第一章 29話 蟲毒
夕方、ローラは門の前で待っていた。ざく、ざく、足音が聞こえる。ローラは嬉しそうにその方向を見上げた。
同時に、ローラの顔から笑顔が消える。
「──誰?」
──帰ってきたのは、一人。
髪、服、つま先まで全身が白い女だった。
誰かと聞かれた女は、こちらに微笑みかけて答える。
「私、『疾露蜘蛛』のアラクと申します」
「し、ろくも?」
微笑んでも邪悪さを隠せない、そんな女だった。この女は、人間ではないことは、本能が理解していた。
「ウフフ、可愛らしいお嬢さんだこと。そんなに怯えなくてもよろしいのに」
「──ぱ、パパはどこ?」
「ん、パパ? うーん、難しいですね。どれが貴方のお父様だったのでしょうか? あ、もしかしてやけに強かった殿方でしょうか」
「……」
「ええ、彼の殿方ならここ!」
そう言って、アラクは自分の腹を指さした。
「彼は弾力があって、とても、美味しかったですぅ」
恍惚の笑みを浮かべている。
──食べた? 訳が分からず、ただ言葉を失うローラ。
「ほんとに可愛らしいですね。貴方ならきっと、もっと可愛くなれるわ」
「──ぁ?」
「さ、時間は有限ですの。始めましょう」
アラクが指を鳴らす。同時に空から、白いベールが下りてくる。
それは球場に村を取り囲む。
同時に、おなかが、ぐーっとなった。
「なんで?」
「あら、お嬢さん。まだ気を保てていますの? やはり若いって素晴らしいわ……また来ますわ。そのときにのこっているのが貴方であることを願っています。では」
そういって、アラクは白い幕の奥へ消えていく。ローラも急いで追いかけたが、白い幕は壁のように固く、弾かれる。
仕方なく、ローラは自分の家に戻る道へ着く。
──あの女が言っていたことはよくわからなかった。きっと父は生きている。明日の朝、目を覚ませばきっといつも通り朝ごはん作ってくれるんだ。
家の前、ローラは衝撃的な光景を目にする。
「──なに、これ」
村の道から、畑、家の扉──いたるところに、血が飛び散っている。
真っ白な天井と対照的に、赤黒い血が嫌に輝いていた。
頭がおかしくなってしまいそうになるが、ふと、人影を発見した。
「あ、おばちゃ……」
声をかけるが、様子がおかしい。なんだか、本にでてきたゾンビみたいだ。
首が据わっていないのか、ぐるんと重力に身を任せてこっちを見る。
「ア、アア」
「おば、ちゃ?」
ばっと腕をひろげ襲い掛かってくる。その口には、べったり血がこべりついていた。
「──ひ」
ローラは恐怖で腰を抜かし倒れてしまう。
「アアアア!!」
「──おら!」
もう婆さんの牙がローラの頬をかじろうとしていたその時、隣から何かが割って入った。どうやら婆さんの頭を木のこん棒で打ち付けたらしい。
「──あ」
それは兄弟の兄だった。
「ローラ、無事か。とりあえず逃げるぞ」
兄はローラの手を取り、走った。そして行き着く先は、村にある教会。
そこには、ローラのほかにもたくさんの村の子供がいた。
「兄貴!」
弟も無事だったようで、兄の顔をみて泣きそうになっていた。
「なにがあったの?」
ローラが兄に聞くが、兄も詳しくは分からないようで、首を横に振る。
「空が白くなっただろ? あれと同時に、大人が暴れだしたんだ。俺の母さんも……」
「……」
「分からないものは仕方ない。今は、ローラの父さんや、俺の父さんが帰ってくるのを待つしかない」
「うん」
空はあんなに明るいのに、教会の中はとても暗かった。
ローラより小さな子もたくさんいて、わんわん泣いていた。
──お腹が鳴ったが我慢して目をつぶり、次の日になった。
この日の目覚めは最悪だった。
悲鳴で目が覚めたんだから。
「おい、馬鹿野郎。なんのマネだ」
「あ、ぃ、ぃ、ィ、イイイ」
兄弟が、闘っていた。
弟は、隣の家の3歳の子供の腕を加えていた。
その様子は、昨晩見た婆さんと同じで、正気を失っていた。そして、明確におかしいことに、彼の頭には虫の触角のようなものがついていた。
周りをみると、弟だけじゃない。ほかの数人もおかしくなっていて、教会は混乱に陥っていた。
「クソっ、逃げるぞ。ローラ!」
「え、でも」
「あいつはもう……だめだ」
ローラの腕を引っ張り、前を走る兄。彼の涙が、ローラの腕にぽつりと落ちた。
子供も散り散りになって、ローラと兄は小屋に身を潜めていた。
訳も分からない恐怖に二人とも震えることしかできない。
なのに、おなかばっかり、へるんだ。
「──ッ」
今、なにか変な感覚がローラの頭に入り込んだ。いや、今だけじゃない、この空間ができてからずっとだ。この変な衝動が自分を蝕んでいく。
知らない自分に、少女は泣いた。自分も正気を失って、人を食べ始めてしまうのが怖い。
「──大丈夫だ、お前は俺が守る」
震える肩を、兄が抱きしめた。さっきまでそっちも泣いていたくせに。でも、温かい。
そしてとても、
──おいしそうだったんだ。
「──あ」
気が付くと、目の前に兄の亡骸があった。
その半身はかじり取られたようになくなっている。いや、なくなったんじゃない。食べたんだ、自分は。
「い、や。いや、いやあああああ!」
ローラは叫んだ。全部夢であってほしかった。でも、この空腹感がそれを否定する。
──ふらふらと、小屋から飛び出す。
外には、狂気にあてられた子供が徘徊している。そして、その子供たちも、ほかの可笑しくなった子供を襲って食べている。
「は、はは」
その地獄を前に、ローラのなかで、なにかが切れた。
「おなか、へったあ」
──どれだけ時間が経ったのだろうか。
もうこの村に生き物は、彼女一人だけになっていた。ほかの村人は、死体すら残っていない。食べてしまったから。
少女は一人、村の小屋で座り込んでいた。
天井はあれからずっと、白いベールが覆っている。いつ太陽が昇って、沈んでいるのかも分からない。
だが、その瞬間、白い天井が音をたてて割れて崩壊する。
どうやら時刻は夜だったらしく、満月がのぞいている。
そして、ローラをのぞくのが、もうひとつ。
「久しぶり、やっぱりお嬢さんが残りましたね。一層可愛らしくなったようです。やはり子供の可能性を信じた私は正しかったのですね」
あのときの白い女だ。しかし、このときのアラクは、白い女というにはあまりにも、青く鮮やかな血にまみれていた。
「あ、これですか。これは私の血です。古獣人さんに見つかってしまって、殺されそうなんですよ、今」
正直、少女は話を聞ける状態にはなかったが、アラクは一方的に話を続ける。
「うーん。私もう長くないですねぇ。仕方ない、一人だけでも持っていきましょうか」
アラクは穴の開いたお腹を切なそうに撫でてそう言った。
「では、また」
アラクが去ったあと、少女は俯いていたのでその後を実際に見てはいない。
だが、数回轟音が鳴り響いて、その数分後──
「──君! 無事か!」
新しい声がした。
目をやると、緑髪の少年だった。
久しぶりに見るまともな人間に、少女の目には涙が浮かぶ。
「大丈夫。あの呪獣は僕たちが殺した。もう、大丈夫だ」
少年は優しく笑って、少女を抱きしめた。感情はすでに消え去ったと思っていたが、わんわんと泣くことができた。今度は、腹が空かなかった。
少年が現れてから、数日たった。
──少年、彼の名はボロス。彼は古獣人と呼ばれる、特殊なエネルギーを扱える人間だ。今回村を襲ったような、呪獣と呼ばれる存在を追っているらしい。
ボロスがここに滞在していたのは、もちろんローラの様子を見るためというのもあるが、仲間の墓をつくるため、という理由もあった。
「ルーペといってね。僕とともに呪獣を殲滅する旅をしていたんだ。あの蜘蛛に毒をもらって死んじゃったんだけどね。弱いくせにでしゃばるんだよ、全部僕に任せてくれればいいのにさ」
ボロスはそう言って寂しそうに笑いながら、墓石を撫でるのだった。
──また、ある日のこと。
「ぼ、ボロス、なにこれ」
ローラの手のひらから、蝶がたくさん湧いてでる。
エネルギーの、顕現である。
「き、君。それは……」
ボロスは狼狽えた。
エネルギーの顕現事態はそれほど珍しいものではない。だから、ボロスが驚いているのはそこではなく──それが、呪獣由来のものであるからだった。
「あの蜘蛛……チッ。やけに笑顔で散ると思ったんだ」
ボロスの顔が曇ったのを、ローラは見逃さない。
「……ボロス?」
少年は、自分を見つめる瞳をみる。目は、そらさない。
数十秒悩んだ末に、語り始める。
「ローラ。今から僕は君に残酷なことを言う。聞いてくれるかい?」
恐る恐る、ローラは頷く。
「君のエネルギーは、存在してはいけないものなんだ。もし、僕以外の古獣人に見つかったら、君は殺される」
「……」
「だから、君にはここから、動かないで欲しい。ずっとここで、暮らすんだ」
それがボロスに出来る最大限の譲歩。本来は、殺さなければならない。呪獣のエネルギーを受け継いでいるから。けれど、この子に罪はない。
「──いいよ」
少女はすぐに答えた。
意外な返答に、ボロスはローラを見る。
「あたしは、みんなを食べた。その罰を受けなきゃいけない」
それはあの呪獣のせいだ、そう言いたかったが、ボロスは言葉を止めた。
そんな言葉じゃ、彼女は止まらない気がしたからだ。
「……ごめんな、僕たちがもう少し早ければ」
悔しさを胸に抑え込んで、ボロスはローラのためにここで暮らせるように準備をした。
ローラに魔王位に就くように言った。そうすれば、ここに人が寄ってくることもなくなるだろうから。それに、彼女のエネルギー量は尋常ではない。魔王になるのも難しくないだろう。
「──僕はもう行くよ、ローラ。……そうだ、思い出したときでいい。たまにルーペの墓を掃除してやってくれ。あいつは綺麗好きなんだ」
そう言い残して、ボロスはこの場所を去っていった。
残されたローラは、エネルギーで人形を作った。はじめは、労働を手伝ってくれればいいと思う程度だった。
けれど、作った人形には、心が宿っていることに気づいた。その心を守ろうと思った。
そして、数年後、少女は魔王になった。ボロスが言っていたのもあったが、大きな理由としては自分の蟲人を守れればいいと思ったからだ。
名前も変えた。ローラは、魔王ローリィ・センティピードとなった。少女ローラから、魔王へと。──民を守るという自覚をもって。弱さをここで捨てるのだという覚悟をもって。
──ずっと、ここで生きていくのだと思っていた。民を愛そうと思っていた。罪を忘れてはならないと思っていた。
でも、エネルギーの限界が来た。これ以上続けると、自分の命が危ないのも分かっていた。けれど、自分の命ために民を犠牲にするなんて、できないほど……民のことが好きになっていた。
──そして、民も、恩人の墓すら守れぬ自分が、罪を償えぬ自分が、自由に生きていていいのか。いや、許されるわけが……
「──好きに生きろ! ローラ」
あの日の夕方からずっと、少女を覆う純白の殻に、ひびが入った。
作ってる側がこんなこと絶対言ってはならないんだろうけど、このへん書くのむずすぎてぐちゃぐちゃになってる。伝えたいことが多すぎて何書けばいいかわからんくなった。ごめん。これ以前もぐちゃぐちゃだったなら、もっとごめん。
また腕が上がったら書き直しに来ます。
そして気持ち的には今日中にあと2つぐらい上げようと思うます。




