case4. BARサイハテ経営 サミュエル・エヴァンス 元Sランクパーティ・オールラウンダー 48歳(1)
報告書の作成があると言っていたので、しばらくかかるかと思っていたが、意外にもリタ・パルマはすぐに出てきた。というよりも、職員カウンター内から同僚にぐいぐいと押し出されてきた。
「ミアさん、押しの強い女の子は好きですが、これはちょっと強すぎませんか?」
「なに言ってるんですか。これほど適切な支援はないでしょう?ライオネル様、これお願いしますっ!今後ともどうか中央本部をご贔屓に!」」
ライオネルはミアと呼ばれている職員から鞄を押し付けられた。
「確かに預かった。」
鞄とリタ。両方の意味でライオネルはそう答えると、リタとともにギルドを後にした。
「鞄、自分で持つので返してください。」
「いや、店まで持とう。」
「…そんなことしていただかなくても、逃げませんよ。」
ため息とともにそう返すリタに、ライオネルは素直に鞄を返した。
今夜は有意義な話が聞けそうだと知らず知らずのうちに口角があがる。どんな高級な店に連れていかれてもかまわないと思っていたが、やってきたのは貧民街の近くだった。
あまり行儀のいい地域とはいえないが、冒険者用の宿も軒を連ねてそれなりににぎわっている通りだ。貴族階級のライオネルにはなじみのない地域だったが、この辺りの娼館や酒場は冒険者の間でもよく話題になっている。
「ライオネル様はお酒は強いですか?」
「自ら好んで飲む方ではないが、それなりに飲める方だとは思う。」
「それは良かった。では、お酒の方はおまかせしますね。」
リタはそう言うと、一軒のバーの前で足を止めた。
石造りの建物に小さな木のドア、それにひかえめにかけられた「BARサイハテ」という看板だけの地味な店構えだった。彼女はそんな敷居の高そうなバーに躊躇う様子もなく入っていった。
カウンターが6席だけの小さな店内にいる店主の顔を見て、ライオネルはリタがどうしてこの店を選んだのかようやく納得して席についた。
「いらっしゃいませ。」
そういってメニューカードを差し出した中年男性の顔を、ライオネルは良く知っていた。
白髪の混じった短い髪に、すらりとした長身。すっきりとした顔立ちには渋さとともに品の良い色気があり、黒いシャツに黒いトラウザーというシックな格好が似合う紳士。
数年前まで元Sランクパーティ・オロールでオールラウンダーとして活躍していた冒険者サミュエル・エヴァンスだった。
ライオネルも子供のころ彼らの活躍を耳にして憧れていたが、自分が冒険者になってしばらくするとパーティは解散。他の3人は今も別のパーティで活躍し、サミュエルは引退したと聞いていた。
まさかこんな近くで飲食業を営んでいたとは。
ライオネルの驚きをよそに、リタは涼しい顔で柑橘の果実水を注文した。ライオネルはそれに続いて蒸留酒をロックで頼むとひとまず乾杯した。
「次のスカウト先か?」
店主がバックヤードにさがったのを見計らって、ライオネルは左に座るリタの小さく尋ねた。
「まあそんなところですが今夜は完全に私用です。それで、話というのは?」
夜を楽しむにはまだ少し早い時間。店内には自分とリタしかいない。ライオネルは低い声でゆっくりと話しはじめた。
「ひと月前、アルプまで列車で一緒になっただろう。あの時パルマ嬢は誰か湖のケルピーを討伐してくれる冒険者はいないだろうかと俺に尋ねた。」
「そういえば、そんな話もしましたね。」
「俺はラムマイン辺境伯での依頼を終えて、帰り道だし例のケルピーを狩ってもいいかと思って寄ったんだ。しかし既に討伐が済んで湖は綺麗になっていた。聞けば中央本部からやってきたギルド職員が、知り合いの冒険者に頼んで討伐してくれたというじゃないか。」
リタはカウンターに視線を落としたままじっとライオネルの話を聞いていた。その様子に、クロだと確信した彼は先をつづけた。
「地元の冒険者が何年かかっても倒せなかった手ごわい水魔だ。それをソロ討伐できるほどの冒険者に、知り合い程度であの短期間にまかせられるか?そのギルド職員と冒険者は相当親しい仲のはずだ。…ケルピーをやったのは、黒煙だろう?」
その声はいつもと同じように落ち着き払っていたが、ライオネルの指先はかすかに震えていた。
ずっと会いたいと思っていた憧れの冒険者に接触するチャンスが回ってきたのだ。冒険者として同じ時期にデビューしたのに、結局彼の所属するファルコン・ドールの活躍を間近で見ることはできなかった。
いつか一緒に任務を請け負うことができたら。そう願いながらランクを上げていくうちに、気が付けばパーティは解散、黒煙は行方知れずになってしまった。
黙ったままのリタに、ライオネルはもう一押し声をかけた。
「恋人なのか?」
「へっ?」
さすがにこれには動揺したのだろう。リタはようやくライオネルの顔を見た。その表情には、困惑が浮かんでいた。あたりだ、と思った。
「恋人なんかじゃないですよ。」
「黒煙に依頼したことは否定しないんだな。」
「…それは。私だって、そういうつもりじゃなかったんですよ。やむにやまれず、深い事情があったというか。仕事をしていたらそういうことってあるじゃないですか。」
仕事中に、事実上引退しているS級冒険者にぱっとやってきてもらい、さくっと水魔を討伐してもらう。
そんな事はよくあるどころかほぼほぼないだろう、とライオネルは思ったが、話の腰を折っては知りたいことも聞けなくなるとぐっとこらえた。
そんな沈黙を同意と受け取ったのだろう。リタ・パルマはまだ黒煙の話を続けてくれるようだった。
「…ライオネル様はどうしてそんなに黒煙のことを知りたがるんですか?黒煙が表舞台に顔を出さないのは、探して欲しくないからだとは思わないのですか。」
「本当に探して欲しくないのなら、足を洗えばいい。現に冒険者として活躍しているのは、そういうことだろう。」
これにはリタも反論できないようだった。
「黒煙は、ギルドの指示に逆らえないんですよ。」
「どういうことだ?…まさか脅されているのか?」
「そういうわけじゃないんですけど。まあ、色々と事情がありまして。これ以上はギルド長に聞いてください。」
リタはそう言って果実水を煽ったが、ギルド長ヴェルトフに聞いたところで絶対に口を割らないだろう。それを知ってそんなことを言うのだ。
「一度でいい。会って話がしたいんだ。頼むパルマ嬢、いつか彼に会わせて欲しい。」
いつも冷静沈着なライオネルだが、この時ばかりは必死だった。
半分死んだのかもしれないと思っていた黒煙が生きて活躍している。ようやく見つけた希望の糸口を、手放すつもりはなかった。
そんな熱意に負けたのだろう。リタはため息をつくと
「ライオネル様がそう言っていたことは伝えておきますけど、本人が姿を現すかどうかはお約束できませんよ。」と答えた。
「かまわない。充分だ。」
ライオネルはふわりと笑った。もしここにいるのがリタ・パルマでなければ心を撃ち抜かれる者が続出していただろう。
そんな笑顔にカウンターの隅に控えていたマスターが静かにほほ笑んだ。
「さて、お話は終わったということで、ご飯を食べてもいいでしょうか?」
「ああ、なんでも頼んでくれ。といってもここではなんだろう。どこか食事ができる店へ移ろう。」
静かに話ができる店を選んでくれたことに感謝しながら、ライオネルが席を立とうとすると、リタに阻まれた。
「いえ、ここでいいんです。マスター、果実水のおかわりと、ステーキライスと骨付きソーセージをお願いします。」
マスターは先に果実水を提供すると、調理のために静かにバックヤードへ入っていった。
「本当にここで良かったのか?」
「はい。このお店、実はフードメニューが充実しているとひそかに評判らしいんです。特にステーキライスが絶品だとか。は~、楽しみです。」
満面の笑みでそう語るリタは、年相応の平凡なギルド職員という印象しかなかった。
ごく普通の、一介の女子職員が、どうして黒煙と繋がっているのだろうとライオネルは不思議で仕方なかった。考えられるのは兄弟か恋人という関係性だ。
本人は否定したが、もし恋仲にあるのなら、こんな店で自分と二人きりでいていいのだろうか。
そんな心配を一瞬だけしてみたが、リタ・パルマはほどなくしてカウンターに置かれたステーキライスに夢中だった。
鮮やかな黄色いバターライスの上に、上品に並べられた薄切りレアステーキの赤が美しく映えている。その上に惜しみなくトッピングされているのは、スライスしてカリカリに焼いたアリオだ。
アリオ特有のガツンと食欲をそそる香りは、ライオネルの鼻腔もくすぐった。なるほどフードが充実していると言われるだけのことはある。
さっきまでの話をすっかり忘れた様子で、リタは「なんて素敵なステーキ」などとはしゃいでから熱心に食前の祈りを捧げていた。
本当に食べることが好きなのだろう。リタはステーキライスを半分ほど平らげてから、勢いよく骨付きソーセージにかぶりついた。
「ふふっ。最っ高…」
思わずもれたその一言に、作ったマスターの目じりも心なしか下がっている。
「私も同じものをいただこう。」
野営が護衛などの任務時を除き、平時は夜に食事をする習慣がなかったライオネルだが、今夜はリタにつられてステーキライスを心ゆくまで楽しむのだった。
アリオ=(伊)ニンニク です




