case4. BARサイハテ経営 サミュエル・エヴァンス 元Sランクパーティ・オールラウンダー 48歳(2)
ライオネルとの会食以来、リタ・パルマはBARサイハテを三度訪れていた。
バーなのに酒類は一切頼まない。ふらりと入ってきては、必ずステーキライスを注文する。そして毎回初めて食べたような表情で美味しそうに食べる。この店は当たりだ、とリタは思った。
何しろ職場であるギルド中央本部から歩いて15分の距離にあって、まだ飲み足りないと流れてくる騒がしい輩を受け容れる店構えと価格帯でもない。
頼んだものが出てくるのも早いし、単価が高いぶん肉の品質は保証されて、本当にこの店に来たい客しかこない。
つまり、いつ食べても美味しいし満席で入れないという心配がない。というわけで目下リタにとって一番のお気に入りの店だった。
毎回あまりの美味しさについ本来の用件を忘れて帰ってしまうのだが、今夜こそ冒険者への復職について切り出さなければいけない。
一度は冒険者を引退してひっそり別の仕事をしている店主にとっては、あまり面白い話ではないだろう。時間的に、今夜はもう他の客が入ってくることはなさそうだ。
話を切り出すのはもう少しお腹を満たしてからにしよう、とリタが思案していると、店主の方から声をかけてきた。いつもの柔和な店主の顔は影をひそめていた。
「嬢ちゃん、何が目的でこの店にきてる?俺に何か話があるんだろう?」
突然そう言われても、リタはあまりに一生懸命悩んでいたので、つい本筋をそらしてしまった。
「あの…デザートとかってあったりしますか?」
「はぁ?」
「…あ、いえ。メニューになければないですよね。」
うっかり出してしまった本音に慌てたリタだが、店主はしばらく黙ってから
「ガトーショコラで良ければ、ある。」と答えた。
「あるんだ…。」
自分で聞いたくせに、本当にデザートが存在したことに驚く姿に、悪意はないと見なされたのだろう。さらに「アイスは乗せるのか?」と追い打ちがかけられた。
「そんな罪深い仕打ちが許されるんですか…?ぜひ、お願いします。」
店主は白い角皿に、少し大きめにカットしたガトーショコラを乗せてアイスクリームを添えてくれた。
「ダークカラーの三角形に、アイスクリームの真っ白な球体。なんて完璧で幸せな錬成陣…。」
いただきます、とまずはフォークでガトーショコラを小さく切って口にいれると、リタはため息をついた。
「美味しい。本当に美味しいです。これはどこのお店のものなんですか?」
「ここで俺が焼いてるよ。まかないってほどじゃないが、仕事あけにやたら甘いもんが食べたくなることがあってな。他人様に出すのは初めてだが、それだけ喜んでもらえるなら手間をかけて作った甲斐があったよ。」
「手作り?」
この時点でリタは復職支援の持ちかけなどきれいさっぱり忘れてガトーショコラを賛辞し続けた。
「はっ、いけない。あまりのおいしさにすっかり本題を忘れていました。」
リタは溶けたアイスを残り一切れのガトーショコラにからめて名残惜しそうに口にいれたあとで、ようやく本来の仕事を思い出した。
店主はリタを客として扱うことをやめたのだろう。カウンターから出ると、店の入り口を照らしていた外灯を消し、エプロンを外してリタの隣に腰掛けた。
「それで、何が目的だ?俺が元冒険者だと知ってここに来ただろう?」
リタは鞄の中からギルド職員証と自作のチラシを取り出してカウンターに並べた。
「嬢ちゃん、冒険者ギルドの職員だったのか?」
「はい。改めましてサミュエル・エヴァンスさん。私、冒険者ギルド中央本部、復職支援担当のリタ・パルマと申します。本日は冒険者への復職をご検討いただけないかと思ってうかがいました。」
呪われた魔獣にしか見えない犬のイラストを眺めながら眉間に皺を寄せるエヴァンスに、リタはさらに続けた。
「エヴァンスさんのようにライセンスを持っていながら現在は別のお仕事をされている潜在冒険者の方に、復職の意志がないかお話だけでも伺わせてもらっています。」
「そういうことか。俺はてっきり非公式に冒険者の仕事の依頼に来たのかと思ってたよ。」
「もしそうだったら、私はエヴァンスさんにどんな依頼をしたと思いますか?」
リタの問いに、エヴァンスはしばらく考えた。
「最初に来た時一緒にいた男。アイツも冒険者だろう。おおかたそいつの手助けをしてやってくれ、ってとこか?」
「そんなお願いするほどライオネル様と親しいわけではないので。」
「そうなのか?まぁ、ジジイが若い人間にあれこれ口出しするのも野暮ってもんか。」
気付けばエヴァンスの口調は砕けていた。リタはそれを、心を開いてくれたのだと前向きにとらえた。
「エヴァンスさんはジジイなんかじゃありませんよ。まだまだ冒険者として活躍していただきたい方です。」
まっすぐ。そう信じて疑わないリタの瞳は、バーの店主にため息をつかせた。
「こんな場末の店に通ってくれてありがたいことだが、悪いな嬢ちゃん。冒険者に復帰するつもりはないんだ。」
「…理由をお伺いしても?」
エヴァンスはショットグラスに蒸留酒を注ぐと静かにグラスを飲み干した。立ち入った話をしてくれるということなのだろう。
「この店は、もともと俺の古い友人ブルーノがやってたんだ。そいつも元冒険者でな。見た目は元気なんだが、流行り病で内臓悪くしてから冒険者稼業から足を洗ってこのサイハテをオープンした。あいつの人柄だろうな。今と違って賑わってたよ。俺も常連の一人だった。
…ちょうど2年前の今の時期に、大事な用ができたからしばらく店を閉めるっていってな。ちょっと遠くに行くから、ひと月留守にするようだったら時々でいいから店を開けてくれないかと頼まれた。そうはいっても、どうせすぐに帰ってくるだろうと思ってたんだよ。だから俺は二つ返事でブルーノを送り出した。」
ほんの少しの間留守を預かったはずのサミュエルは、空になったショットグラスに無言で酒を注ぎ足した。
「一月たっても半年たっても、ブルーノは戻って来なかった。便りのひとつもないまま、消えちまった。それでも、いつかふらりと戻ってくる気がしてなぁ。どんなダンジョンに潜るより、サイハテの灯りを絶やさないほうが大事な仕事だと思ってここにいるってわけだ。」
「なるほど。ちなみにブルーノさんはどちらに行かれたんですか?」
「グシュトの北にある砂漠地帯だ。」
「ジャルジールの遺跡がある場所ですね。それは厄介な場所に。」
リタは知っている地名につい反応してしまった。ごく普通の冒険者ギルド職員が知っているような地名ではないと気付かずに。仮に冒険者から聞いて知っていたとしても、ジャルジール遺跡周辺が厄介だと認識していること自体不自然だという自覚がなかった。
「…リタ・パルマと言ったか。嬢ちゃん、あんた何者だ?なんでジャルジールなんて場所知ってんだ。」
サミュエル・エヴァンスは、もうバーの店主の顔をしていなかった。
今、リタの隣にいるのは完全にベテランS級冒険者の目をしている男だった。




