第一章 3話 どうみても棒人間
ショウの現在の肉体は、少女を模っているようで、前世のものより少しばかり軽いらしい。
──ショウはスーパーボールのように吹き飛ばされ、壁に衝突する。
「が、は──」
刹那、腹から食道を通って口まで、痛みが無邪気に走り回った。一瞬意識が弾けそうになるが、なんとか食いしばり、現実に焦点を合わそうとする。しかしながら、どうしてもディオニスにピントが合わず、今も脳が痛みに震えている。
「あァ、脆い? なんだこの感触ァ? ──お前ッ」
何故か、ディオニスの方が動揺に震える。一方ショウは今も壁際にへたり込んでいるまま。
──痛みが、おなかのあたりで、輪を作って、昇華する。
【ショウ?」
「あれ、痛くない?」
穴が開いたはずのおなかをショウは見る。そこからは紙吹雪のようなものが宙を舞い、一枚の大きな布を作っていて──
「これは、僕?」
ジンの声がたしかに、その布から聞こえる。
「ジン、お前その身体どうしたん、だ──」
おそらくジンである布切れに手を伸ばして、初めて、ショウは気づく。今までショウは、ジンに包まれていたという事実に。その根拠となるのは何か──答えはショウの身体である。
────────────────────手
腕が、黒く、細い。すぐさま脚を見るが同じく黒く、細い。そして胴も黒く、細い。シャーペンの芯のような物質が、身体を造っている。
「──おい、おい! なんだよ、これ」
痛みなんて感覚はもう消え失せ、ショウはガバッと上体を起こす。そして枝のような腕で、形も分からない頭をなぞる。
キュキュ。そしてショウは悟った。
「ジン……俺、今どう見える?」
黒く細い腕、胴、脚。頭は引き込まれるほど真っ白な球体。
その姿かたちはまさに──
「棒人間、だね」
目、鼻、口がないため、現在のショウには表情という概念がない。しかし、彼の動揺は身体の震えから簡単に読み取れる。
落ち着け、俺。そうだ、何が原因でこうなった……ディオニスに蹴られたから?いや、ちがう。蹴られて初めて俺はこの姿に気づいたんだ。思い出せ、遡れ。
…………天使。ショウと口喧嘩をする天使。不敵に笑う天使。そう、天使だ。
「く、てッ」
天使への怒りが、ショウを叫ばせる。
「──クソ天使め!!」
その轟は空しく、暗黒へと消えていった。
「ハハ、ハハハハハ!!」
広間に響き渡るのは、ディオニスの乾いた笑い声。
「クソ天使って、お前……ウラヌス教の奴らが聞いたらぶち殺されるぞ、ハハハ!」
だが笑い声こそ乾いているものの、ツボに入ったらしく、まだ無邪気に牙を見せて笑っている。
しかしショウはその態度が気に食わず、「だって」と反論する。
「そりゃこの仕打ちはいかんだろ!」
「いや、ハハ……でもよォ、ハハハ。ていうか、お前ら二人いたのかよ。道理で独り言が多かったわけだ」
「俺もこうなるとは予想できなかったけどな!!」
先程まで少女の姿をしていたのに、それが布切れと棒人間に変化するなんて、いったい誰が予想できるだろう。
「まァ……問題はそんなヒョロヒョロでオレとやりあえるか、ってことだ」
先程の愉快な様子とは一変──ディオニスは再び鋭い殺気を帯びる。
ショウもこのままごねているわけにはいかない、と構えの姿勢をとる。しかし、素人がいくら集中力を高めようが結果は同じか──
「ハッ……所詮はまだ生まれたてか」
もう一度ディオニスはフッと消え、次の瞬間には懐に拳を固めたディオニスが──
「──前!!」
「──ッ!?」
いや、ショウは避けた、鉛筆のように細い体を柔らかくよじり曲げて。
「同じ手を喰らってやるかよ!一か八か賭けにでて良かったぜ!」
「…………」
ディオニスは黙っていた。──驚いていたのだ、ショウという奇妙な生き物に自分の拳を避けられたことを。恐らく避けられた要因はその特異な体。本来ならば確実に急所を突いた攻撃だった。
「ハハッ……まァ、ようやくスタートラインってとこだな」
ディオニスは首を右、左と傾け、パキパキと鳴らす。
「そんぐらいはねェと“あいつ”には勝てやしねェからな」
そして深く息を吐く。
「さァ、こっから加点方式だ」
耳鳴りがするほどの殺気を放つディオニス。
その身体の中心からブワッと青白い光があふれ出る。
「なんだよ、それ」
「あァ? ……あァ、そうか。お前らちゃんと見ておけよ。これが『エネルギー』だ」
その光がディオニスの体中に行き渡る。
「じゃ、いくぞ」
──刹那、ディオニスは目の前にまで距離を詰め、長い脚を振り上げていた。
「──ッ!?」
突然の出来事。しかしまたショウは同じように体をよじるが、そううまくはいかない。今回は脚──すなわち“蹴り”であるからだ。
「──がッ!」
細い体が、地面に打ち付けられる。あまりの衝撃に、床には小さなクレーターが生成され、ショウの身体は反動でふわりと浮く。
これで、終わりではない。すぐに追撃──丸い顔にまた振りかぶった蹴りが来る。
大きな金属音ののち、毬のように跳ねて、跳ねて、ぐたりと倒れこむ。
(や、やばい)
手が、足が、身体が動かない。
「ショ、ショウ……」
空飛ぶ布切れも、声に詰まるほどに無残で、一方的で。
棒人間の身体といえど、人間としての身体の形は保たれていた。だが今、手や足はあらぬ方向に折れ曲がっている。
「ぐ、ぐぐ、骨が……」
痛みは無い。ただ、違和感と疲労感はある。
「ショウ、ちょっと質問いい?」
空気に合わない、純粋な疑問を持つようなジンの声色。
「ぐッ、なんだよ」
「それって、骨あるの?」
「…………」
確かめるべくショウは左に折れた右腕を上に掲げる。
──₎パキ ━╯ぐにゃ ──シャキーン
「あ、全然大丈夫じゃん」
「……はぁ」
ジンの予想はどうやら当たっていたらしい。しかし、緊張感がないというか……ジンはどこからか、ため息をつく。
そんなジンはさておき、ショウは再び立ち上がる。
「よし、まだいける!」
「ハ、ハハ、中々骨のありそうな奴じゃねェか……」
「ないんだけどね」
余裕ぶるディオニスの頬には、冷たい汗がつたう。──ディオニスとて、先ほどの攻撃が手を抜いたものではなかった。だからこそ、ショウが恐ろしいのだ。
「じゃあ今度は……こっちの番だ」
──その棒人間は、何度でも立ち上がる。
「おまえ、好きな人いる? あ、二次元とかナシな!」
「えー! じゃあ一次元でもいい?」




