case3 .額縁職人ウェン・ダイ 元魔術師 29歳
「すみません。何度も足を運んでいただいたのに、やっぱり冒険者に復職しないだなんて。」
復職支援カウンセリング3回目にして申し訳なさそうに頭をさげるウェン・ダイに、リタはいつもと変わらず穏やかに声をかけた。
「誰も悪くないので謝らないでください。ウェンさんがよく考えてされた決断なら、お互い心残りなく次へ進めますから。もし何かあればこちらを持ってギルド本部へお越しください。」
工房の片隅に置かれた来客用のテーブルに、リタは自分の名刺を一枚置いた。
額縁を作る小さな工房には、順調に注文が入っているようで、壁には何枚もの受注書や見積もりが貼ってあった。冒険者を引退した時に仕方なく始めた仕事だと言っていたけれど、ウェンの顔をみれば今は充実していることがわかった。
「正直、もっと引き止められるかと思ってました。」
これだけ通ったのにあっさり引き下がるのかとよく驚かれるが、リタにとっては慣れたことだった。この業界、むしろ復職する者の方が少ないのだ。
「冒険者に必要なのは覚悟と判断力です。流されるように復帰しては、命を危険にさらすことになります。覚悟がなければ生き延びられませんからね。」
「リタさんもそうだったんですか?」
「え?」
「あなたも元冒険者でしょう?だって、亜空間収納ポーチだなんて、こんなものを作れるなんてかなりのレベルですよ。私も魔術師のはしくれだったから分かるんです。復職のお話をいただくまでは心のどこかで、今頃冒険者を続けていればって思うことが何度もありました。工房を立ち上げて、なかなか経営が軌道にのらないことから逃げていたんでしょうね…。でも、リタさんほどの方でも今は別の仕事についているなら、私が復職したところで何になるんだろうって、気持ちの切り替えができました。この工房でできることを全うしようと思うんです。」
背中まであるダークブロンドを一つに結い上げた、化粧っけのない顔でウェンは静かにほほ笑んだ。
女性魔術師としては惜しい存在だが、彼女は木枠だらけのこの工房にしっくりと馴染んでいた。ここから無理に引き離してはいけないとリタは強く思った。
「私はちょっと錬金術をかじっただけのただのギルド職員ですが…。でも、そうですね。私が生きていくのに必要な覚悟を決めたのは一度だけです。」
「覚悟なんて、そう何度もしないほうが幸せですよ、きっと。」
ウェンの言葉に、リタはそれ以上語ることなくウェン・ダイ額縁工房を後にした。
*
ギルドに戻ると珍しい来客が待っていた。S級ソロ冒険者のライオネル・クレイグだった。
その圧倒的強さから、あまりほかの冒険者と群れない彼が、今日は珍しく上級冒険者用のラウンジに座っている。
「ちょっとリタさん!あの氷刃の貴公子が会いにくるって、二人は一体どういう関係なんですか?」
ひとまず外套と鞄を置きに職員ロッカーに向かうと、ミア・オーリックが後をついてきて興奮気味にそう話した。
「氷刃の貴公子?」
「容姿端麗で冷静沈着、圧倒的な氷魔法の使い手であるライオネル様についた二つ名ですよ。そんなことも知らないでギルド職員やってるとか、モグリなんですか?」
「いや、私たち復職支援担当ですよね。現役の冒険者に関わる機会がそうないかと…。」
「関わらなくても知ってるのが常識ですっ!」
あまりのミアの勢いに圧倒されつつ、そういうものかとリタは思った。
冒険者としてファルコン・ドールに所属していた時も、他の冒険者と関わることは少なかったのだ。
他の冒険者事情に疎い自分と、意外とミーハーだったミアの温度差はなかなかのものだった。
「とにかく、ライオネル様がお待ちですから早く行ってください!」
ミアにロッカースペースからぐいぐいと追い出され、ミアはギルドカウンタ―へ出た。
ライオネルはまっすぐ自分のもとへ向かってきた。
その動向と、職員も含めその場にいた全員が固唾をのんで見守っているが、リタはそんなこと全く気にする様子もない。
「ライオネル様、こんにちは。先日は個室にご一緒させていただいてありがとうございました。」
「礼には及ばない。それよりパルマ嬢に話があってきた。」
冒険者として地位も実力もあり、丹精な顔立ちで男女ともに人気のあるライオネル・クレイグと個室をともにするとは一体どういうことなのか。何を意味するのか。二人の発言に、ギルド内がざわついた。
そんな雰囲気から、ライオネルはそれなりの時間待っていたのだろうとリタは察した。
どうしても自分に会いたい理由にうすうす気付いて、リタはギルド長ヴェルトフを見やったが、ヴェルトフは何も言ってないというそぶりで慌てて首を横に振るだけだった。
「すみませんが、このあと報告書の作成がありまして。お話なら手短にここで伺います。」
「終わるまで待とう。」
「いえ。お忙しいライオネル様をお待たせするのは申し訳ありませんし。それにお昼を食べ損ねたので、退勤後はすぐに夜ごはんを食べにいかないと。」
リタはちょっと面倒だなと思い始めていた。
貴公子のような佇まいで圧倒的強さを誇るライオネルは、誰もが憧れる冒険者なのだろう。そんな彼に対してあまりに雑な断り方だとは思ったが、これ以上関わってもいい事はない。それに本当にお腹もすいていたのだ。
ライオネルはそんなリタの返答にひるむことなく続けた。
「ならば食事をしながら話をしたい。夕食代は私が出そう。なんでも好きなものを食べるといい。」
こういわれてしまえば、リタの返答は一択しかなかった。
「行きましょうか。」
リタの迷いのない答えにライオネルがふっと笑った。
その場に居合わせたリタ以外の全員が心の中で黄色い悲鳴をあげたが、どのお店にするかの算段で忙しいリタには関係のないことだった。




