case5. 都市遊民リュカ・アポリネール 25歳 元魔術師(2)
リュカと名乗る男が連れてきたのは、BARサイハテも軒を連ねる”放蕩者通り”から15分ほど歩いたところにある住宅街だった。
比較的裕福な平民が集まるエリアで、それなりの定職についていなければ住めないはずだ。
「家、なんですね。」
「パルフェを出すいいとことは言ったけど、店とは言ってないよ?」
「なるほど。」
確かに嘘はついていない。リタはにこやかなリュカに流されるように部屋に入った。
ベッドルームとリビング、それに小さなカウンターキッチンがついたありふれたフラットの一室だが、中はモノトーンでまとめられていた。
寝に帰る部屋という印象だが、意外にもキッチンにはそれなりの道具や食材がそろっている。
やけにちぐはぐな印象に違和感を覚えつつ、リタはリュカの案内でソファに座った。
「ここには誰かと住んでいらっしゃるんですか?」
「んー。今は一人かな。前は女の子と暮らしてたんだけどね。」
ふいに見せた暗い翳りは、すぐに消えた。
リュカはさりげなく話題を変えて、リタとミアの仕事について尋ねた。
指につけたすべての指輪を外すと腕まくりをして手を洗うと、話を聞きながら手際よくパフェを作っていく。
細長いグラスは、あっというまにオブジェのようになった。
底には砕いたクッキーを、そこにアイスをつめて数種類のベリーをちらし、さらにまたアイスとクリームを絞る。仕上げに貴婦人の帽子のようにちょこんとプリンをのせて、チョコレートソースをかける。
「はい、どうぞ。リュカ様特製ショコラベリーのパルフェだよ。ちなみにプリンも俺の手作りね。」
「なんて美しい造形。こんな完璧なおやつを作れるなんて、リュカさんは天才ですね。」
「ふふっ。ありがと。」
隣に座ったリュカが極上の笑顔で首をかしげたが、リタはそんな美形に目もくれずそっとパルフェの頂上に最初のひと匙をさしていく。
ふるふると震えるプリンは、妖艶ですらあった。そんなプリンと濃厚なクリームが舌の上でなめらかに溶けあっていく。
これは背徳の味だ、とリタは思った。次に、甘酸っぱいベリーが口直しに心地よい酸味を連れてくる。そこからまたアイス。砕いたクッキーに溶けかけたアイスが絡んでしっとりしてくるのも美味しい。
飽きることなく無限に食べられそうなのに、悲しいかなあっと言う間に食べ終わってしまった。
リタはパルフェとの別れを惜しむように、ご馳走さまでしたと手をあわせた。
「ひと時の夢のようなおやつでした。」
「パルフェでこんなに喜んでもらえたなんて初めてだよ。キミ、本当に食べることが好きなんだね。」
「はい。美味しいものは何でも大好きです。」
「目の前に美味しそうないい男もいるんだけどな?」
リュカは右手を伸ばすとそっとリタの手に触れて、親指で手の甲をそっと撫でた。
「いえ、もうお腹いっぱいなので帰ります。」
「もう少しだけゆっくりしていきなよ。」
そう言って目を細めたリュカが、リタの腰に手をまわす。それから優しく抱き寄せた。男からは、不思議な甘い香りがした。耳元で「帰るなよ。」と囁かれて、もう少しだけこの声を聴いていたいと思う。リタは目をつぶって深く息を吐いた。
「もう茶番は結構ですよ。」
「ん?」
「私たちに声をかけたのは、冒険者ギルドの人間だからですよね?そこまでして聞きたいことってなんでしょう?色仕掛けは不要です。美味しいパルフェをご馳走になったので、職務規定に違反しない範囲でならお答えしますよ。」
リタの太ももを撫でていた手が、ぴたりと止まった。
「職務規定に反することは?」
その声に、もう甘さは残っていなかった。
「お答えできません。」
「じゃあ、キスしていい?」
リュカに至近距離で見つめられて、この顔でこんなことをされたら大抵の女子は堕ちてしまうのだろうとリタは妙に納得していた。
「必要ありますか?」
「うん。俺になびかない女の子を屈服させたくなっちゃった。」
リュカはそう言うと、リタの瞼にゆっくりと唇を落とした。
ここまでされても、不思議と拒絶反応はなかった。どうしてだろう、とリタは考える。
顔がいいから?パルフェを作ってくれたから?いい匂いがするから?
どれも違う。リュカの薄紫色の瞳をじっと見つめていると、妙に懐かしい気持ちがこみあげてきた。
―そっか。この人、私に似てるんだ。
リタはリュカから体を離すと、もういちどしっかりと彼の顔をみた。
「リュカ。あなた、魔術師ですよね。」
リュカはそれには答えず、にっこりとほほ笑むだけだった。




