case5. 都市遊民リュカ・アポリネール 25歳 元魔術師(21)
「魔術公ブレ―ヴァルって、爵位こそないものの、西でめちゃくちゃ影響のある家だよね。魔術師の間で知らないやつはモグリって言われるくらい有名な魔術師の血筋でしょ。そんな家が、王都でこんな物騒な真似する?」
アマディの返答に、リュカは同意しかねると首をかしげた。
「そんな家だからですよ。」
リタは静かに答えた。
「王家はブレ―ヴァル家の魔力をおそれて五十年前に爵位を取り上げました。その恨みは先代から現当主へと引き継がれて、隙あらば独立しようと狙っています。キマイラも、いずれ生物兵器として導入するつもりなのでしょう。ここで試験運用してるんじゃないですか。」
よどみなくそう語るリタの目は恐ろしく静かで冷たかった。
「リタちゃん?」
「…ちょっと下がったほうがいいかもです。」
その時、窓の外に黒い影が浮いたかと思うと、窓ガラスが派手に割れた。すかさず反撃の構えをとるリュカを、リタが制した。
侵入してきたのは妙齢の女だった。夜空に映えるようなプラチナブロンドの髪をまとめあげ、体にぴったりと沿ったパールホワイトのロングドレスを着ている。肩はむき出してオーガンジーのストールをふわりとまとい、足には真っ赤なハイヒール。
噂には聞いていたが、本当にこの格好なのかとリュカは目を見張った。
たった今パーティから抜け出してきたようなこの淑女が、ファルコン・ドールでヒーラーを務め、現在もレ・シスのメンバーとして活躍しているS級冒険者マリア・ロペスだ。
長いまつげにたっぷりと縁どられたマリアの青い瞳がリュカをとらえた。
「あらっ、いい男。」
「どーも。狂乱と癒しの女王にお目にかかれるなんて光栄です。」
「その名前、好きじゃないのよねぇ。マリアって呼んでくれる?」
マリアはそう言うと、長い爪でかざられた指でリュカの頬を撫でた。それからじっと顔を見つけてから呟いた。
「ふぅん。顔はいいけど、魔力の方はまぁまぁってとこね。」
「マリアさん、お疲れ様です。」
リタは派手な登場に全く動じることなくマリアに声をかけた。
「ちょっとリタ!久しぶりに連絡くれたと思ったらこんな時間に雑用押し付けるって、アンタ相変わらず私をなめくさってるわね。」
アマディとリュカの間に緊張が走った。なにしろS級のヒーラーがいきなり登場して、このやりとりだ。
いつどんな依頼でも、ドレスにハイヒール姿というスタイルを崩さない常軌を逸した冒険者。
彼女の機嫌を損ねてはいけないと、彼らの直感が告げている。リタだけがいつも通りだ。
「そんなことないですよ。あれを解けるヒーラーはマリアさんしか思いつかなかったんです。」
「まぁ、確かに闇魔法にしてはそこそこのレベルだったわね。お嬢ちゃんは、言われた通り綺麗な体にして自警団に引き渡しておいたわよ。ねぇリタ、本当に闇契約すべて解呪したっていいの?分かってると思うけれど、そちらの術者、死ぬわよ。」
リタは背筋を伸ばしてまっすぐマリアを見つめた。
「構いません。」
アマディは手遅れだ。放っておいても先は長くないだろう。この部屋にいる誰もが、本人もそれを分かっている。だからこはっきりそ言わなくてもいいのにとリュカは思った。
「そゆとこほーんと、変わってないわね。」
マリアはにこやかにそう言うと、リタを抱きしめて耳元で声を低めた。
「この薄情者。」
「マリアさんも変わらずお綺麗で何よりです。」
「あら、お世辞が言えるようになったのね。」
マリアの赤い唇の端が、ほんの少しだけ持ち上がった。
「本心ですよ。」
「そんなに褒められてもねぇ。あたしの退屈を埋めてくれなきゃ、こんな時間に駆け付けて割に合わないと思わない?」
ふと、マリアの放つ雰囲気が一変した。猫がネズミをいたぶって遊ぶ時の、残忍な顔に似て、リュカは思わず口元を押さえた。
パチン。マリアが指を鳴らすと、地下に轟音が響いた。同時に、緊急事態を知らせるベルが屋敷中にけたたましく鳴り響いた。
「マリアさん、一体なにを…?」
「あら、長い付き合いなんだから分かるでしょう。あたし、癒し系だなんて言われてるけど、本当は何かをぶっ壊す方が好きなのよ。刺激がないと生きていけない。だから冒険者になったのよ。
なのにエリザ姐さんは結婚して子育てが忙しいとか言ってるし、クレーメルは誘われるままクソつまんないパーティに加入して、あんたは冒険者を引退してギルド職員なんかになって。おかげでずっと退屈してるわ。だからね、刺激は作り出さなくちゃ♡人生楽ししみましょ。」
バチンとウィンクしたマリアを見て、リュカはマリアのいう「刺激」に気が付いた。
「まずい、キマイラを縛っていた魔法陣が解かれた!餌を求めて上に上がってくるぞ。子どもたちがヤバい。あんた、何考えてるんだっ!」
リュカは叫んだが、マリアは笑うだけだった。
「言ったでしょう?刺激は作り出さなくちゃって。あたしがなんで狂乱と癒しの女王なんて言われてたのか、知らなかったのかしら。」
ふふっとほほ笑むマリアが味方なのか敵なのか、リュカにはもう判断がつかなかった。




