第一章 7話 蟲
知識箱②
六大勢力の者たちには領地が与えられる。
また、六大勢力内で戦争等行う際は、監督役をつけなければならない。
入口は洞窟。
動物の気配一つない土の道を、足場に気を付け進んでいく。
「──わ、ちょ」
岩の隙間に足を引っかけたのか、ショウは転んでしまう。
「暗ェんだから気をつけろよ」
【ほんとにね】
先頭を歩くディオニスがこちらを気に掛ける。
これも『エネルギー』なるものの恩恵だろうか、腕を眩しく輝かせてランプのように洞窟内を照らしている。
「ほんとにこんなところに人なんて住んでんのかよ」
「──住んでいないんじゃないか?」
「は?」
確かにあの時、レーグは“国”と言ったはずだが?
「──人間は、な」
そう不穏に呟くと、洞窟を抜けられたのか、目が閃光を吸い込む。
そこに広がるのは、一見少し変わった“異文化”の光景。
遠く中央には巨木がそびえたち、それを取り囲むように、自然由来の家が建ち並んでいる。
しかしやはり特筆すべきは、
【ねぇ、ショウ……あれ】
ジンが言う“あれ”は、恐らくショウの見ているものと一致している。
ヒトと同じく二足歩行で衣服を着ているのだが、一目でヒトではないとわかる風貌。
その背中には翼──否、羽があり、その腕は硬い装甲でおおわれている。
目は4つほどが宝石のように煌めいていて、その特徴は、──虫に一致する。
「…………」
「──蟲人だ」
言葉を詰まらせていたショウに、レーグは続ける。
「ここは『壺』──またの名を蟲の国という」
「蟲、の……」
あたりを見渡すと、セミの老人が、テントウムシの子供が、ハチの母が、人間と変わらないように生活している。
服を着て、商売をして、家庭があり、そしてただ一つの王を持つ。
「でも、こんなに国民がいるのにさ……ほんとに俺らに協力してくれんの?」
「あぁ。予定通りにいけば、な」
「…………」
ショウは、これだけの人を巻き込んでしまうかもしれないということに、少し足がすくんでいた。だが、もう自分たちは走り出してしまった。止まらない覚悟はできている。
巨木へ続く道の中央を、レーグを先頭に歩いていく。
ショウたちにしてみれば蟲人は明らかに不思議な存在なのだが、彼らからすれば、ショウたちこそ正に“異質”な存在。
不本意にも視線を集めてしまい、どこかむずがゆさがある。
堂々と沈黙しながら歩くのもなんなので、ショウはレーグに話しかける。
「でもやっぱ人間だけじゃないんだな、異世界って」
「む?」
「俺のイメージではもっと獣人とか吸血鬼とか……異種族的なのがゾロゾロいるって感じだからさ」
「いないぞ? いや、ほとんどいない、と言った方が正確だが」
勝手な空想を語るショウをレーグは一言で否定。
「いやでも、いるじゃん」
ショウは目の前にある勝手な現実を指さし訴える。
「うむ、だからこそ異質なのだ。この場所はな」
「でも千年前はいたんですよね?」
ディオニスが聞く。“いた”というのはもちろん異種族のことだろう。
「あぁ……『魔人』だな」
「……魔人?」
割と聞きなれている単語に、ショウは食いつく。
「あぁ。欠損した『エネルギー』を血に多く含む劣等人類のことよ。そのエネルギーによって風貌は歪んでしまっているがな」
【…………エネルギー】
「でも魔人って今はいないんだろ? なんで──」
最後まで言いかけたときに、先頭のディオニスが立ち止まり、腕を伸べてショウらを静止する。
「レーグさん」
ディオニスは前方をただ睨みながらそう一言。
腕をよく見ると筋肉が張っていて、いつでも攻撃できそうな様子である。
「ほぅ。豪華な出迎えではないか」
レーグが見つめる方を、ショウも見る。
巨木の方向から、ゾロゾロと鎧を着た蟲人たちが行進してくる。まるで鋼鉄の河川のようにゆらゆらと。
先頭には、ショウが記憶に当てはめることができない種の白い蟲人が一人。
金属の擦れる音が徐々に近づいてきて──
一度、音が揃ったかと思えば、蟲人たちは目の前に整列していた。
「──蟲国騎士団『三甲』パラジムと申します。失礼を承知の上お尋ねしますが、貴方たちは一体……」
白い蟲人──パラジムが聞く。声が高く、どうやら女性のようである。
先程までの行進の音が嘘だったかのように静まったこの空間に、レーグが動き出した。
「うむ、どうやらお騒がせしているようだな。吾輩は魔王第二柱レーグである。貴様らの王──魔王ローリィに話があってここに来た」
ざわり、空気が揺れた。
パラジムの後ろに並んだ騎士たちに驚愕が走ったのだ。
それぞれの驚愕が奏でる音は様々──「なぜあのレーグ様が……」「あの後ろにいるお方はまさか……」「一体何が起こっているんだ」と、どれも決して心地よい音色ではない。
「──静まれッ!」
ざわめく蟲人の中、パラジムが喝を入れた。
肌をナイフに撫でられたような感覚が、ショウを襲う。
それは誰もが感じたようで、一瞬のうちに空間は静に支配されたのだった。
ところが何事もなかったかのようにパラジムは咳ばらいをして──
「しかし、何故貴方様のような御方がこんなところへ?」
一見先程と同じ質問だが、その真意は別である。
──そこに秘められたるは敬意と不信感。
警戒のグレードが一段階上がったことに違いはない。
「クハハ。いやなに、貴様らの王は有名なのだぞ? なにせ、魔王の称号を得て以来この蟲国を出たことが無い、とな」
──だから吾輩が出向いてやった。
重く、黒い圧が、パラジムだけでなく、ショウたちにも及ぶ。
そこに頼れるレーグの影はない。ただレーグがこの空間での最上位存在だと、分からされる濃厚な気迫。
「……分かりました。なら少し時間を頂けないでしょうか。今、立て込んでおりまして──」
「──知っている」
「え?」
「知っているさ。そのうえで言っているのだ。ローリィに話があるとな」
──そうか。この空間を掌握しているのは、彼だ。
この場にいる全員が理解した。
今、レーグがどれほどの無理難題を言おうと、蟲国は断れない。
「………………分かりました。では城に案内します」
パラジムは首を縦に振り、側にいる兵士に何かを伝え城へ向かわせた。
そして、ショウらを背に向け、中央の大木の方へ歩いていく。
レーグが後ろを向いて頷いた。どうやら、ついていけばよいという意味らしい。
「──すげぇな」
ショウの口から言葉が漏れた。
だがそれはジンも同じだったようで、
【なんというか、オーラ感じたよね】
これが、魔王レーグか。
ディオニスがレーグを慕う理由が少しわかった気がした。
***********************************************
「……おぉ」
案内され辿り着いたのはまさかの大木の中だった。
壁には窓などの装飾が施され、優しい光が差し込んでいる。
あの禍々しく黒い城とは全く別。
「俺、こっちの城のが好きかも」
「──あ?」
つい漏れた本音に、ディオニスの首が百八十度回転し噛みつく。
ビクリと肩を震わせるショウに、レーグが笑いかけた。
「クハハハハ。そうか? 吾輩はあのデザイン気に入ってるのだが……」
「うーん。なんか俺まで黒くなっちゃいそうで怖いんだよな」
──自慢の白い頭が黒く染まっちゃったらどうしよう。
そんな世間話をしていると、先頭のパラジムが足を止めた。
ふと、その先を見ると、そこには木製の大扉。
これまで背を向けていたパラジムが、ようやくこちらに顔を向ける。
「こちらより、玉座の間でございます」
二人、兵士が扉を押す。
──真っ先に目に飛び込んできたのは太陽の光。
絨毯が敷かれた温かい空間。
広い部屋の両脇に、蟲国の兵士がずらりと並んでいる。
そして、奥には玉座が一つ。
玉座の隣には、二人の蟲人が立っていた。
一人はクワガタムシの蟲人。3mはゆうにあるだろう巨体である。
もう一人はバッタの蟲人。成人男性的身長で、腰には剣が据えられている。
両者、ほかの兵士とは一線を画す強者の雰囲気がある。
その二人のもとに、パラジムが歩いていく。
「なるほど。『三甲』か」
レーグが小さく呟いた。
(『三甲』……パラジムさんが言ってたやつか)
ショウもその単語の意味に興味を持つが、今は聞けない。
なぜなら、“いる”から。
我々がここに来た目的が──すぐそこに。
この空間に唯一座するはその人。
【──魔王第七柱 ローリィ・センティピード】
「人間? ていうか女の子じゃん」
見た目の年齢はおよそ10歳といったところ。
そんな“少女”が、魔王だというのか?
「──我こそが魔王第七柱ローリィ・センティピードじゃ。おぬしらは?」
しかし、その見た目とは裏腹に、老いた言葉遣い。
そして、何より醸し出す圧力──レーグにも劣らぬ魔王たる風格。
「──吾輩は魔王第二柱レーグである。後ろにいるのは……気にしないでくれ。
貴様に用があってな、ローリィ殿」
「話とはなんじゃ」
一刻も早く、この話し合いを終わらせたい。行間を置かずに尋ねるローリィからは、そんな焦りのようなものが感じ取れる。
「うむ。──吾輩、この度の『聖戦』に使徒側として参戦する」
早速持ち込まれた本題に、確かに空気が揺らいだ。
何故ならそれは、
「──おぬし、死ぬ気か?」
驚愕の表情を浮かべ、ローリィが言った。
「聖戦の噂ぐらいは我だって知っておる。眷属側が圧倒的優勢だということももちろんじゃ」
「うむ」
「どれだけ役者がそろっているのかは知らんが、我がおぬしに協力してところで勝ち筋はあるのか? 相手はあの『月光』じゃろ」
──まただ、また『月光』だ。その単語の登場に、ショウが息をのむ。
そしてローリィは「──それに」と続ける。
「我は参戦するつもりはない。我には守るべき国民がいる。おぬしみたいな暇人とは違ってな」
「──ッ」
ここでディオニスが肩を揺らした。
その形相は恐ろしく、ローリィを睨んでいる。あと少しでもローリィがレーグに失礼を働こうものなら殴りかかろうという雰囲気だ。
「……うーむ、そうか。残念だな」
しかしレーグが怒っている様子は全くなく、仕方ないといった素振り。
「──えええええ、残念なの!?」
ここまで来た意味が今、失われたということ?
現在の事態を把握できていないショウが思わず叫んだ。
ふと、ディオニスの方を見ると、何も思っていないかのような、ただ主の意向に反論はないといった表情である。
ここから交渉成立に持っていくのは限りなく不可能だろうと思われたその時──
バタン、扉が勢いよく開かれる。
その場にいる全員がその方向を向く──ただ一人、レーグだけを除いて。
「お、おやめください!」
一人扉の向こう側から、蟲国兵士のものだと思われる弱弱しい声が響く。
続いて、まばらに地を蹴る音が大きくなる。
この場に突如として登場したのは、数十名の人間。
「あれは……」
その侵入者たちの服装に、ショウは心当たりがあった。
くすんだ緑の軍服。そして彼らが抱えるは、間違いない──銃。
ファンタジーなこの異世界に、明らか不相応な存在が、そこにある。
彼ら軍服たちは、ショウらに目をくれることもなくローリィのもとへと歩いていく。
そして、ローリィと3mほどの位置で一斉に止まった。
「ご機嫌いかがでゲスか? ローリィ姫」
そう言い放ったのは、軍服たちの先頭を歩いていた、緑髪の小さな老人。
対してローリィは質問に答えることなく、汚物でも見るように睨みつける。
「──今、大事な話をしていたのじゃが、『武装国家ヘキサ』の人間にはそれが分からんか?」
──武装国家ヘキサという単語に、ショウは聞き覚えがある。
たしか『六大勢力』のひとつで、そして、圧倒的な“技術力”を誇るのだとか。
だとしても、一体何故ここに?
「ゲースゲスゲス! これは失礼。──だがそれ以上に、貴方の方が失礼じゃないんでゲスかぁ?」
「…………」
「五度目。これで五度目でゲスよ、ローリィ姫。次はないといったはずでゲス」
「無理なもんは無理じゃ」
「ッ少しだけ、先っちょだけでいいんゲス。かの英雄の墓を、少おぉぉぉおおぉぉぉおしだけ調査するだけでゲスからぁ」
身体をくねらせてローリィに希望を訴えるが、効果はいま一つ。ただこの老人が気持ち悪いだけという結果に終わる。
「──もう、遅いでゲスよ?」
先程まで踊っていたはずの老人が、急に声のトーンを一つ下げて、ローリィに言った。
その落差が、ショウに得体の知れぬ恐怖を植え付ける。
くるとローリィに背を向け、扉へと歩いていく老人。そしてヘキサの兵士たちはその後ろについていく。
部屋を出ようといったところで、「あ、そうそう」と老人は明るい声を漏らした。
「──魔獣にでも、襲われないようにお気をつけて」
「生憎だが我が蟲国騎士団は優秀でな、心配無用じゃ」
奇妙な忠告をして、彼らは風のように去っていった。
そして結局、この空間に残ったものは──沈黙。
嵐が去った後の静けさとでもいうのだろうか。だが、嵐が去った後も、空模様はくもり。
「──まぁ、そういうわけじゃ」
ようやく、この気まずい空気を打ち破ったのは、ローリィだった。
それに乗るようにして、レーグも「うむ」と唸る。
「だが、このまま帰ってもらう、というのは流石に気が引ける。どうじゃ? 我が蟲国一の宿を用意しよう。そこで、休憩でもしていってくれ」
しかし、我々使徒は一刻を急ぐのだ。こんなところで油を売っているわけには──
「──そうさせてもらおうではないか」
意外や意外。レーグの答えはショウの予想とは真逆のものであった。
なんのつもりかとレーグを覗くと、なるほど、表情が全く分からない。
【今は、レーグさんについていくしかないよ】
ショウの心情を読み取ったジンが宥めるが、落ち着かぬ胸騒ぎ。
本当にここに来たのは、無駄足だったのだろうか。
王座を背に、ショウは後ろ髪を引かれる思いに顔を曇らせていた。
なにか誤字の指摘・設定の矛盾・質問等があれば是非教えてください。