case5. 都市遊民リュカ・アポリネール 25歳 元魔術師(13)
ギルド長執務室で、ヴェルトフは一枚の依頼書を手に難しい顔をしていた。
・魔術師Bランク以上
・報酬は金貨3枚/日
・貴族子弟の護衛、秘密厳守
報酬が良すぎるのがひっかかるが、依頼主はリバーサイドの新興貴族。まだ護衛の相場が分かっていないのかもしれないし、あの家は資金力があるというアピールのために大盤振る舞いしているのかもしれない。とくに不審な点はない依頼だった。
「黒煙が受ける仕事じゃないだろう。」
はらり、とデスクの上に依頼書が舞い落ちたが、リタは気にするそぶりすら見せない。
「私の勘が間違っていなければ、多分アマディさんはここにいます。」
「それで?もし本当にここにアマディがいるとして、その先はどうするんだ。」
「今回は様子を見るだけにとどめて帰ってきます。アマディさんを取り戻したいですが、自分で出ていかれたので難しいでしょうし。」
「上が動いてるんだ。今回はお前の正体が明らかになるリスクだってあるんだぞ。」
ヴェルトフはリタの安全を心配していたが、当の本人はどこ吹く風だった。
「そうですね。だから冒険者として仕事を受けるのは、これで最後にします。私はやっぱり復職支援の仕事が好きですから。」
今までどうにか頼み込めば仕事を引き受けてきた黒煙は、どこかすっきりした顔をしていた。腹はくくったのだろう。
「分かった。俺の権限をすべてかけてできるところまでは、責任もって上から守ってやる。」
「頼りにしてますよ、ボス。」
「…最後だからって無茶はするなよ。いつから行ける?」
「今日、このまま出ます。」
「そうか、依頼書は俺が預かっておく。」
ヴェルトフは、背中をむけて飄々と部屋を出ていこうとするリタを呼び止めた。
「リタ。気をつけろよ。」
はーい、となんとも間の抜けた声で、リタは手を上げると去っていった。
執務室で一人になったヴェルトフは、深く息を吐きながら初めてリタ・パルマに会った日のことを思い出していた。
7年前、当時A級冒険者だったエリザが、森の奥で単独で魔物を狩っていた少女を拾ってきた。
長いことまともな暮らしをしていなかったのだろう。髪はぼさぼさで、粗末な衣類は擦り切れて薄汚れた野良犬のような少女は、しかし眼だけは鋭くこちらの出方を伺っていた。
「この子ライセンスも持ってないのに、バイコーン狩っててさ。魔術はほぼほぼ独学みたいでめちゃくちゃな戦い方してんのよ。で、ぼろっぼろにしたバイコーンどうするのかって聞いたら食べるっていうからいたたまれなくってさぁ。」
どうやってそんな野良犬をここまで連れてきたのかとエリザに聞けば、彼女は豪快に笑った。
「それがさ、バイコーンなんて食べれたもんじゃないのに食用にしようとするくらいだからお腹すかせてるんだろうなと思ってチョコレートやったらすごい勢いで食べるからさ、一緒にくるならもっとあげるよって言ったらすんなり。見た目汚れてるけど、可愛いし強いし、磨けば光るんじゃないかと思って拾ってきた。ひとまずうちで面倒みるわ。」
当時ファルコン・ドールはアタッカーが離脱して3人で活動していた。そこに入れようと思ったのだろう。相変わらず破天荒な女だと思ったが、エリザの人を見る目は確かだったらしい。
野生児かと思われたリタは、話してみると予想外にきちんとした教育を受けているようで、錬金術の知識も豊富だった。一体どこで学んだのかいくら聞いてみも、かたくなに答えない。
修道院から逃げ出してきたと言っていたが、おそらく裕福な家で育てられ、そこを負われる事情があったのだろう。
リタはめきめきと頭角を現し、ヴェルトフが身元保証人になって冒険者のいろはを叩き込み、ライセンス登録をした半年後にはAランクに昇格した。
パーティのメンバーはそんなリタの過去を詮索することなく、ただ年下の新入りを可愛がった。
あっというまにSランクまでのぼりつめたリタはやがて黒煙と呼ばれるようになり、パーティは大躍進を遂げた。
成熟期を迎えたファルコン・ドールは、リーダーエルザの結婚と出産という形で終わりを迎えた。
リタは他のパーティに参加することもソロで活動することもなく、貯金を切り崩してふらふらと暮らし始めた。
タンクのクレーメルとヒーラーのマリアは別のパーティへ移籍し。圧倒的攻撃力を誇ったエルザは、旦那の浮気が原因で離別。その後ヴェルトフに乞われて冒険者の幹部職員になった。
どんな事情があっても冒険者が仕事を続けられるよう福利厚生に力をいれたのも、復職支援担当職員としてリタを引っ張ってきたのもエルザだった。
そのエリザも今は南支部のギルド長としてヴェルトフと肩を並べている。
リタと出会ってから7年。いろんなことが思い起こされたが、思い出の中の彼女はいつも何かを食べていた。
この件が片付いたら、久しぶりにエルザも交えて食事会をしよう。
ヴェルトフはリタが好きなメニューを考え、彼女の無事を祈りつつ人知れず頬を緩めるのだった。




