第二章 3話 少女ではなく
使徒の結晶を離れてどれくらい経ったか。
エネルギーで作った蟲に乗って、ローリィはここまで来た。
天井のカーブを見る感じ、割と進んだと思う。
……結界に包まれているのは、あまりいい気持ではない。欲を言えば早く終わらせたい。
早く終わらせて、早く帰って、あたしが「おかえり」と言ってやるのだ。
「──ん」
そんなことを考えながら進んでいくと、前から人影。ゆっくりこちらに近づいてきている。
……こんなところに一般人がいるわけもないので、まぁ九割九分眷属陣営の者だろう。
蟲から降りて、地に足をつく。
深く息を吸って、姿勢を整える。
──これらは、これから起きる闘いに備えてのもの。
「……?」
だが、なにか妙だ。人影は何やら陽炎のようにフラフラと歩いている。
ざくり、足を地面に突き刺そうかという音が聞こえるぐらいの距離になって、気づく。
「──死体?」
ぼろい甲冑。どろどろの皮膚。骨が露出している部分もある。
ただ刃のこぼれた剣だけはしっかりと握っていた。
──生きているか死んでいるかなんて、目を見ればわかる。そこに魂の光があるかどうか、それだけである。
そして、聴覚視覚の次は嗅覚に訴えかけてくる。
鼻のさらにその奥をつくような、針のような死臭。
「──くッ」
匂いに怯んだローリィ。
それをチャンスと見たのか、その動く死体は乱暴に足と手を振るってこちらへ駆ける。
きっと、人が無理やり人形を走らせたらあんな風になる。
無茶苦茶にも刃はもうローリィの目の前に迫るが──その刃は彼女と目を合わせる。
その眼差しには焦燥も、恐怖もない。闘志だけが、めらり燃えている。
──ボン。突如、死体の上半身がはじけ飛んだ。
霧散した死体の奥、ローリィが腕を掲げて立っている。そして、その隣には成人男性ほどの大きさはあるサンドワームが、咀嚼しながら踊っていた。
取り残された下半身は、しばらくは動いていたが、少し経つと何か気づいたかのように力なく倒れた。
ローリィは倒れた下半身を見つめる。
──もちろん、これが眷属の一人とは考えていない。この死体にはエネルギーが通っていた。だからこれはエネルギーにより操られた死体だろう。
死体に寄せられる視線。だが、それは次の瞬間別のものに向けられることになる。
「──ッ!?」
熱い蝋のような殺気が、ローリィを纏った。途端に呼吸が難しくなるような感覚に陥る。
先程の動く死体の比じゃない。邪悪なエネルギーを持ったなにかが、来る。
──間違いない。こっちが、眷属だ。
「──あー、もうやられてんじゃん」
足音のない、女だった。音がないのに、殺気だけが色濃く、足跡として残っている。
黒髪で眼鏡をかけた、何を考えているか分かりにくい女だ。
どこか正気が抜けたような目と目が合ってしまう。
「あ、君が今回の敵? めっちゃ可愛い!」
「……」
髪を揺らしながら、こっちに近寄ってくる。女が寄ってきた分だけ、ローリィも後ろに下がる。本能が、離れろと叫んでる。
「うれしいな! ウチ、眷属のトコナツ・ウルハっていうの。君は?」
「あ、あたしは……」
そこから先が、喉に引っかかり出てこない。
──あたしは、怯えているの? このふざけた女に。
この空間の空気は、もうウルハという女のものだ。彼女のやりたいように風は吹く。
だが、満足なのか? 今こうやって、この女のやりたいようにやられているままで。
──満足じゃ、ない。ニツクダと約束した。自分の好きにいきるのだと。
だから響かせろ。あたしが今、ここにいるのだと。自分の意思でここにいるのだと。
その証明にお誂え向きなのが、あたしにはある。
……あたし? 今は違うな。威厳が足りない。
ローリィは牙を剥き出し、目を見張り、敵意を全開にして吠える。
そうだ、今お前の前にいるのは、我だぞ。
少女ではなく、魔王。
「──我は、魔王第七柱『孤高』のローリィ・センティピード」
ウルハの足が止まった。その浮ついた表情から、笑みが消えた。
「──今日、貴様をぶっ倒す者の名じゃ!!!」
ローリィの腕を、蟲の骨格が覆う。
──その強度は、鋼鉄を超えて。
ローリィの放った拳が、鋭く唸った。




