case5. 都市遊民リュカ・アポリネール 25歳 元魔術師(12)
「それじゃあ今夜から3泊ね。部屋は2階の一番奥。何かあればここまで知らせてちょうだい。朝食は7時から9時まで食堂にあるパンとスープを自分で給仕しておくれ。外出の際は必ず鍵を預けてから出ること。他に質問は?」
「あの…朝ごはんのパンはおかわり自由ですか?」
おそるおそる、しかし真剣に尋ねるリタに、宿屋のふくよかな女将は吹き出した。
「パンもスープも好きなだけどうぞ。うちのせがれが裏のパン屋で焼いてるんだ。気に入ったら買いにいってくれると嬉しいね。」
「ありがとうございます!」
リタは足取り軽く宿屋の階段を駆け上がると部屋に入り、防御魔法をかけた。
ふーっとゆっくり息を吐き、靴を脱いでベッドの上に座る。
あれから家を引き払い、その足で「御使い」の調査に往復4日かけて東ピカビア地方に行ってきた。
帰りの列車で聞き込んだ話や資料をまとめながら夕方王都に帰ってきて、良い感じの宿を見つけてようやく落ち着いたところだ。
滞っている通常業務のことは…今は考えないようにしよう。リタは鞄から紙束を取り出してベッドに広げた。
調査対象は魔術師シモン・ヴァレル、20歳。Cランクパーティのアタッカー。
リュカが半年前にダンジョンで死んだと言っていた冒険者だ。
シモンが所属していたパーティ”彼方の星”はイデアル・シュヴァルに入ったのを最後に消息が不明になっている。イデアル・シュヴァルは十年以上前に最下層まで踏破された巨大ダンジョンで、今では難易度もそう高くはない。
ギルドには依頼を受けた記録もないことから、パーティ強化のため自主的に入ったと思われる。彼らが贔屓にしていた店でも、そんな話をしていたらしい。
「しばらくこの街に滞在するって言ってたのに、ある日を境にぱったり来なくなっちゃったんですよね。まぁ冒険者って気まぐれだから、どっか別の街にいっちゃったのかなと思ってたんですけど。あの人たち、なんかやらかしたんですか?」
店の女の子から証言がとれたが、その口ぶりはまさか彼らが死んだとは思っていないようだった。
”彼方の星”はダンジョンに入ってその後の足取りがつかめていないのに、リュカははっきりとダンジョンで爆死したと言っていた。
同じ場所にいて、なにかしらのトラブルが起こり、リュカあるいはリュカのパーティだけが逃げたということだろうか?この場合、生き残った冒険者にはギルドへの報告義務がある。
義務じゃなかったとしても、冒険者だったら黙って去るようなことはしないだろう。
本当はシモン達は生きている。あるいは、報告できない事情があったか。
後者だろうな、とリタは思う。いつかエヴァンスが言っていた、冒険者の勘というものだ。リタはここ二週間にあった出来事を書き出してみた。
・元魔術師リュカ・アポリネールとの偶然を装った出会い
・元魔術師アマディの復職支援中断
・翌日、騎士団諜報部からアマディの引き抜き疑惑に関する調査依頼「御使い」の依頼。
・「御使い」リストに載っている冒険者の安否をリュカが知っていた
・リュカは”彼方の星”がダンジョンで絶命したパーティの報告義務を意図的に怠った
このすべてを繋ぐ糸が見つからない。だけど、何かで繋がっているのだろう。
「サイハテのガトーショコラが食べたい…。」
ベッドの上にあおむけになって、一人呟いてみたけれど、部屋はしんと静かなままだった。
翌朝、ギルドに出勤するとカウンターにライオネル・クレイグがいた。
対応していたのはリタと同じく早番のミア・オーリック。冒険者は総じて宵っ張りの朝寝坊なので、この時間帯はギルドも閑散としている。
受付職員の出勤前に来た冒険者は、こうして別の部署の職員が対応するのだが、ミアにとってはただただ幸運だった。
「ライオネル様。こんな時間に珍しいですね。」
「ああ、夜行性の魔獣を夜通し狩って処理していたらこんな時間だ。」
どうやら依頼完了の報告と報奨金の清算待ちで、これから家に帰るのだろう。
「それはそれは、お疲れ様です。」
ぺこりと頭を下げるリタに、ライオネルは尋ねた。
「リタこそ、疲れているんじゃないのか?顔色が悪いようだが。」
「ちょっと仕事が立て込んでいまして。美味しいものを食べに行く余裕もなくて、最近はとうとう携行食に手を出しました。あれを齧っていると、本当にみじめな気持ちになります。」
携行食は冒険者のマストアイテムだ。それをみじめな食べ物と評するリタに、ミアは焦ったがライオネルは気にする様子もなく笑った。
「まぁそう言うな。仕事が落ち着いたら食事に行くか。その場で貝を焼いて食べさせる店があるんだ。港から保冷魔法をかけて生きたまま貝を運んでくるんだ。先日その輸送の護衛をしてな。リタも好きだと思う。」
「ううう…そんな夢のような店が。行きたいです。貝の殻が山になるくらいいっぱい焼いてあつあつのうちに食べたいです。」
しおしおとうなだれるリタの頭を、ライオネルがぽんと撫でた。リタがじっとしていると、楽しそうにぐりぐりとさらに撫でる。
ミアはそれを、信じられないものを目の当たりにした目つきでじっと見つめていた。
「奢ってやるから、頑張れよ。」
「ありがとうございます。ちょっと元気でました。」
「ん。」
優しく目を細めたライオネルは、ミアから報奨金を受け取ると颯爽とギルドを出て行った。
「ちょっと、ちょっとぉぉぉ、リタさん!今の一体どういうことですかっ…!」
ミアに両肩を掴まれて前後にシェイクされながら、リタは貝にはシトロンを絞ってかけるべきか考えていた。
「ああ、ミアさんも貝を食べに行きた―」
「いや違うからっ!」
食い気味のツッコミとともにシェイクから解放されたリタは、怪訝な顔で首を傾げた。
「いつの間にライオネル様とあんなに親しくなったんですか?リタって、呼び捨てになってるし。頭撫でられてるし、なによりライオネル様のあの顔!めちゃめちゃ進展してるじゃないですかー!」
「頭は手を置くのにちょうどいい高さなのでつい撫でちゃうんだと思いますよ。」
「いや氷刃の貴公子がつい頭を撫でたら死人がでますからね?」
「そんなことはないと思いますけど。さすがS級冒険者なだけあって、頭をなでられると気持ちよくてすごく安心するんですよ。あれは一体何を付与しているんでしょうね。…って、ミアさん?大丈夫ですか?」
ミアは額に手を当てたままうなだれていたが、深いため息とともに顔を上げた。
「…仕事しましょうか。」
ミアも疲れているのかもしれない。
リタはそれ以上深くは考えず、自分のデスクに座るのだった。




