case4. BARサイハテ経営 サミュエル・エヴァンス 元Sランクパーティ・オールラウンダー 48歳(4)
3日後、リタはグシュト地方の北西部に位置するスークという街にやってきた。
ここより北には砂漠が広がり、ジャルジール遺跡への玄関口となっている街だった。今回はあくまでも冒険者ギルド職員としての出張だ。ギルド長の推薦書と高い実績のある冒険者の同行が必要なため、リタはスークの街でライオネル・クレイグを待たなければならなかった。
売れっ子なだけあって、ジャルジールまで来てくれだなんてどうせ無理だろうとタカをくくっていたリタだったが、ライオネルはあっさり承諾して現地で落ち合うことになった。明日合流するまで、リタは一人でスークを歩きまわって聞き込みをすることにした。
サミュエル・エヴァンスの話によると、砂漠の民たちはブルーノも娘も見ていないという。砂漠を離れた人間には一切の執着も同情も見せない民族だ。嘘はついていないだろうとリタは考えていた。
私生児を産み、郷里にも戻れず、女手一つでしなければならない子育て。もし彼女にパートナーがいれば、病で余命僅かになったとしてもブルーノに便りを出さなかったはず。となると、ブルーノの元恋人はジャルジール遺跡から一番近いこの街で働いていた可能性が高い。多種多様な民族が出入りする街なら、多少の訳ありでも働き口はあっただろう。
リタは街にいる産婆を当たってみたが、8年も前に取り上げた赤ん坊を事細かに覚えている者はいなかった。
「ジャルジールの女だったら素性を隠していたって分かるもんだ。ジャルジールで生まれ育った人間は目をみりゃ分かる。砂漠の民で、ましてや身重の女となると、そうそうお目にかかれるもんじゃないよ。雨に焦がれ続けた目をした女を最後に見たのは、あたしの旦那がまだ生きていた頃だからね。10年以上も昔になるよ。あんたの探している女とは別人だろう。」
細い巻き煙草を吸いながら、産婆はそっけなくそう答えた。街に何人かいる産婆にあたってみたが、有力な情報は得られなかった。引退してどこかへ移り住んだり、高齢で亡くなった産婆もいる。もしかしたら闇医者を使って出産したのかもしれないし、出産だけはジャルジールでしたのかもしれない。期待はしていなかったが、消息の一つでもつかめればマシなのかもしれない。
昼もとうに過ぎたころ、リタは産婆にすすめられた食堂に入った。若い女性がやっている小さな店で、店内には彼女が作ったという刺繍作品も売られていた。
リタは豆と野菜、それから羊の肉を煮込んだとろみのあるスープに、この地方特有の平たく白いパンを注文した。
かまどではなく、鉄板に生地を伸ばして焼いているのだろう。少し焦げ目のついた素朴なパンをむしっては、スープに浸して食べる。ごろっとした具をパンにのせるのも美味しい。
スープの滋味深さとあまりの空腹により、リタは失策をおかしてしまった。ペース配分を間違えてしまい、まだまだスープがあるというのにパンを食べきってしまったのだ。
「しまった…。」
さっきまで至福の中にいたはずなのに。リタが絶望の表情でそう呟くと、カウンターの中から女性店主が遠慮がちに声をかけてきた。
「あの、良かったらパンのおかわりもありますが…。」
「ぜひ、お願いします!」
リタはうなだれていた顔をあげると、今度こそ完璧なペース配分でスープを食べ終えた。
食後の紅茶を飲んでほっと一息つきながら、リタはサミュエル・エヴァンスから聞いた話を思い出し、頭の中で整理した。
元冒険者ブルーノは、6年前に別れた恋人から、実はあなたの子どもを出産していたが、自分は病で先が長くないので娘の今後を頼みたい、と連絡がきた。
ブルーノはすぐにジャルジールの遺跡へ向かい、それきり音信不通になった。
ブルーノが元恋人とその娘に会えたかどうかは分からない。
エヴァンスは失踪した友人を探しにジャルジールを訪れたが、砂漠の民はブルーノに会っていないし知らないという。
砂漠の民はおそらく嘘をついていない。子どもの消息も不明である。
「これじゃまるで探偵業だ…。」
不確かな情報で、ギルドやライオネルまで巻き込んでどうしてここまでやって来たのだろう。リタは我ながら呆れたが、どうしても何かがひっかかっていた。
ブルーノはどの時点で失踪したのだろう。何かがこの街に残されている気がして、リタはお茶をぐっと飲みほした。
「この街へは観光ですか?」
ふと、頭上から声がして見上げると、いつの間にか食器をさげにきた女性店主が目の前に立っていた。
「いえ。ちょっと人探しに。ブルーノという元冒険者の人が、2年前にこの街で別れた元恋人を訪れているはずなんです。彼女と、そのお子さんに会いに行くと出たきり消息不明で、どう探していいのやら…。」
「それは大変ですね…。ここは訳ありの流れ者が多いですから、まだこの街で暮らしていて無事見つかると良いのですが…。」
「そうですね。せめてお子さんだけでも元気に育っている姿が確認できればと思うのですが。」
リタの話に同情したのだろう。彼女は会計の際、クッキーの包みを持たせてくれた。
「良かったら持って行ってください。私にはなにもできませんが、その子が無事に見つかることを祈っています。」
「ありがとうございます。ご飯、美味しかったのでまた来ますね。」
リタはその日の夜まで聞き込みを続けたが、結局表立った収穫はゼロだった。




