case5. 都市遊民リュカ・アポリネール 25歳 元魔術師(3)
「ねぇ、なんで俺が魔術師だってわかったの?」
「意外とあっさり認めるんですね。」
リュカはソファから立ち上がると、空になったパルフェのグラスを流し台へと下げた。
「色仕掛けの通じない相手に嘘ついても仕方ないからね。さっきまでいける感じだと思ったんだけどな。で、俺の正体を見抜いた根拠は?」
話を聞く気があるのだろうか。リュカはグラスをきっちりと洗い上げてキッチンを片づけはじめた。
「気になったのは指輪でした。魔力を増幅させるための魔道具を指にはめている方は珍しくありません。装身具として重ねづけする若者も、王都じゃそれなりにいるでしょう。でもあなたのは、多すぎる魔力を抑制するものだとお見受けします。
連れてこられた部屋には非常にわかりにくいものの防御結界が張ってある。極めつけは、部屋にあげた相手が私だったということでしょうか。ガールハントだったら絶対にミアさんを狙うはずです。」
「なるほど。そこまで分かるなんて、ギルド職員ってのは本当なんだ。でも俺、リタちゃんのことけっこう気に入ったんだけどな。」
「私も、リュカの作る芸術品のようなパルフェはとても気に入りました。」
「ありがと。じゃあ教えて欲しいんだけどさ。ギルド中央本部の職員数と、冒険者のうちAランク以上の所属者数を教えてくれない?」
「ギルドは常勤と非常勤を合わせて約80名ですね。」
リタは素直に答えた。しかしこの数字に、食堂や託児施設、併設された治療院のスタッフもカウントされていることは黙っておく。
「冒険者の方は?」
「都市防衛に関わることなので、お答えはできません。何を企んでいるのかは知りませんが、ギルド職員の中には元S級冒険者も複数名在籍していますよ。」
嘘はついていない、とリタは心の中で言い聞かせた。
「それは、牽制?」
「そう思うなら、やましいことがあるのでは。」
「やましいこと、ねぇ…。」
リュカはしばらく考え込むように部屋の中を歩きまわり、ソファに座るリタの前にしゃがみこんで見上げた。
「まっ、いいや。今夜はリタちゃんとお近づきになれたってことで。もう遅いし送るよ。」
「ギルドから支給された護身具を持っているのでお気遣いなく。」
リュカは食い下がることもなく、あっさり「そっか。」とリタを玄関まで見送った。
「また会える?」
「他の方を探されたほうが良いと思いますけど。」
リュカはそれには答えず、かわりにリタの頬にキスをした。
「ギルドに会いにいくよ。おやすみ。」
パチンとウインクをするリュカに、リタは「間に合ってます。」と返すだけだった。
夜道を歩きながら、リタは彼の本当の目的は何なのだろうと考えた。辛い料理と芸術的なデザートを食べた後では、大したことは思いつかない。
ただ、あんなのがギルドにやってきたら、ライオネル、エヴァンスに続いて美丈夫が3人もそろって女性陣が大変な騒ぎになるだろうなぁと呑気なことを思うだけだった。
翌日、あくびを噛み殺しながら出勤したリタに、ミアがものすご勢いで近寄ってきた。間合いの詰めかたが手練れの冒険者のようだ。
「リタさん、昨日は大丈夫でしたか?」
「はぁ。今こうして無事に出勤してますので。」
「そういう意味じゃなくてっ…!あのチャラ男とどうなりましたか?」
「どうなったって、宣言通り素晴らしいパルフェをご馳走になりましたよ。」
ミアはそこで深いため息をついた。
「期待したんだけどなぁ。ま、でもやっぱり黒煙様にはもっとふさわしい方がいるってことですよねっ。」
「あの、ミアさん…。」
「今日も仕事に生きましょう…!」
リタは完全に発言の機会を逸してしまった。
昨日リュカの自宅に行き、瞼と頬にキスされたことも。
黒煙という二つ名は、昔リタが野営地で炊事当番になると必ず、ありとあらゆる食材を焦がして鉄鍋から黒い煙がでるからという由来であることも。
「まあ、ミアさんが納得されてるなら、いいか。」
でもやっぱり、あんなに憧れてもらって申し訳ないので、黒煙の由来についてはいつかちゃんと説明しようと思うのだった。
二日後、リタはいつものように仕事を終えると聞きなれた声に呼び止められた。
「リタさん!」
ギルドの裏口を出たところで振り返ると、ニーナが元気よく手を振って近付いてきた。
「ニーナさんこんばんは。これから帰りですか?」
「はいっ。サミュエルおじさんがお仕事だったので。おじさん、今日はファイヤーウルフの群れを狩ったって。すごいですよね。」
この一か月で、ニーナは驚くほど明るく子供らしくなった。
自分が父親に捨てられたわけではなかったという事実と、エヴァンスに引き取られて大切にされていることで安心して甘えられるようになったのだろう。リタはうんうん、と頷いた。
「エヴァンスさんがバンバン活躍して、その姿に憧れた若い冒険者が沢山増えるといいですね。」
「うん。おじさんかっこいいでしょう?今は女の人がいっぱい声をかけてくるんですよ。」
「おいお前さんたち。一体何の話をしてるんだよ。」
後からやってきたエヴァンスは、厚手の白いシャツに防具の胸当てとダークブラウンのマント、それに黒いトラウザーに革のブーツという、シンプルな冒険者の恰好をしていた。
前髪もラフに下ろしていて、BARサイハテのカウンターにいる時とはずいぶんと印象が違う。
「お疲れ様です。その姿でお会いするのは、初めてですね。とっても素敵ですよ。」
「そりゃありがとな。お前さん、こんなとこでシケたおっさんの相手するより、自分が冒険者として現場に行ったほうが色々効率がいいだろ。」
「…あくまでも復職支援が本業ですので。」
「どの口が言うんだか。」
二人のやりとりを聞いていたニーナが、不思議そうに口をはさんだ。
「リタさんは、冒険者なんですか?」
「昔ね。内緒ですよ。」
「どうして?」
「…私が冒険者だったことを知ると、悲しい想いをする人がいるからです。」
ニーナはそれ以上聞き返すことはなく、ただ頷くだけだった。
「そういや、最近妙な噂が回ってるの、知ってるか?」
少し暗い表情をするエヴァンスに、リタは首を横にふった。
「この後時間があるなら、うちに寄っていけ。夕飯、まだだろう?」
「いいんですか?」
「店みたいなもんは出せねぇぞ。」
「エヴァンスさんに作っていただけるならなんでも嬉しいです。」
そういって急に上機嫌になったリタを見て、ニーナが笑った。
今週は人の家でご馳走になることが続くな、とリタは二人の後をついていきながら思うのだった。




