第二章 4話 最高
ローリィの拳から、殴った衝撃が小さな体躯を巡った。
その腕のしびれから分かる。今自分が殴ったのは、ウルハではない。
──ローリィと、ウルハの間に割って入った、死体の兵士だ。
「ひゃー。あぶな」
力を込めた一撃は、ウルハの操る死体に阻まれた。
ローリィは分かりやすくイラつきを見せる。
「あー、だめだよ。女の子がそんな顔しちゃ」
「黙れッ!! 多分お前よりも年上じゃっ!!!」
ローリィは地面に手を触れ、エネルギーを流し込む。すると、土が蟲人が三体形成された。
蟲人はそれぞれバラバラに行動し、だがウルハという同じ目標に向かい飛び掛かる。
だが、ウルハはなにも臆することはなく、こちらも三体の死体を土の中から呼び出して、蟲人にぶつける。
ぐずぐずの死体に負けるほど、ローリィのエネルギーにより形成された蟲人は弱くない。
──三体揃って、死体をもう一度殺してやる。
「やっるぅ」
ウルハは自分の兵士がやられたというのに、どこかワクワクしているような、新しいおもちゃを見つけた少女のような顔である。
「しっかしすごいよねぇ、この世界はさぁ」
彼女が手を二回叩くと、また、地中より死体兵士が起き上がってくる。
「どこもかしこも死体が埋まってる。かつてここであった戦争が、文字通りこの地面をつくってる。まさに戦の世界、だね」
どれだけウルハが死体兵士がかかってこようとも、こっちの蟲人は特別だ。量を質で抑えられる。
わらわらと揺らぐ死体の波の中に、蟲人が突撃する。
──さぁ、道を空けろ。我が行く。
死体の海が割れて、現れたのは、余裕ぶった顔をしたウルハ。
嫌いな顔だ。自分が相手よりも強いと信じて疑わない、柔らかな笑み。
今日は絶対にその顔を、敗北の恐怖に歪めてやる。
もうさっきのように死体で防御はさせない。今度は諸共貫くほどの速度と装甲を。
「──ローリィちゃんさぁ。あんまり闘い慣れてないでしょ」
死体、蟲人が入り混じり、衝突音が響き渡る最中、なぜかその声だけがやけにはっきりと。
戯言をとも思うよりも先に、ローリィの目の前に差し出された、ウルハの手。
親指と、中指がくっついている。
「私のエネルギー……死体を操るんだとか思ってるでしょって」
「──ッ!?」
「甘い、甘いなぁ、甘いんだよね。目に見えたものがすべてと思い込んじゃってる。戦闘経験の浅さが如実に出てるんだよ」
こんなに長文を喋っているのに、なぜかローリィの身体は動かない。それがエネルギーによるものというよりは、きっと本能。恐怖がそうさせているのだろう。
「ねえローリィちゃあん。ウチのさ。眷属であるウチのさあ。ライダちゃんに肩を並べるウチのさあ。エネルギーがさ。死体を操るだなんて、ただ人形を操るだなんてクソつまらないエネルギーなんてことあると思った?」
ウルハの指先へ、鉛臭いエネルギーが集中していく。それは死体を操っていたモノとは別物。
まさか、本当にこの眷属のエネルギーは死体操作だけでなく。いや、そんなはずはない。二つの異なるエネルギーを同時に扱えるだなんて、そんな馬鹿げた、そんな天才がいるわけ──
「うーん。そうだよ、そうだよね。
──甘さが、如実ってるね」
ウルハが、指を擦る。
──パチンと、綺麗な音が響いた。
ローリィは信じられないものを目にする。
音と同時に、いや、音が、空気を揺らして、それが波となり衝撃波を生成する。
──先程のパチンと綺麗な音は、破裂音、爆発音と段階的に成長する。
そして、目の前で最も大きく、それは弾けた。
装甲を急げど、鎧の生成よりも、爆発の破壊力が上回り──
諸共、死体も、蟲人も、諸共込々吹き飛ぶ。
魔王ローリィの小さな体躯は、その諸共どもの中で一番に軽いらしく、抜きんでて吹き飛ばされる。
人体はそう簡単に跳ねるものでもなかろうに、丸い身体は地面を抉りながら跳ねて、跳ねて、最終的にはべちゃっと地面に倒れる。受け身もとれずに。
ローリィはすぐに体を起こそうと、地面に手を伸ばすが──
「──がッ」
胸部で内側から身の毛もよだつような痛みが叫んだ。
骨が、きっと骨がいかれている。
痛みで色彩が滅茶苦茶になる世界のなかに、一人ウルハがもう目の前まで来ている。
「痛いよねー。ごめんねー。ウチもさぁ、ローリィちゃんみたいな可愛い子を傷つけたくはないんだよ、ほんとだよ…………まあ、そうだね、あんまり一方的になるのは嫌いだから教えてあげるね」
ひどい耳鳴りの中、うっすらと声が聞こえてくる。
「ウチのエネルギーは『連鎖』だよ。さっき指パッチンしたでしょ。その音、つまり空気の振動を倍増させながら、連続させて、君のところまでつないだんだよぉ。分かったかな」
「……か、ハ。分からんの、我馬鹿じゃから」
ウルハの言っていることは、分からない。けれど、それが彼女の固有エネルギーであることは理解した。だからだ。だからこそ、分からない。ではあの死体は、今ウルハの後ろについている無数の死体は、一体……
「……可能性としては、『神宝』があるよね。あと『古代兵器』か『中枢兵器』か。でもね、今回はどれも外れ、外れ、外れなんだ、これがねえ」
ローリィがふと死体の方に目をやると、そこに明らかに異質なものが立っていた。
少女だ。自分よりも少し大人びた少女。ほかの腐肉どもとは違い、生きている身体。
服装はヘキサのものに似ているが、少し色味が違う。
──彼女は……
「──気づいた? 今回のスペシャルゲスト、魔王第六柱『夏草』のグレイブちゃんだよ」
「グレイブ……」
面識はないが、同じ魔王として名前は知っている。
ローリィと同じく、割と新参者の魔王だ。彼女も、今回の敵、ということか。ではこの死体たちは、グレイブの……?
いや、しかし、グレイブの様子が変だ。
なんというか、今の彼女は目に生気が宿ってないというか……
「グレイブちゃん、可愛いし、死体も操れて偉いよね。だからウチが誘ってあげたんだ。眷属陣営として一緒に闘ってって……でも、なかなか来ようとしてくれなかったから、連れてきちゃった。でもいいよね、それで。眷属は負けないし」
「連れてきたって。どうやって……?」
「ウチの『連鎖』エネルギーでさ。簡単だよ、頭と頭をコツンってやるだけ。ウチの思考を頭に連鎖で繋げちゃうだけ。これだけで、絆ができちゃう。友情ができちゃう。絶対に裏切らない友達ができるんだ。安心安全簡単だね。はぁああ、この世界に来てよかった」
つまり、ウルハのエネルギーは『連鎖』そして、そのエネルギーによって操られている魔王グレイブが、死体を動かしている、ということ。
──まずい。
死体だけならなんとかなったのかもしれない。だけれど、ここに連鎖による攻撃も加わったとしたら……
「さあ、ローリィちゃんも、友達になろ? 一緒に使徒をぶっ殺そ? ライダちゃんを応援しよ?」
ウルハがこっちへ手を伸ばす。
その手には、蛇のようにエネルギーの鎖が絡みついていて……手に取れば最後、敗北は確定するだろう。
痛い、痛いな。
ジンジンと、骨が泣いている。呼吸もうまくできない。息を吸うたびに、肺を酸素が引っ掻くのだ。
痛い、辛い、泣きたい、もう負けてしまいたい。
──だけれど。
「──ん」
ローリィはウルハの手を、思いっきりはたく。
──ショウに約束したんじゃ。絶対に帰ると、「おかえり」と言ってやると。
負けるわけには、いかない。やっと家族ができたのだ。絶対に帰るのだ。
ウルハを睨みつけるローリィに、はじめて彼女は不快感を表情に出す。
「あー、もしかして、使徒と仲良くなっちゃった的な? でもさ、それってほんとに絆なのかな。違うと思うよ。きっとローリィちゃんは利用されてるだけ。ただの兵力のプラスワンなんだわん?」
「違う」
「違わないよ。君は『孤高』の魔王でしょ。ずっと一人だった君には分かんないよ。絆の概念は」
──いや、違う。だってショウは嘘が下手だから。まだ全然一緒に時間を過ごしたわけではないけれど、なんだかそんな気がする。
あのとき、自分をあの殻からだしてくれたとき、確かに温かさを感じた。絆がどんなものか、はっきりは分からないけれど。きっとあれはその一部分だと信じてる。
ローリィのポケットにある、棒人間のお守りに、熱いものを感じる。
「違う、違うんじゃなあ。それが」
「──はぁ?」
痛い──そんなの、知らない。震えるかかとを、地面に突き刺して、ローリィは立ち上がる。
「我は、もう『孤高』じゃない。一人じゃないからな」
「……ふぅん、じゃあ君はなんなの」
ローリィと目が合ったウルハはじりと足を下げた。
その覚悟に満ちた目を見たから。なるほど、これは一筋縄ではいかないと、本能が理解したのだ。
ローリィは、笑っていた。
「──『最ッッ高』のローリィ・センティピードじゃッ!!!」
魔王ローリィは腹の底から咆哮をあげる。
──最高を求める、獣が吠えている。




