case5. 都市遊民リュカ・アポリネール 25歳 元魔術師(1)
「はぁぁぁぁ~~~~。どいつもこいつもなんで若い女が男を求めてると思ってるんでしょうね。」
ダンッ!!という音とともに、エールの入ったジョッキをテーブルに叩きつけたのは同僚のミア・オーリックだった。
リタはまあまあ、となだめながら香辛料のきいた串焼きを齧っていた。
受付カウンターでやたら香水の匂いをさせたナルシストに絡まれていたのがよっぽど頭にきたのだろう。終業後、珍しく食事に誘われて今にいたる。絡み酒になる予感がなくはなかったが
「こういう時はすっごい辛い物が食べたい!」
と言われたら、辛いものを食べる口になってしまったのだから仕方ない。
「今は仕事に集中したいって言っても、『強がんなよ』ってしょうもない男に限って言うんですよ?仮にも仕事最優先じゃなかったとしても万が一にもお前だけはねぇわ!
あと強がんなよって、実際強いから!じゃなきゃ魔力もろくにないのにアカデミーで魔術関係の講義総なめしてないし、冒険者ギルドに就職してないし。ね、私は強いですよね?」
「強いと思いますが。あの、ミアさん。ずいぶんとお口の治安が悪くなっているようです。仮にも貴族令嬢でいらっしゃるのですからその辺で…」
「仮にもって、正真正銘貴族だわっ。でもそういうのは、アカデミーに入った時に全部捨てたんです。所詮お嬢様のお遊びだってなめられないように、意識的に言葉遣いを崩して、態度や服装も変えて、買い食いしたり庶民的なお店に出入りしたり。
私なりに、冒険者の世界でも生きていけるように努力したんですよ。まあ、結局冒険者にはなれなかったんですけどね。それはもう自分の中で消化できるくらい今の仕事が楽しいのでいいんですけどっ!」
再び、ダンっ!とジョッキが置かれた。
しまった、会話がループしてしまう。リタはサッと手をあげると、ハンドサインで冷たい水を頼んだ。カウンターの中にいた女性店員が、気の毒そうな顔をして頷く。
ところが、水を運んできたのは彼女ではなく見知らぬ若い男だった。
「そんなゴミみたいな男のために怒るなんて、可愛い顔が台無しだよ?毎日お仕事お疲れ様。はい、これお水。」
突然の闖入者に、ミアは一瞬固まったあとで「いや、誰?」と聞き返すのがやっとだった。レモンイエローのふわふわした髪の毛と軽い喋りが、テーブルの雰囲気をぱっと明るくしているようだった。
「俺?通りすがりの頑張る女の子の味方だよ。」
「女の敵の間違いじゃなくて?」
ミアの鋭いツッコミに、リタは思わず口にしていた果実ソーダを吹き出しそうになった。確かに、モテすぎて女性陣に無益な争いを起こさせそうな容姿だ。
抜けるような白い肌に目尻の下がったすっきりとした薄紫色の瞳。すべての指に指輪をはめて、爪先は黒く染められている。
もう少し身長が低ければ、女性と言われても信じてしまうような中性的で美しい顔だちだった。しかし、どんな顔立ちもミアの怒りの前には無意味だった。
「で、具体的に何してる人なんですか?ていうか名乗れ。」
どうやらミアは酒癖がかなり悪いようだ。覚えておこう、と思いつつも、なんだかんだとミアがナンパ男に絡み始めたのでリタは串焼きに専念した。
「俺?俺は、リュカ。真実の愛と自由を求道している都市遊民ってとこかな。」
「それってヒモで無職ってことでしょ。サイテー」
リュカと名乗る男は「酷いなぁ」と笑っただけで、否定はしなかった。
「でも顔と女の子の扱いだけはSSランクだよ?どう、お兄さんと一度デートしてみない?」
「あんたなんか氷刃様に比べたら全然よ。」
「え~。じゃあそちらの無口なお姉さんは?」
急に会話の矛先をむけられて、リタはうーんと唸った。
「どうせなら、火と包丁の扱いがSSランクのほうが好ましいですね。」
「食いしん坊かぁ…」
自分の顔で確実に釣れると思ったのだろう。アテが外れたなら別のテーブルに移動すればいいのに。
先ほどから店の奥にいる二人組の女性客がこちらをチラチラ見ているのに気付いているはずなのに、リュカはそのままリタ達のテーブルに居座り続けた。
結局、リュカは最後までミアの愚痴を聞き続け、ようやく同僚がすっきりしたことにリタは安心した。
この店の料理人は東方からの移民らしく、香辛料をわざわざ母国から取り寄せているそうだ。舌が痺れるような独特の辛さを堪能したリタは、もうリュカと会うこともない。はずだった。
「私もう帰ります。」
店をでてすぐに宣言したリタに、リュカは意外なことに食い下がった。
「えー。お姉さんもう一軒行こうよ。」
「いえ、明日も仕事なので。」
「この近くに夜でもパルフェを出すいいとこがあるんだよ。ご馳走するよ?」
ぴたりとリタの動きがとまった。
「パルフェ…?もしかして、最近流行の、細長いグラスにアイスやクリームや果物をこれでもかと詰めて、魅惑の甘いソースをかけたあの完璧なおやつのことを言ってますか?」
「そっ。今から行くとこは、プリンも乗ってるよん。」
リタは甲高い声でプリン…!と叫んだ。
「そんな夢のようなお店が近隣にあったとは。調査不足でした。ぜひ行きましょう。」
ガッとリュカの腕を掴むリタを、ミアが引き留めた。
「ちょっとリタさん。知らない人について言ったらだめだって教わらなかったんですか?そんなんじゃお持ち帰りされても…」
言いかけて、ミアはここで考えを改めた。
「いえ、一度くらいお持ち帰りされたほうがリタさんのためかもしれません。お兄さん。連れてっちゃってください。私は帰りますからね。」
「ひどい、ミアさん!」
ミアはリタの耳元で囁いた。
「なに言ってるんですか、いざとなったら自分の身は自分で守れるでしょう。砂漠で一緒に寝泊まりしたのに、何も起こらなかった無自覚なふたりにはこれくらいの刺激がないと。爆ぜろ爆ぜろぉ~!」
キャハハハ、と高らかに笑うミアを見て、リタは「そういえば酔っ払いだった」と思い出したのだった。
「じゃっ、話がまとまったところで行こっか。」
夜道に、リュカの薄紫色の目とレモンイエローの髪だけが、やけにあざやかに浮いていた。




