case4. BARサイハテ経営 サミュエル・エヴァンス 元Sランクパーティ・オールラウンダー 48歳(7)
「さて、行方不明になった冒険者とその女を探していると聞いたが。」
静かになった応接スペースで、総長は声を低くした。こんな場所まで人探しにくるなんて、そんな者はこれまでいなかったのだろう。リタはこれまでの経緯をゆっくりと話した。
「つまり、ここを出て行った女の恋人が行方知れずか。残念ながらわしの記憶には残っておらんなぁ。お前たちはどうだ?」
護衛も兼ねているらしき二人の若者は、総長に問われても首を横に振るだけだった。
「この頃は研究者とやらもそうこなくなってなぁ。ここ数年の客人は数えるほどじゃ。ここを出て行ったという娘のことはよく覚えている。アリアといってな、あれの父親は実に商才があったよ。街へ出て砂の星を一番高く売ってきたもんじゃ。うまく出稼ぎの仕事にありつけない同胞にも仕事を紹介してやってなぁ。惜しい男を亡くしたよ。」
「亡くなったのですね。」
「ああ、肺を病んでな。砂漠で生まれ育ったのに、最期はごぼごぼと濁った水の音をさせながら溺れるように息を引き取った。アリアが十五の頃じゃったな。」
おそらくブルーノの元恋人も、父親と同じ病だったのだろう。だからこそ、先は長くないと確信して二度と会うつもりのなかったブルーノに連絡をとったのだ。
「とは言うても年寄りの記憶なんてあてにならんじゃろう。集落を訪れたものの記録が残っておるから、それをあらためるといい。護身具や武器の類を預けてもらえれば、自由に歩き回ってもらってかまわん。」
面会は終わりのようだった。総長はゆっくりと立ち上がると部屋を出ていこうとした。
「アリアが出ていったのは、父親を亡くした3年後でな。我々は集落を出て行ったものは追わない。それまでの縁だったということじゃ。てっきりどこかで元気に生きとるものだと思っておったが…長生きするもんじゃないのう。」
その横顔には、深い苦労が刻まれているようだった。きっと自分より若い人間を、数多く失ってきたのだろう。リタは総長に深く頭を下げた。
「武器も持たずに砂漠の集落を歩けだなんて、ありえないだろう。」
どこにいくにも帯剣していたライオネルはそう憤慨していたが、リタはそれを「まぁまぁ」となだめた。
「護衛が必要なら集落の人間をつけるということですし、私たちに後ろめたいことは何もないですからね。それに、ライオネル様ならサンドワーム相手でも素手で勝てますよ、多分。」
「そんなわけないだろう。」
「いけますって。ま、せっかくきたのでひとまず集落を歩いてみましょう。」
二人はそんなやり取りをかわしながら中心地へ歩いていった。
小さなオアシスには井戸がひかれ、いくつかの野菜や果樹が植えられていた。ぐるりと日干しレンガの家や遺跡に囲まれているので、外から見ると、ここにオアシスがあるとは分からない。砂漠の中に浮かぶ、美しい景色だった。
「美しいな…。本の挿絵で見るのとは大違いだ。」
国内外のあちこちにその名をとどろかせ、数多のダンジョン攻略に貢献し、数えきれないほどの魔獣を倒してきた冒険者は、一人の青年になってオアシスの美しさに打ち震えていた。
リタはその様子を見て口元をゆるめると、オアシスのほとりに座って地図を広げた。
オアシスを挟んで、集落の入り口とは反対の方向へ進んでいくとやがて遺跡は最深部に到達する。
最深部はダンジョンになっていおり、ジャルジールの民が残した財宝が隠されており、地下通路で隣国へつながっているという言い伝えが残っている。
前回リタがファルコン・ドールの一員としてここで護衛にあたった時も、この財宝伝説の真偽を調査するため研究者たちが最深部へ入ろうとした。しかし、あまりに危険すぎるので2度の調査は中断した。
もし財宝があったとしても、ジャルジールが滅びた今となっては価値のないものの可能性が高い、という結論を残して。それでも隠し財宝の話に魅せられるものは多い。
リタは地図を凝視しながら考える。ブルーノは2年前、この遺跡を訪れるためにライセンス提示して砂漠入りしている。
その記録は残っているが、砂漠の民の集落に入った記録は残っていなかった。つまり、この広い砂漠のどこかで消えたのだ。
彼は何か目的があって遺跡の最深部、ダンジョンへ行こうとしたのではないか。
総長は武装しなければ集落を自由に歩き回って良いと言った。裏を返せば、遺跡のダンジョンで命を落としても自己責任だということだ。集落へ立ち入らず、遺跡のダンジョンを訪れる者についてはそれほど厳しくとりしまっていないとなると…。
翌日、リタは一人で総長のもとを訪れた。遺跡のダンジョンへ入る許可を得るために。
「以前あった時は子どもみたいな顔をして、腕は確かな冒険者だというから感心したもんじゃ。それが今は護衛をつけて冒険者ギルドの職員としてきたのだから、訳ありだろうとは思ったが。」
「申し訳ありません。引き続き私が冒険者だったことは彼には黙っておいていただけると助かります。」
「バレるのも時間の問題じゃろう…。しかしまあ、手土産に免じて何も知らぬふりをしておこう。」
「ありがとうございます。」
「で、遺跡の深部へ潜るというのか。」
「はい。おそらくブルーノさん。元冒険者はダンジョンに入った可能性が高いと思っています。生死だけでも確認できればと。」
「興味本位や欲に目がくらんであそこに入ったのは何もよそ者だけじゃない。集落の働き手もだいぶ命を落とした。あんたには生きていて欲しいと思うがね。」
「もちろんそのつもりです。ただ、万が一戻らなかった場合は帰りのガイドにそう伝えていただけますか?」
「年寄りに酷な頼み事をする。」
「大丈夫です。超優秀な護衛がついていますから。」
「だといいがな。預かった武器を持ってこさせよう。リタと言ったな。必ず、戻るように。」
リタは黙って頷くとライオネルのもとへ戻った。
あれほど禁止だと言われていたのに、なぜ今日は帯剣が許されるのか。戸惑いながら装備を身に着けるライオネルにリタは遺跡ダンジョンへ向かう旨を説明した。
「ジャルジール遺跡の奥にダンジョンが…?」
「はい。公には明かされていないので知っている人は少ないですけどね。攻略が目的ではないので、今回は二人で潜ります。あくまでもブルーノさんの消息をつかむことが最優先でお願いいたします。」
「分かった。」
二人はオアシスをぐるりと半周し、そこから岩山の隙間へと続く小道へと入っていった。




