case4. BARサイハテ経営 サミュエル・エヴァンス 元Sランクパーティ・オールラウンダー 48歳(11)
「殺ったか?」
自由の効く左手で肩の傷口を押さえながら、ライオネルは砂漠の戦闘狂が果てた姿を確認した。
「すまない。油断してこのザマだ。」
「そんなことないです。私がー」
私が剣を抜いていれば。
そう伝えようとしたリタの背中をポンと撫でた。
「問題ないと言っただろう。毒には多少耐性がある。歩いて移動するだけならなんとかなるが、護衛としての役目を果たせない。すまないがある程度麻痺が消えるまでここで少し休息をとらせてもらっても良いだろうか。」
そう言うものの、ライオネルの呼吸はかなり浅い。おそらく相当苦しいのだろう。リタはごめんなさいと言いながら首を横に振り続けた。
こういう時、カリムなら適切な処置をしてくれたのだろう。けれど優秀なガイドはもういない。
リタは亜空間収納ポーチから止血のためにタオルを取り出してライオネルの傷口にそっと当てる。それからべそをかきながら小さなガラス瓶を取り出した。
「これ、効くといいんですけど…。」
ボトルに貼られたラベルを見て、ライオネルがぎょっとした。
「ちょっと待て、なんだそれは。」
「安心してください、ただのポーションです。」
「そうじゃない。俺たちSランクの冒険者ですら滅多に見ることのない特級ポーション甘露を、なぜパルマ嬢が持っているんだ?」
「頂き物ですが正規ルートで入手したんです。どうぞ安心して使ってください。」
「待て、おいっ!」
ライオネルが止める間もなく、リタはポーションを傷口にふりかけた。甘い香りのする蒸気がぶわっとあがり、傷は一瞬で完全に消えた。
臨終の近い重傷者ですら完璧に回復させるという幻のポーション。それをこんな怪我で使用するとは。ライオネルは頭を抱えた。
「どうですか?」
「ああ、毒にも恐ろしいほど有効だな。ありがとう。」
「良かった…。」
「貴重なポーションを開封してくれたことには感謝するが、こんなもの一体誰からもらい受けたんだ?」
なぜライオネルが自分を責めるのか、リタは皆目見当もつかないまま素直に答えた。
「ジーク・マンハイム様です。」
「おい…何をどうしたら錬金術師協会長から、甘露をもらい受けることになるんだ?冒険者ギルドにとっては頭があがらない協会のトップなんて、雲の上の存在だろう。」
「ジーク様とはランチ友達なんですよ。私が絶対割り勘にするのが気に食わないみたいで、だったらこれで帳消しだとかなんとかいってくれました。あと11本残ってるのでどうぞご遠慮なく。」
「じゅ…」
1本で王都に小さな屋敷が買えるほど高価なものを、あと11本。
ライオネルはリタの両肩をがしっと掴んだ。
「いいか。甘露をもらったことも、所持していることも絶対に口外するな。気軽に使うな。貴重なものを持っていることを自覚しろ。分かったか?」
「まぁ、ライオネル様がそう言うなら。」
「…パルマ嬢といると、ギルド職員とは一体何なのだろうと思えてくるな。」
ライオネルの深いため息に、リタは怪訝な顔をして首を傾げるだけだった。
さっきまであれほど緊迫していたのに、あっという間にいつものリタに戻ってライオネルは少し安心した。
リタははスコーピオン・グランデのしっぽを切り落とすと亜空間収納ポーチにしまい込んだ。
「直でしまうのか…?」
「はい、しっぽに体液はないのでまぁ、大丈夫でしょう。」
毒サソリの尾は、この辺りでは強い蒸留酒に薬草と一緒に付け込んで傷薬になる貴重な原料だ。砂漠の民へ、ジャルジールの地下神殿を塞いでしまったことへの詫びになればいいが、とリタは思った。
集落に戻ったのはすっかり日が暮れた頃だった。総長はリタの報告を聞きながら長いあごひげを撫でた。
「地下神殿が埋まったか。入れば生きて帰れないと言われきた場所じゃ。それがジャルジール族の末裔の意志であるならば、我々に言うべきことはなにもない。それに、これ以上若いもんが度胸試しで命を落とす事もあるまい。」
「この度は、冒険者の探索を許可してくださりありがとうございました。私たちは明日、日が昇りしだいここを発ちます。」
「礼を述べるのはこちらのほうじゃ。スコーピオン・グランデを狩る手立てが儂らにはなくてのう。これだけ大きな尾があればあらゆる怪我と毒物に対処できる薬が作れる。謝礼といってはなんじゃが、干したルタブの実を持っていくと良い。それからアリアの遺した娘の引き取り手がなければ連れてくるといい。ここで責任を持って面倒を見よう。」
「ありがとうございます。」
翌日、二人は迎えにきたガイドとともに砂漠を抜け、スークの街へ戻ってきた。
その足ですぐにスーク北孤児院へと向かった。
古いがよく手入れされた孤児院に、ニーナはいた。
10歳の少女は、突然自分を訪ねてきたよそ者に警戒していたが、母親の出自を話すとすぐに首からペンダントを取り出した。
「私、母さんのことはあんまり覚えていないです。体が弱くていつもベッドにいて。すぐにお父さんが迎えにきてくれるはずだからって言われてたのに、誰もこなくて。お父さんは私のことが嫌いだから、迎えに来なかったんだって、ずっとそう思ってきました。」
リタはしゃがみこんでニーナに目線を合わせると、静かに首を横に振った。
「あなたのお父様は誰からも好かれる立派な冒険者で、あなたのためになんでもしてあげたいと思っていましたよ。その結果、残念ながら命を落としてしまいましたが…。」
「なんにもいらないから、会いにきてくれるだけで良かったのに。」
ほろほろと、ニーナの大きな瞳から涙がこぼれた。
「うん、そうだよね。誰も会いに来てくれないって、寂しくて辛くて、ひもじいですよね。」
リタは遠い昔のことを思ってニーナの涙に心を寄せた。
「お姉さんも、誰も来てくれなかったの?」
「はい。だから私はとっととその場所を出て行き、美味しいものは自分で食べられるように頑張りました。」
ライオネルの何とも言えない視線は見なかったことにして、リタは話を続けた。
「ニーナさんにはいくつか選択肢があります。あなたのお父様、ブルーノさんが経営していたお店の権利を受け取って王都で暮らすこと。お母様の故郷であるジャルジール遺跡の砂漠の民のもとで暮らすこと。もちろん、ここに残ることもできます。」
突然こんな話をされて、今すぐ決めることは難しいだろう。リタはライオネルを先に帰してニーナの決断を待つつもりでいたが、意外なことに彼女はすぐに顔をあげた。
「私、王都に行ってみたいです。お母さんが砂漠に戻らず行った街。会ったことのないお父さんが作ったお店が見てみたいです。」
「もっとゆっくり決めてもいいんですよ?」
「いえ。すぐ決断するのがいい女だって、母さんが言ってました。」
「素敵なお母様ですね。それでは、ニーナさんさえ良ければこのまま王都に行きましょう。」
リタは院長と面談してニーナを引き取る手続きを取った。
いきなり来てすぐにつれて行くのは…と渋った院長も、冒険者ギルドの職員証を提示して、まとまった金額を寄付することであっさり承諾した。
「リタさん、ライオネルさん。よろしくお願いします。」
「ああ、二人とも責任もって護衛させてもらう。」
ライオネルがそう微笑み、3人は王都行きの長距離列車に乗り込んだ。
こうして、元冒険者を探すリタの短い旅は、彼の娘を連れて帰るということで幕を下ろしたのだった。




