case4. BARサイハテ経営 サミュエル・エヴァンス 元Sランクパーティ・オールラウンダー 48歳(13)
「美味しい…。孤児院で食べるお肉はいつも薄くて、スープの中にちょっとだけしか入っていなかったんですけど、こんなに分厚く切って食べるものだったんですね。ライスも、バターの味がして色がついてるなんて。」
ニーナはステーキライスのおいしさに驚いて目を丸くしていた。食べなれていないので小さく切り分けてもらったステーキを一生懸命食べる姿に、サミュエル・エヴァンスは目を細めた。
「この料理はな、もともとお前さんの父親、ブルーノが考案したメニューだったんだよ。冒険者ってのはとにかく肉が好きで大食いで忙しない。そんな奴らを満足させるにはこれがいいってな。」
「お父さんが?」
「ああ。この店にはそういうブルーノのこだわりが詰まってるんだ。預かるには荷が重たくなるほどな。やっと返せるよ。嬢ちゃん、この店はお前さんのもんだ。好きにするといい。」
荷が重いといいながら、エヴァンスは少し寂しそうだった。カウンターの背後にずらりと並んだ酒瓶を眺めるまなざしには、この店への想いがこめられていた。
「あの~、そのことなんですけど。」
しんみりとした雰囲気のなか、リタの間の抜けた声が響いた。
「エヴァンスさんがニーナさんの後見人になるというのはどうですか?ニーナさんが嫌じゃなければの話ですけど、彼女が成人するまでこのお店の権利もエヴァンスさんが保持できるように手続きをすれば、一番丸く収まるかと思うのですが。」
「…俺に今さら子持ちになれと?」
「正式に養子縁組すればそうなりますね。ひとまずニーナさんが法的に成人と認められるまで6年。子どもといってもニーナさんは身の回りのことは一人でできますし、お留守番も上手に待っていられます。」
「犬や猫を飼うのとはワケが違うんだぞ。それにこの店の利益だって、俺が一人食べていくには十分だが、子供をそれなりに養うとなるととても…。」
ひとまず拒絶をしないエヴァンスをみて、リタはニーナの顔を覗き込んだ。
「ニーナさんはどうですか?裕福な家に養子や下働きとして入ることも可能ですが。」
その提案に、一人黙々と食べていたライオネルが口を開いた。
「だったら俺の実家を当たってみよう。長く働ける使用人が欲しいと言っていたからな。若すぎる分には問題ないだろう。」
「クレイグ公爵家に口利きしていただけるなら安心ですね。」
ニーナは手にしていたナイフとフォークを置くと、カウンターの上でぎゅっと手を組んだ。
「私は…どこにいっても厄介もので、ずっと居場所がなくて。お父さんのお店と言っても今は別の人がやっていて。勢いで王都にきたけど迷惑だし…。」
「ニーナさんはまだ子供なんです、遠慮しなくていいんですよ。まずは自分がどうしたいのか言ってみましょう?それが迷惑になるかは、あなたが判断することではありません。言うだけならただですよ。」
ニーナは小さな声で「ここに…いたいです。」と呟いた。
「ここがいいんですね。」
「でも、お金がないってエヴァンスさんが。」
「あ、いや。お前さんがここにいたいんならそうするべきだ。狭くても良けりゃ、俺の家に一部屋物置にしてる部屋があるからそこを使えばいい。金はまあ、なんとかするさ。」
なんだかんだと、ニーナを引き取る気でいたのだろう。そんなエヴァンスを見て、リタは布かけ鞄の中からパンフレットを取り出した。
「さぁ!そこで私の出番というわけです。エヴァンスさん、兼業という形で冒険者復帰はいかがですか?」
「兼業だと?お前、冒険者が片手間にやれるもんじゃないってギルド職員なら分かってるだろう?あんたもそう思うよな?」
いきなり話を振られたライオネルは「人によるかと。」とだけ答えた。
「時代は冒険者ファーストですよ、エヴァンスさん。育児や介護など家族のケアが必要な方には、基本的に日帰りの依頼しか通しません。これは私が絶対に保障します。エヴァンスさんはかなりの実績がおありですから、そうですね、月に2,3度ほど依頼を受けて頂ければニーナさんを学校に通わせることも可能かと。そのほかの日はBARサイハテを営業すれば、良いとこ取りだと思いませんか?」
「そううまくいくか?第一、日帰りったって丸一日不在にするわけだろう。月に数度とはいえ慣れない暮らしの王都でニーナを一人にしておくわけには…。」
リタはその言葉を待ってましたとばかりに、ずいずいっとパンフレットを開いて見せた。
「小さなお子さんはクエスト受注中にギルド内で託児しているのですが、学童期のお子さんには学校が終わってから保護者の方が仕事を終えるまでの時間でのお預かりが可能です。それなら、お家に一人でお留守番ということにはなりませんし、必要であれば託児所で夕食もお出しします。あとは、もし不慮の事故などでどうしても日帰りが出来なくなった場合。こちらは別途有料になりますが、お泊りでのお預かりも可能です。どうでしょう、うちのギルドはなかなか手厚いと思いませんか?」
すらすらと語るリタに圧倒されていたエヴァンスだが、復帰の後押しには十分だったのだろう。
「俺が冒険者をしていた頃とはずいぶん勝手が違うんだな。」
「もちろん、バリバリ稼ぎたい、名をあげたいという方には長期のお仕事を振っていますよ。こちらのライオネル様もS級冒険者として馬車馬のように働いてもらってます。」
「…おい、ほかに言い方はないのか?」
むっとしたライオネルに、リタは「すみません。ちょっと思いつかないですね。」と軽く謝った。
「でも、ライオネル様が冒険者を辞めてしまうとこの国の平和にかなりの影響が出ますので、どうか末永く冒険者を続けていただきたいです。我々ギルドは本当にライオネル様のことを頼りにしていますので。」
「パルマ嬢はどうなんだ?」
「へっ?」
「パルマ嬢にとって、俺は頼りになっているのだろうか。」
ひどく真面目な顔でそう尋ねるライオネルに、エヴァンスがおっ、という顔をして注目した。リタは何を今さら、と笑った。
「当たり前じゃないですか。」
S級冒険者が頼りにならないわけがないのに。
リタは質問の本意を完全に読みたがえていたのだけれど、目の前のステーキライスが温かいうちに完食したいことで頭がいっぱいだった。
ライオネルの耳が赤くなっていることに気付いたのは、悲しいかなエヴァンスだけだった。
「なぁニーナ。俺は死ぬまで独り身を決めてるもんでな。お前さんの親になるつもりはない。だけどブルーノから預かった大切な存在として、成人するまではきっちり面倒を見る。うるさいことを言うかもしれない。贅沢はさせてやれんかもしれない。それでもいいか?」
ニーナはカウンターで腕組みをするエヴァンスをじっと見あげた。
「はい。よろしくお願いします。あの…もしできれば、時々でいいのでお父さんの話を聞かせてもらえますか?」
「ああ。おっさんの思い出話でよけりゃあ幾らでも聞かせるよ。」
元Sランクパーティ所属、オールラウンダーとして活躍した往年の名冒険者が復職したというニュースはその週のうちにほとんどすべての冒険者たちに知れ渡った。
しかし、それ以上に冒険者界隈をざわつかせ、あわや炎上騒動にまでなりかけたニュースがあった。
独身貴族を貫いていたはずのサミュエル・エヴァンス。
渋みの走ったいい男が、すべての女性冒険者に憧れを抱かせたイケオジ冒険者が、実は子持ちだったということだ。
託児所を利用している姿を見たものから、噂は尾ひれをつけて一気に拡散された。
BARサイハテにはしばらく女性客が押しかけ、エヴァンスの作る絶品ガトー・ショコラが定番メニュー入りしたのは、言うまでもない。




