case5. 都市遊民リュカ・アポリネール 25歳 元魔術師(20)
「先に言っておくけど、アマディ・ローランをあまり刺激しないでほしい。」
屋敷の長い廊下、先を歩くリュカは前を見据えたままそう言った。
「この労働環境より刺激的なことって早々ないと思いますけど。」
「頼むよ。彼は彼で限界なんだ、たぶんもう…」
リュカはその先を口にしなかった。見てもらうのが一番だと思ったからだ。
案内されたリタは、一階の北の端にある部屋のドアをゆっくりとあけた。
月明りの中、窓辺に置かれた椅子に初老の男性が座っている。手も頬もやせこけて、長いこと悪い病気を患っているようなやつれ方だった。
彼がゆっくりとこちらを見た瞬間、リタは「あっ」と声を上げてしまった。
それは、たった半月であまりにも変わり果てた姿の、アマディ・ローランその人だった。
「あなたは…パルマさん?」
繊細な人柄らしく、小さいながらも穏やかで低かった声は、今はかすれて聞き取るのもやっとだった。
一体何があったら短期間でこんなにも老け込んでしまうのか、心当たりはひとつしかなかった。
「魔力を、強制的に吸い上げられましたね。」
背後に控えていたリュカは、リタの隣に並ぶと小さく頷いた。
「契約書やシャルロットや俺に仕掛けられた誓約魔法を作った闇魔術師がいたんだけど、そいつがヘマをして死んじゃってね。代わりにそれを維持し続けるために連れてこられたのが彼だよ。」
「誓約をかけるような強い魔法の術者を、途中で無理に交代させた代償、ですか…」
通常の魔法でも難しいのに、人の命を左右するような魔法の術者を交代させる。並大抵の魔術師にできることではない。だからこそ、繊細な魔力操作に長けていたアマディが目をつけられたのだろう。
リタはアマディの前に出ると、しゃがみこんで彼の手をとった。その手は枯れ枝のようにもろくカサカサとしていた。
「一緒に頑張りましょうって、言ったじゃないですか…。」
「すみません。人を裏切るようなことをした、バチがあたってしまいましたね。」
ここまできたら、いくらマリアでもアマディを助けることはできない。リタははっと顔をあげた。
「シャルロットさんにかけた誓約魔法は、現在アマディさんの魔力によって維持されているのですよね。マリアさんがそれを解呪すれば…。」
本人を目の前にして、リタは口をつぐんだ。リュカも無言だった。けれど、アマディには分かっているのだろう。
「いいんです。当然の報いでしょう。ここにきてから私のせいで2人の子どもがキマイラの犠牲になりました。あんな契約書、書き換えるべきではなかった。私にしかできない仕事だなんて甘い言葉でおだてられて。長らく活動していなかった私に、そんな仕事があるわけなかったんだ。自分に寄り添ってくれたパルマさんと一緒に、地道に、少しずつ小さな仕事を重ねていくべきだったんです。あなたには、本当に申し訳ないことをしました。」
アマディの落ち窪んだ眼から、涙が一筋こぼれた。
リタはギュッと拳を握りしめた。泣かないようにと思い切り力をこめたが、それでも涙を止めることはできなかった。
「間違ったっていいんです。」
けれど、彼はやり直せない。うつむいて鼻をすするリタの拳に、アマディはそっと手を重ねた。
「そう言ってもらえるだけで、嬉しいです。私の人生で、あんなに親身に寄り添ってくれた人も、あんなに食いしん坊なお嬢さんもあなただけでしたよ。」
ふふっと笑った傍から、ごぼごぼと湿った咳が出て、アマディは背中を丸めた。
「…アマディさん。教えてください。一体誰がこんなひどいことを?カルメルの上にいるのは誰ですか。」
リュカですら知らない黒幕を、誓約魔法の書き換えを行ったアマディなら知っているかもしれない。リタの勘は当たって、アマディはある名前を口にした。
「西の魔術公・ブレ―ヴァル。直接聞いたわけじゃないが、おそらく彼でしょう。」
リタは立ち上がると唇をギュッと噛んだ。
もう何年も忘れていた名前を、どうしてこんなところで聞くはめになるのだろうと思いながら。




