case5. 都市遊民リュカ・アポリネール 25歳 元魔術師(11)
結論から言うと、その日もリタはベッドで眠ることができなかった。
自宅に戻ると、部屋が荒らされていた。貴重品や身の回りの必要なものは亜空間収納カバンに収めているので盗まれて困るものはない。寝に帰るだけの家にある家具といえばベッドとテーブル、それに小さな棚が一つだけだ。
荒らすほどものもないのにカーテンが切り裂かれ、テーブルの脚は折られ、ベッドの上には毒蛇がナイフで刺されて絶命していた。これは警告なのだろう。
あたりに侵入者の気配も残り香も感じられない。今から追っても時間の無駄だろう。リタはため息をつくと部屋を出て、ギルドに戻った。
夜のギルドには誰もいない。防御魔法が効いているので職員以外は入れないセキュリティになっている。宿屋に泊まることも考えたが、監視されている可能性も考えると、ここより安全な場所はないだろう。
リタは椅子を3つ並べて寝台の代わりにすると、亜空間収納からとりだしたブランケットにくるまると横になった。寝心地は最悪だった。
「ひっ…!」
翌朝、一番に出勤してきた受付担当職員の悲鳴で目がさめた。
「おはようございます。おどろかせてすみません、諸事情あって昨日泊まりまして。」
「なんだ、リタさんでしたか。どうしたんですか?」
「いや、ちょっと空き巣?に入られたみたいで。」
受付担当はもう一度悲鳴を上げた。
「なんですぐに自警団に駆けこまなかったんですかっ…!」
「あっ、確かに。」
彼女にとってみれば、リタは力をもたないただのギルド職員だ。それも若い女の子。空き巣に入られて職場に寝泊まりするなんて、危機管理がどうかしていると思われるらしい。
リタにしてみれば、侵入者の目的がはっきりしている以上、第三者を介入させても厄介という判断だったけれど。
やがて次々に出勤してきた職員に話が拡散されてちょっとした騒ぎになった。中には、これは冒険者ギルドに対する宣戦布告だと物騒なことを言い出す武闘派もいたが、すべては後から出勤したギルド長ヴェルトフの一言で収束した。
「この件は俺が対応する。業務に戻るように。」
執務室に入ると、ヴェルトフは手ずからミルクコーヒーを入れ、戸棚の中からヴィスコッティを出してくれた。
「ここに泊まったんじゃ、朝食もまだなんだろう?」
「ありがとうございます。ヴェルトフさんのビスコッティが久しぶりに食べられるなんて、寝泊まりした甲斐がありました。いただきます。」
リタは細切りになった焼き菓子をぱくりと口にいれた。硬くてザクザクした食感のビスコッティを食べたあとにミルクコーヒーを流し込む。胃が温まり、ようやく気持ちが上をむいてきた。
「…で、お前今度は何をやらかしたんだ?」
「何もやらかしてませんよ。家に帰ったら部屋が荒らされていただけです。ベッドが使える状況じゃなかったのもあってここに泊まりました。引き抜きの件で私たちの調査を中断させたい人間の仕業でしょうね。」
「そうか。それは…色々すまなかったな。」
「まあ仕事ですから。清掃業者を手配するので、その代金だけギルドにつけてもいいですか?」
「構わん。家はどうする?」
「そろそろ引っ越してもいいかと思っていたので、このまま引き払います。」
「新しい家が見つかるまで、うちに来るか?うちのかみさんもお前がくれば喜ぶだろう。」
ヴェルトフの瞳には上司と部下以上の、娘に対する愛情のようなものが込められていたが、リタはそれに気付かないふりをした。
「喜ぶというか、着せ替え人形にされそうなのでお気持ちだけ。」
「そうか。まあ、お前のことだから心配はいらんが、何かあったらいつでもうちに来い。」
ありがとうございます。リタは心から感謝を述べた。
「あ、リタさん。ちょうど良かった。消息信書が速達で届いていますよ。」
デスクに戻ると、別の事務職員がリタに封筒を持ってきた。礼を述べて開封すると、中身はリュカからのものだった。
―シバラク会エナイ。埋メ合ワセハイズレマタ
約束をしていたわけじゃないのに連絡しなくてもいいのに、なぜわざわざ信書を寄こしたのだろう。
女性に対してマメな性格なのかもしれないが、それにしてもタイミングが良すぎる。
ひとまず、リュカがこいつは死んだと言っていた冒険者のことをもう一度詳しく調べてみよう。それから清掃業者を手配して自宅の退去手続きをしなければ。
予定外の仕事や雑務がどんどん降りかかってくる。自宅のベッドでゆっくり眠ることすら許されないなんて。
リタは、部屋を荒らした犯人に会うことがあったら絶対に砂責めにしてやろう、体中の穴という穴に魔術を駆使して砂を詰めてやろうと誓うのだった。




