case5. 都市遊民リュカ・アポリネール 25歳 元魔術師(17)
鉄板焼きにしよう、と思った。
この屋敷を出たら真っ先に行く店を、リタは一日かけて真剣に悩んでいた。
最近王都で流行っていると聞いてずっと気になっていたのだ。
なんでも、カウンターの前に鉄板があり、色々なものを焼いてくれるらしい。
信じられないほど高級な肉、新鮮で珍しい魚介類。とれたての野菜に滋味深いきのこ。それらを焼きあげてからテーブルに運ぶまでの数秒すら惜しむほどの距離、つまり目の前で焼く。
結構なお値段なので何か特別な時にととっておいた店だったが、今しかない。
リタの耳の奥で、じゅう、と肉の焼ける音が聞こえた気がした。
昨夜、リュカはアマディの命は保障すると約束したが、リタがいつまで大人しくしていればいいかは明言しなかった。だったら、アマディを助けて子ども達も守りつつ、キマイラをぶっ潰す。これで万事解決だと思った。
「よし、帰ろう。」
再び夜の帳がおちて子どもたちが寝静まった頃。リタはもう一度部屋を出た。
ところが、今度は2階の時点でリュカ・アポリネールに見つかってしまった。
「リュカ。どうして。」
「どうしてって、キミのことだから、やっぱりキマイラはぶっ潰してさっさと帰ろうとするんじゃないかなって。女の子の考えてることくらいお見通しだよ。」
女の子はキマイラをぶっ潰さないのでは、と突っ込む者はこのフロアには皆無だった。
「リュカ、私はあなたと戦いたくないです。あなただって、こんなところで仕事をするのは本望ではないのでしょう?」
「まぁそうなんだけどさ。こっちにも色々事情ってもんがあるんだよね。」
「なるほど。」
ここにいるのはその「事情」のせいなのかとリタが納得したその時、階下でけたたましい警笛が鳴り響いた。
探知魔法を使わなくてもわかる。地下で大きな魔力がうごめいている。おそらくキマイラが予定外に暴れ出したのだろう。
目の前のリュカが綺麗な顔を歪ませてチッと舌打ちをした。
「ごめん、続きはまた今度ね。子どもたちを頼んだよ。」
リュカはそういうと闇の中に溶けこんで消えた。
リタはひとまず子どもたちのいる部屋に戻った。どの子も魔力が高いだけあって、皆起きて隅に固まっていた。
「大丈夫ですよ。みなさんのことは私が守ります。」
誰も何も言わない。それでも、リタの存在には安心している様子だった。
「今からここに結界を張ります。わかりますか?悪いものが入ってこないように、私の魔術でみなさんを護ります。大きな声を出したり、部屋から出ると危ないですよね。ここにいてくれますか?」
何人かが小さく頷いたのを確認して、リタは両の掌に魔力をこめた。子ども達の足元に、銀色に光る魔法陣が現れて、すぐに消えた。
これで万が一キマイラがあがってきても、被害を気にせず戦えるだろう。
リュカが押さえていてくれればいいけれど。リタは子どもたちを背に、じっと感覚を研ぎ澄まし地下の動きを探り続けた。
どぉーん…。
低い爆発音がして、部屋の窓ガラスが揺れてカタカタとなった。
子どもたちはこれ以上くっつけないというくらい身を寄せ合って恐怖に耐えていた。
どれくらいじっとしていただろう。
廊下からバタバタと足音が聞こえたかと思うと、バタン!と乱暴にドアがあけられ、カルメルが入ってきた。
「子どもたちは無事かっ!?」
部屋を見回して、子ども達の数を数える。まるで商品管理のようだった。
「全員無事です。緊急事態かと思い防御結界を張っています。」
「ああ、よくやった。いいか。絶対に子どもたちを部屋から出すなよ。あとはこちらで対処する。」
「何があったのですか?」
「お前の仕事はこいつらを逃げないように見るだけだ。護衛が余計な詮索をするな、わかったか?」
「…申し訳ありません。」
緊急事態で素が出たのだろう。カルメルの言動には粗暴さや遠慮のなさが滲みでていた。
カルメルはリタに絶対にここから出ないよう念をおして部屋を出て行った。
しばらくして、地下の魔力が落ち着いてきたのを感じたのだろう。
部屋に張りつめていた緊張がゆるむのを感じて、リタは子どもたちに微笑んだ。
「みなさん怖かったのに、約束通り静かにできて偉かったですね。もう大丈夫だと思いますがこのまま結界を張っておきます。これなら安心でしょう?さ、ベッドに戻りますよ。」
リタは全員に布団をかけてやると、結界の中一杯に睡眠魔法を充満させた。
これで朝までぐっすりだろう。それに誰かが侵入したとしても、リュカレベルの魔術師でなければこの結界は破られない。
あんな爆発音がしたというのに、屋敷は不自然なほどに静まりかえっていた。
おそらく地下に集まっているのだろう。
リタは今度こそ部屋を出て、1階の書斎へと向かった。




