第一章 32話 迎え
──空は暗く、頭上には月。
ローリィを加えたショウの一行は月の下で、焚火を囲んでいた。
ホー、ホーと何か生き物の鳴き声が聞こえてくる。
森を見ると、あまりの暗さに不安になりそうだが、焚火の周りは温かな光に包まれていて、不思議と落ち着く。
そんな中、ショウはじっとあるものを見つめていた。
「ディオニス……エプロンしてる……」
「あァ、なんだ?」
「いえ、なんでも」
エプロンを纏ったディオニスは焚火の上に鍋を用意し、そこにシチューを作っていた。
レーグから料理のことは聞いていたが、いざ目の前で見ると、なにか慣れないものがある。
しかし、あの包丁さばき、調味料の扱いは素人ではないことは明らか。
ディオニスはシチューを素早く木の器に盛り、最期になにか緑の粉を一振り。
「ほらよ」
それをローリィに差し出す。
さながら舞踊を見ているかのよう。
「あ、ありがと」
まだ慣れないのだろう。恐る恐るディオニスの顔色をうかがいながら、ローリィは受け取る。
スプーンですくいあげ、一口。
「──あっづぅ!!」
ローリィの可愛らしいお顔はしわくちゃになる。どうやら猫舌のようだ。
ひぃひぃと言いながら、舌を夜風にあてて冷やす。
「うん。まぁグツグツいってるからね。あ、ありがとう」
ジンももらって一口。今度はちゃんとふーふーしてから。
「おお、おいしいね。……これ何の干し肉?」
「キイロシカだ」
「へー」
美味しそうにシチューを食べる二人をみて、棒人間も疼いてくる。
「じ、ジン。俺も俺も」
「ん? まだだめ」
だが、今ショウには味覚をつかさどる器官はないため、ジンを待たなければいけない。
「レーグはいいのか?」
何も食べることなく、座ったままのレーグに、ショウは聞く。
「ああ、吾輩今はいい」
「──でも、おいしいわよぉ」
レーグの横に座っていた、背の高い女がシチューを頬張る。
「……」
あまりに自然に感じられたのですぐには気づかなかった。
ここに、知らない人間がいることに。
「──え、誰!?」
ショウは驚き、後退りする。
ジンもディオニスも、食事を止めてはいないが、警戒の眼差しを光らせる。
「何しているんだ、ローズ」
視線をそっちにやることなく、レーグはその女の名前を呼んだ。どうやらレーグの知り合い、ということだろうか。
「あ、こんばんは。新王第二席ローズ・デュオメガよぉ。今回の聖戦の監視役です」
「監視役?」
「ん? 聞いてないかしらぁ。聖戦が円滑に終わるように私たちがちゃんと見てるからねぇ。私たちがいないと聖戦終わってもヒートアップしたまま闘い続けちゃうじゃなぁい。それを止めるのが私たちの役目」
ローズは長い髪をいじりながら話す。
監視役なんてものがあったのか、そう思いジンはディオニスの方をちらっとみる。
しかし何故かディオニスは、冷や汗を頬に伝わせて、笑っていた。
「ディオニス?」
「──は、ハハ。『剣聖』ローズ・デュオメガだ。……ヤベェ、興奮するな。『伝説』がオレたちの目の前にいるんだぜェ」
そう言う彼の手は、震えている。
魔王すら怯えるほどの強者──彼女は一体どれほど……
「──ていうかぁ、“何してる”ってこっちのセリフよぉ、君たち」
ローズはショウとジンの方に視線をやる。
二人は何が何だか分からず、目を丸くした。
「──明日、なんだけどぉ」
「──は? 何が?」
「聖戦。明日なんだけどぉ」
「え」
ショウは首をぐるんと曲げて、レーグを見た。
しかし、レーグは手をひらひらとやって──
「む? 吾輩知らんぞ。あと5日あるんじゃないのか?」
どうやら、こっちの知識人も分からない様子である。では、どうして……
「──あ」
混乱する使徒陣営の中、一人声を上げた。ローリィだ。
「壺の結界の中は時間の進み遅いよ」
「……それだ」
いや、ローリィは決して悪くない。悪くないが。
……まずい。
数十秒の沈黙が空間を包んだ。特にローリィはどこか気まずそうである。
「クハハ、ハハ。いや、良いではないか。貴様ら、身体はあったまっておろう?」
その沈黙を切り裂いたのは、レーグ。
声色に楽しさを滲ませながら、「それに……」と続ける。
「また、面白いことをやってくれるんだろう?」
挑発するように、ショウに言う。
棒人間は少し照れ臭そうに、頬をかく。
「……まぁ、ちょっと遅いか早いかの違いだよな。覚悟決めるかぁ」
「うむ。その意気よ」
「ん。じゃあ明日早朝から私が戦場に連れてくからよろしくねぇ。早く寝なよぉ」
聖戦の前日というわけで、緊張で眠れないものかと思ったが、意外と早く眠りに落ちた。どうやら疲労が溜まっていたらしい。
──明日は、ちょうど満月のようだ。




