わせるのがギルドカウンターではなくよその町へむかう列車の中。不思議な縁だと思ったが、向こうはもう麺料理のことしか考えていないのだろう。
ラムマイン辺境での討伐は半月ほど見込まれているので、アルプでリタと再会することはない。それでも、帰り道にケルピー一匹くらいなら狩ってやってもいいかと思うライオネルだった。
 




