case4. BARサイハテ経営 サミュエル・エヴァンス 元Sランクパーティ・オールラウンダー 48歳(9)
「その男はブルーノと名乗った。
僕は彼と、ガイドと客として会ったんだ。彼はライセンスを所持していたけど、今は冒険者として活動していないと言っていた。
そんな男が直接遺跡の深部に行きたいと言う。砂漠の民に知られてはいけない目的があったんだろうね。
僕は引き受けられないと断った。けど彼は必死だった。まとまったお金がいるので、どうか遺跡の奥のダンジョンまで案内してほしいって。
屈強な男の人がさ、綺麗な目をして泣きながら頼み込むんだよ。だからなにか事情があるのかと思って話を聞いたんだ。内容は、君たちの知る通りだよ。
財宝の一部を手に入れてそれを売れば、それなりの金額になるはずだ。そうしたらすべてうまくいく。彼はそう信じていた。
財宝なんてない。あったとしても過去のジャルジール民族以外には価値のないものなんだ。でも彼はそれを分かってくれなかった。」
リタは、悲しそうに俯いたカリムに聞いた。
「あなたはジャルジールの宝がある場所も、それが何なのかも把握していた。そして、ブルーノさんが絶対にそれを手に入れられないことも知っていた。」
カリムの沈黙を、リタは肯定と受け取った。
ライオネルがカリムに詰め寄った。
「危険だと知っていたならなぜ教えた?体を張ってでも止めるべきだったのに。」
「止められなかったんですよ。」
リタがカリムの代わりに答えた。
「おそらく彼はブルーノさんの腕すらつかめなかったでしょう」
「は?」
「あなたは少し長くこの世にとどまりすぎた、本当ばもっと早くにここを離れるつもりだったのでしょう?」
カリムは笑っていた。今にも泣きそうな顔をして。
「すごいなぁ。いつから気付いてたの。」
「ガイドの仕事をしていながら砂漠の民とコミュニュケーションを全くとらなかったですよね。彼らからも、あなたの話を聞いたことはありません。閉鎖的な集落に外部の者を連れてくるのは、信頼がなければできないことなのに…。
決定打は、この香炉。私が焚いた香は呪術師から貰いうけた少々特殊なものでして、この世に死者の魂を呼び寄せる装置の役割を果たすんです。」
信じられないという表情で自分を見つめるライオネルの視線を気にせず、リタはカリムから目を離さない。
「ああ。だから気付いたらここに来てたんだ。」
「ブルーノさんは、カリムさんがいなくてもおそらく目的地にたどり着いていたでしょう。彼の純粋な気持ちが遺跡に宿るなにかを動かしてしまった。本来ならたどり着けない場所へ、導かれてしまった。」
「それでも、僕が止めるべきだった。」
いいえ、とリタが反論しようとして、カリムはそれを右手で制止した。
「案内するよ。僕が止められなかった彼のところに。せめて誰かに、彼がここで眠っていることを伝えたいって。それだけが気がかりだったんだ。」
カリムは地下神殿の奥へと歩き始め、二人はその後に続いた。
「ここにはダンジョンがあるなんて信じられているけど、そんなものはないんだ。」
死者の言葉は、妙に説得力のあるものだった。
「でもね、そうやって否定すればするほど、そこには何か隠されてるはずだって、思ってしまうんだろうね。神殿には女神の崇拝者しか入れないようになっている。正しい礼拝の手順を知らない、信仰を持たないものが入ると、トラップが発動するんだ。それをダンジョンだと誰かが言い始めた。」
カリムはところどころ歩みを止めながら、片手で円を描いてから手を合わせ、左手で首に触れるという動作を繰り返した。
これが正しい進み方なのだろう。やがて奥で歩みをとめた。そこにはライオネルの身の丈2倍はありそうな女神の石像が置かれていた。周囲には、一人分ではない古い人骨が散らばっている。
女神像の右側には地底湖が広がり、水面に女神を映し出し、神秘的な雰囲気を作り出していた。
「こんなところに湖が…。」
水際に立ち尽くすライオネルの隣で、カリムが続けた。
「砂漠で一番価値のあるものはね。金でも宝石でも絹でもない。水なんだよ。」
「遺跡に隠された宝というのは、このことだったのですね。」
「そう。ここの水はオアシスとして地上に湧き出ているから、過去のジャルジール民族と同じくらい価値があるとは言えない。女神の石像と地底湖の存在は、砂漠の民の総長は把握しているんだ。知っているけど、手を出さない。そういう暗黙の了解が、疑惑を生んでしまった。」
女神像は何人の血を吸ってきたのだろう。聖母のように微笑みながら、その体は黒っぽく変色していた。
リタは石像の足元に鈍く光る懐中時計を見つけた。
そっと拾い上げて裏を見れば、そこにはBARサイハテと刻まれていた。




