case4. BARサイハテ経営 サミュエル・エヴァンス 元Sランクパーティ・オールラウンダー 48歳(5)
とはいってもどうせ来れないのでしょう?
という気持ちで、リタはスークの駅でライオネルを待っていた。
しかし、ライオネル・クレイグは時間通りの列車で姿を現した。
「すまない。待たせてしまったな。」
「いえ。列車は遅れていませんからお気になさらず。」
ライオネルがこんな辺境まで他の依頼を退けてまで来たのは、おそらく黒煙への執着からだろう。借りを作ってしまったようで、リタは少し気が重かった。
二人はそのまま馬車を手配すると、ジャルジール遺跡へと直行した。
「こんなところまで付き合わせてしまってすみません。」
リタが頭を下げると、窓の外をみていたライオネルはをかすかに口角をあげた。
「いや。ここには一度来たいと思っていたんだ。子どものころは歴史の本が好きで、ジャルジールは小さいながらも紹介されていたからな。冒険者にならなければ、歴史学者になっていたかもしれないな。だから、逆にありがたい申し出だった。」
珍しく饒舌に語るライオネルは、本当に歴史好きの子どもだったのだろう。辺境の古く小さなが紹介されるような高価な本がある家と、それを子どもながらに楽しめる教養。いかにも育ちの良さを感じさせるエピソードだった。
なんにせよ、そういう理由なら良かった、とリタは素直に思う。
「パルマ嬢は?どんな子どもだったんだ?昔から食べることが好きだったんだろうな。」
上機嫌なライオネルの問いかけに、リタは少しの間言葉をつまらせた。
「いえ…子どもの頃はすごく厳しくて。いつもいつもお腹が空いていました。ひもじくて、服も布団もペラペラで。冬は寒くて眠れなくて。誰にも邪魔されずにお腹いっぱい食べるのが夢でした。」
ふと、馬車の窓に、古い木枠の窓が重なった。たてつけが悪くいつもガタピシなっていて、冬になるとすきま風が容赦なく吹き込む部屋。
修道院併設の寄宿舎はどこもボロくて、骨董品のようなシスターたちが怖い顔で見回りにきては痩せた背中を長い定規でぶつのだった。
あの頃に比べたら、今はなんて天国なのだろう。身元も保証され、安定した仕事につけて本当に良かったとリタは微笑んだが、ライオネルの表情は曇っていた。
「すまない。辛いことを思い出させてしまったようだな。」
「いえ。今は好きなものをお腹いっぱい食べられて、あったかいお布団で眠れるので大丈夫です。」
「そうか…。」
微妙な空気のまま、馬車はスークの街を抜けてジャルジール遺跡群の入り口へとやってきた。遺跡が点在する砂漠の周りにはぐるりと結界が貼ってあってあり、国からの許可を得た研究者か、ハイライセンスを持っている冒険者しか入ることができない。そして現地のガイドを同行させるという徹底ぶりだった。
ライオネルは先にライセンス確認をすませると、護衛として現地ガイドと打合せに入った。リタが監視局の男に冒険者ギルドからの推薦書を見せると、彼は首を横に振った。
「これ、遺跡の中まで入れない。」
片言の言葉で、男は推薦書をリタに返した。
「でも。冒険者が同行していれば入れると。」
食い下がっても、結果は同じだった。
「ダメ。あなた、遺跡は入れない。」
リタは少し離れたところでガイドと話し込んでいるライオネルを見た。ここまで来たのだ。自分だけは入れませんでした、なんていうわけにはいかない。
ため息をついて推薦書の代りに自分の冒険者ライセンスをそっと提示した。
「これで入れますか?」
監視局の男はまさかリタもSランク冒険者だと思いもしなかったのだろう。ライセンスとリタを見比べる男に、金貨を握らせた。
「私が冒険者なのは秘密です。いいですか?これで入れますよね?」
推薦書を目の前に突き出されて、男はにっこりと頷いた。
「揉めているようだったが、何か問題でも?」
「いえ、推薦書を細かく確認されただけで、大丈夫でした。」
「そうか。」
ライオネルは特に気にしていない様子だったが、隣にいたガイドの男はやりとりを見ていたのだろう。意味深にリタに笑いかけた。
荷物を載せたラクダを引き連れた若いガイドに、リタは見覚えがあった。
数年前、ファルコン・ドールとしてジャルジール遺跡に入った時にいたガイドの男だ。品の良い物腰と青い髪が特徴的だったからよく覚えている。
砂漠の民とは違う民族の出身で、流れてこの街にやって来たと言っていた。彼が自分のことを覚えているのは明らかだった。リタは男に手を差しだした。
「初めまして。冒険者ギルド職員の、リタ・パルマです。」
その発言の意味を、うまく汲みとってくれたのだろう。
男はリタの手を強く握り返した。
「初めまして。ガイドのカリムです。よろしくお願いいたします。」
監視員の男は街へ帰っていき、3人は岩山に沿って砂漠を歩き始めた。遺跡があるのは砂漠の奥の方で、ここから先は岩と砂だけの世界が続く。
「ライオネル様、よかったらこれを頭に巻いておくといいですよ。こう、口元まで覆うんです。」
リタはそう言ってリネンでできたターバンを渡した。日に焼けて肌がボロボロになってしまえば、彼のファンから何を言われるか分からないというだけの理由だったが。
「ずいぶん慣れているんだな。」
ライオネルが感心する通り、リタはいつもと違うゆったりした服装にサンダルを履いていた。リネンでできたターバンで頭を首を保護し、口もとまでしっかり覆っている姿は、砂漠の旅に慣れた人間そのものだった。
「砂漠の歩き方っていう本を熟読したので。」
リタはそう言って亜空間ポーチからガイドブックを取り出した。
「これさえ読んでいれば完璧です。」
「そうか。」
「それ、持ってくる方けっこういるんですよ。」
ガイドのカリムがそう言って笑った。
そんなはずはない、とリタは愛想笑いで答えた。
この本は、前ギルドマスターが引退後趣味で作った私家版だ。市場に流通しているはずはないのだ。
この人、やりにくい…。カリムのいらぬ気遣いに、リタは小さくため息をついた。




