case5. 都市遊民リュカ・アポリネール 25歳 元魔術師(9)
リタは渡された潜在冒険者リストの中から、王都近辺でコンタクトをとれそうな人物をあたっていた。
こういう仕事はできるだけ早く終わらせたい。効率よく回るためにしっかり順番を考えたが、消息不明者も数名いて、昨日と今日で会えたのはたった2人だった。
どちらもシロで、どうやらしばらく出張続きになりそうだ。リタは屋台で買ったスパイスティーを飲みながら深いため息をついた。
噴水広場のベンチに座って空を仰ぐと、ふと頭上から声をかけられた。嗅ぎなれない、不思議な甘い香りがふわりと広がる。
「そんなにため息ついてたら幸せが逃げちゃうよ?」
おそろしいほど自然な流れでリタの隣に座った男は、そう言ってニコニコとリタを覗き込んだ。
「こんにちはリュカ。先日は素晴らしいパルフェをご馳走様でした。」
「どういたしまして。リタちゃんのためならパルフェくらいいつでも作るよ。今日はちゃんと会えてよかった。」
「私に何か用でしたか?」
「言ったでしょ、ギルドに会いに行くって。昨日は入れ違いになっちゃったみたいでさ。リタちゃんって受付嬢かと思ってたら、違うんだね。復職支援ってなに?」
そういえば、目の前の男も魔術師だったなと思いながら、リタは潜在冒険者の復職支援について説明した。もちろん手製のリーフレットと、復職特典の亜空間収納ポーチ(Sサイズ)も見せながら。
興味なさそうに聞いていたリュカだが、ポーチにだけは異様に食いついた。
「うわっ、なにこれ。どうやったらこの大きさまで小さくできるんだ?あ、もしかしてこれ錬金術に魔力複合させてるってことか。うっわ、術式エグいな。」
ポーチの中を覗き込みながらしきりに感心するリュカに、憎めない人だなとリタは頬を緩める。
「お褒めにあずかり光栄です。」
「え…これ作ったのってリタちゃん?」
「はい。」
「ははっ。どうりで俺が魔術師だったって分かるわけだ。なんでギルド職員なんてやってるの?」
今までこの手の質問を何度もされてきた。リタの答えはいつも同じだ。
「戻りたくても戻れない。そんな元冒険者の方たちの後押しをするのが、私の天職だと思ったからです。」
その言葉に、一瞬リュカの横顔が翳った。多分それが、彼の素顔なのだろう。
「戻れないっていうかさ、それって自分のせいでしょう?それを誰かに助けてもらえるなんて、恵まれてるよね。」
リュカはぱっと表情を変えてリタの肩に手をまわした。
「じゃあさ、俺の復職支援もしてくれる?仕事だけじゃなくて、個人的にあれこれ支援してくれると嬉しいんだけどな。俺、リタちゃんの期待に応えられると思うけど?」
「いえ、そういうのはちょっと。」
個人的な支援としてケルピーをやってしまったことを思い出し、リタは言葉を濁らせた。
「あれ、照れてるの?そういう可愛い顔、もっと見たいんだけどな。」
何か話が違うようだ、とリタが首をかしげていると、リュカはリタの太ももに右手を這わせた。
こういうことを何のためらいもなく、自然にできるから都市遊民でいられるのだろうなと、リタは彼の収入源について考えた。
いくら有能なヒモだったとしても、仕事もせずにあの立地のあの部屋を借りられるだろうか?
これは早々に当たりを引いてしまったかもしれない。リタはそっとリュカの右手を払いのけた。
「申し訳ありません。復職を全く希望されていない方の支援は承れませんので。」
「どうしてそう思うの?」
心からの疑問だと言わんばかりに、リュカは優しい目をしていた。この笑顔が、彼の鎧なのだろう。
「リュカにはすでに魔術師として活躍されている場所があるのでは?」
短くはない沈黙のあとで、リュカは「ん?」と聞き返したが、リタはそれには答えなかった。
「もし現在の所属先から完全に足を洗う心づもりがおありでしたらご連絡ください。」
うーん、とリュカは腕を組んだ。
「それは難しいかな。だってさ、泥臭くダンジョン潜ったり地味な依頼受ければそれなりの報酬は入るよ。でも俺はラクに楽しく生きたいだけなんだって気付いちゃったんだよね。この顔使ったほうがコスパがいいでしょ?リタちゃんと同じ。俺の天職はヒモってわけ。女の子に相手にされなくなったら、魔術師としての復職も考えるかもね。」
ばっちりをウィンクを飛ばされて、リタは小さくため息をついた。
これだけでは判断がつかない。リタは頭の中でリストを消化するのに必要な時間をざっと見積もる。
「今満足しているなら私からは何も言うことはありません。もしよければ、先日のパルフェのお礼に私にご馳走させてもらえませんか?そうですね、5日後とかはいかがでしょう?」
「女の子にご馳走してもらうのは大好きなんだけど、その日はちょっと都合が悪いんだよね。来週なら会ってもいいけど。俺のおすすめのお店でもいい?」
会話だけなら逢引の約束に聞こえるのに、リュカにはもう甘くて軽い雰囲気はもうなかった。これは駆け引きだ。
「ええ。大丈夫です。」
「オッケー。それじゃあまたね。待ち合わせの時間と場所は、決まったらまた連絡するよ。ギルド宛の消息信書でいい?」
「会いに来てはくれないんですね。」
「リタちゃんがもっと俺を欲しがってくれれば行くけど?」
リュカはリタの返事を待たずに立ち上がった。そしてリタの手にあったリストを指さした。
「そのリストの5番目。そいつなら半年前にダンジョンで爆死したよ。」
またね。リュカはつむじ風のように姿を消した。その鮮やかさは、現役の魔術師そのものだった。
リタはリストを持つ手に力を入れた。
来週彼に会うまでに、ここにある名前をすべてシロにしておかなければ。通信用クレインを飛ばすのはその後でもじゅうぶんだ。
でも、この中からあぶり出しが出来ればいいのに、とも思う。ただのヒモであってくれれば。
リタは立ち上がると、王都中央駅へ向かって歩き始めた。




