case5. 都市遊民リュカ・アポリネール 25歳 元魔術師(14)
「女性冒険者が来てくれて助かりました。やはり子どもたちは屈強な冒険者には覚えてしまいますから。」
胡散臭い笑顔でそう話すのはカルメルというこの屋敷の使用人をとりまとめる責任者だった。
30代半ばだろうか。使用人のわりにやたら仕立てのいい服にきっちりと撫でつけた前髪。貼り付けたような笑顔からはうさんくささしか感じなかった。
リタは、この仕事を請けたソロ冒険者アメリアとして神妙な顔で頷いた。子どもたちの命を預かる大切な仕事に緊張しているとでもいう風に。
「アメリアさんに護衛をお願いしたいのはこちらの部屋にいる子どもたちです。」
カルメルがドアをあける。広い屋敷の2階の部屋には、家具がひとつもなかった。壁に頭をつけるように、寝具用のマットレスが並んでいるだけだ。
10人いる子どもたちは膝を抱えて床に座っていたり、ぼんやりと窓から見える空を眺めていたりする。どの子も魔力が高い、とリタは部屋を見回した。
「ずいぶんすっきりしたお部屋なんですね。」
「ええ、まだ魔力も情緒も安定していない子が多いもので、自傷行為を防ぐために家具はすべて撤去しております。落ち着いてきたら元のレイアウトに戻して子供らしい生活を送れるようなれば、護衛も不要になるでしょう。それまでぜひともお願いいたします。」
「わかりました。子どもたちと会話をすることは?」
「極力控えてください。彼らは我が主が救い出すまで、ひどい環境にいたものですから。こちらのベルを鳴らしていただければ使用人がすぐにかけつけますので、何かあればそちらに。」
絶対にこの部屋から子どもたちを出さないように、と念をおしてカルメルは出て行った。後に残されたのは10人の子どもたちと自分だけだ。
リタは壁に手をあてたまま、部屋の四隅をぐるりと歩き回った。一部の子どもたちがそれを興味なさそうに眺めている。この部屋には結界が張られていた。子どもたちを護るためといえば聞こえはいいが、おそらく子どもたちを軟禁しておくためのものだろう。それとは別に、屋敷の地下から強い魔力の流れを感じる。
「なんだろう、これ。」
リタは部屋の隅に胡坐をかいて座ると、両手を床にぺたりとつけた。
そこから自分の魔力を地下まで流して探索してみようと試みた、次の瞬間ー
バチィッ…!
部屋に張り巡らされたのとは別の結界が反応したのだろう。思い切り魔力を跳ね返されてしまった。手のひらがひりひりと熱い。
一見何の仕掛けもないようで、調べようとすると手痛い目に合う。この結界をはった人間は、なかなか良い性格をしているらしい。
この見えそうで見えない結界を、どこかで感じたことがあるのに、どうしても思い出せなかった。
一日目の仕事は、夕方まで子どもたちを観察するだけで終わった。
護衛ついて特に指示がなかったのをいいことに、リタは床に座ってみたり寝っ転がってみたりかなり自由なスタイルをとった。
目線が同じになることで少し警戒がとけたのか、一人の子どもがじっとリタを見つめていたが、リタは知らないふりをした。
子どもたちは落ち着いていて、本当にただ見ているだけの護衛だった。
翌日、リタが屋敷を訪れると、カルメルから予想外の提案を受けた。
「よろしければ、今日から泊まりでの長期雇用に切り替えませんか?」
「泊まり、ですかか?」
「ええ。今まで何人かの護衛を雇ってきましたが、あなたがいると子どもたちの魔力値が大変安定していました。魔力の波が共鳴しやすいのかもしれません。もちろん報酬ははずみますし、ギルドへはこちらから依頼変更の手続きをとりましょう。どうですか?悪い話じゃないと思いますけど。」
きた、とリタは思った。
「次の仕事が決まりそうになかったので、こちらとしても大変ありがたいお話です。私でよければぜひよろしくお願いいたします。」
カルメルは両手をもみ合わせて目を細めた。
「ありがとうございます。では、アメリアさんが寝泊まりする部屋を隣にご用意しましょう。さ、どうぞこちらへ。」
部屋を出るとカルメルの肩ごしに、廊下の向こうから若い男が歩いてくるのが見えた。
使用人というより、屋敷の幹部なのだろうと遠目にも分かる。
黒いスーツにレモンイエローの髪。そして薄紫色の双眸。
それは確かに、リュカ・アポリネールだった。
リタは立場が下の人間として、通り過ぎざまにぺこりと頭を下げた。リュカはそれを一瞥して、何も言わずに立ち去っていった。
カルメルも、まさか二人が顔見知りだろは思わないだろう。考えたいことは色々とあったが、今は二人の関係を気取られないようにするのが最優先だ。
リタは何食わぬ顔で案内された部屋を確認する。
10人の子どもを軟禁している部屋の二つの結界。あれはリュカが張ったのかと思いながら。




