第一章 22話 天才
レーグが出て行ったあと、宿にはジンとディオニスだけ。どこか気まずい空気である。
「……ディオニスさん?」
その空気を割ろうと話し出したのは、ジン。
「ディオニスでいいぜ」
「あ、じゃあディオニス」
「なんだ?」
「レーグさんは、何を考えてるかわかる?」
恐らくこの男なら、レーグのことを自分の何千倍も知っているだろう。
答えは即答だった。
「ンなもん分からねェよ」
「……」
「あの人が見えてる世界は、オレたちの想像には収まりきれねェ。ここで起こることもそうだけどよ、どこまで見えてんだろうな」
何千倍も知っていたとしても、それでもあの男の思考の端くれにしかならないらしい。
「ただ、心配すんな。レーグさんはお前を嫌っちゃァいねェ。そんな感じがする」
「ほんと?」
「勘だがな。だが、ショウ……あいつは分かんねェぞ。ショウを前にするとよォ、レーグさんのエネルギーが揺らぐんだよ」
「揺らぐ?」
「嫌いなのかもな」
「会ったばかりなのにかい?」
そんな話をしているとき、あたりに爆発音が鳴り響いた。
今度は先程と同様の規模と言うわけではないが、ここから近い。
そして直後、銃声が聞こえてくる。
「あァ? ヘキサの連中か」
ディオニスは鬱陶しそうにつぶやく。
どうやら、発砲している不届き者は複数人いるようで、何の運命か、それは宿のすぐそばの通路に来ていた。
おそらくリーダー格の男が大声でしゃべっているので、ディオニスとジンは静かに窓からのぞく。
「おうおうおう、蟲人は出来るだけ殺せ! 家は荒らせるだけ荒らせ! 魔獣に襲われちまったようになぁ!」
襲われているらしい蟲人の悲鳴と、ガラスを割る音。
「くっそぉ……城があんなになっちまって。あんなど派手なことやるなら俺を連れて行ってくれよ。暴れてやるのに。なんで、いつもヴァニスのクソ野郎なんだよッ!」
怒りに身を震わせ、建物の壁を殴る。彼の怪力は凄まじいらしく、建物と、その後ろの建物二軒も合わせて吹き飛んだ。
「俺は天才だぞ。あのクソヴァニスとは違うんだ。あんな金魚のフンとはッ!!」
怯えながら、銃を持った二つ星の兵士が、駆け寄ってくる。
「バグラ様。左は殲滅いたしました」
この怪力の大男はバグラと言うのか。よくみるとその胸には五つの星が輝いている。
「じゃあ次は右だ! 言われなくてもやりやがれ!」
「はいぃ」
バグラからみて右手、というと……ここ。ジンたちがちょうど滞在している宿だ。
ジンはディオニスを見る。
すると彼は勢いよく宿の窓を突き破り、そして、バグラの目の前へと降り立った。
「あぁ? なんだお前」
バグラは微塵も怯えることなく、ディオニスを睨みつける。
「オレは、魔王第よ──」
名乗ろうとするディオニスだったが、「待ってよ」ある声が遮った。
そこには、二聖仁の姿をした、ニショウ・ジンがいた。
「お前……」
「土を取り込んで変身してみたんだ。やってみるものだね」
ディオニスは驚いた様子だが、何もしらないバグラには何も面白くない。
「あぁ? なんだ、てめぇ!」
「ディオニス、ここは僕にやらせてくれないか?」
「……いけんのか?」
「やってみるよ」
今から闘うというのに、闘気を感じない。
逆にバグラは──
「てめぇら。ぶち殺してやるッ!」
のけ者にされ、なおかつ、この覇気を感じない男に、負けないと思われているのが腹が立つ。
──俺は天才。五つ星の天才だぞッ!
「うあああああ!」
腹の底から雄叫びを上げて、ジンに襲い掛かる。技などいらない。ただ怪力をぶつけるだけ。
その指が、ジンに触れたその瞬間、いや正確には触れるより前に、ジンの掌底がバグラの腕を弾いた。
一時的に無防備にさらされるバグラの胸元を掴む。
脚をまず崩し、バグラの全体重を背中を支点にして持ち上げる。そして──
「ふっ」
地面へ叩きつける。
いわゆる、一本背負投というやつだ。
「ぐわはッ!」
受け身を取ることができなかったバグラ。その衝撃が、彼の内臓を蝕む。
「……お前、闘えたのか?」
ディオニスが目を丸くして聞く。
「ショウと一緒に格闘技は少しやってたんだ。ちょっとぐらいなら闘えるさ」
ジンは「これぐらい」と親指と人差し指で一つまみぐらいのジェスチャーをする。
「テメェ……」
その背後、バグラが起き上がった。
まだ気持ち悪いらしく、顔色は悪い。もう闘うことは難しいか、と思われたが、バグラの身体がぼんやりとした光に包まれる。
「エネルギー、か」
この世界の新法則──エネルギー。
みるみるうちに、バグラは元気を取り戻す。
「テメェ、やるな。どこのもんだ?」
「僕は……使徒だ」
「──はは。使徒だぁ? こりゃまた不運なやつめ」
先程のような激昂した雰囲気はなく、バグラは冷静に笑っている。
「認めてやる。お前は強い」
「まだ投げただけじゃないか」
「いんや、俺は天才だからな。分かんだよ。お前もこっち側だ」
「……」
「いやはや、本当に不運だよお前。お前なら『月光』ともいい闘いができたろうに、できたろうになぁ」
憐みの視線をジンへ向ける。上から目線で、鼻につく。
「──なんせ今日の相手が、俺なんだからなぁ」
口角を引き上げて、いやらしく笑う。
バグラの全身が、赤い光を帯びる。同時に、絡みつくような殺気が、ジンを刺す。
「お前らぁ、水を差すんじゃねぇぞ」
バグラはそう声を上げる。きっと窓から銃口を向けているヘキサの兵士に対して言っているんだろう。銃口がこっちを向くのを止めた。
「いくぜぇ」
ジンに向かって殴りかかってくる。
速度は先程の倍で、エネルギーの恩恵を感じ取れる。
だが、早くなったとはいえ、こいつの動きはなんて直線的。また同じことをすればいいだけ。
またジンの掌底が、バグラの腕を払った。
「──ッ!?」
ジンは驚いたように、後方へ下がる。
掌をとてつもない痛覚が走っていったからだ。
「はは、いてえだろ」
掌をみると、穴が複数空いている。
もしやと、バグラを見る。すると予想通り、彼の赤いエネルギーは棘の鎧を形成していた。
──攻防一体。攻撃力は棘により増し、防御力は言うまでもない。
またバグラが襲い掛かってくる。
なるほど。その大振りもバグラ自身がダメージを喰らう心配がないから、ということか。
「はは、避けてばかりじゃあねぇか!」
ジンは建造物に身を隠しながら攻撃を避けるが、そんなの関係ない。バグラはすべてを破壊しながら押し進んでくる。まるでドリルだ。
途中、ヘキサの兵士がいて巻き込まれたがお構いなし。それすらもぐちゃぐちゃに破壊し、ただこっちに迫ってくる。
そして、ある家の中。ジンは咄嗟に姿を隠す。
「隠れてんのかぁ? ここらへんかぁ?」
棚、机、壁。全部破壊する。
「お?」
人影を発見──とおもいきや、
「なんだよ。鏡かよ」
それは鏡で、映るのは自分。──と、その後ろにジン。
「──!?」
バグラは驚いてジンに裏拳を繰り出す。
それはジンの顔面にクリーンヒットした。
ニヤリと、バグラは笑う。もう奴の顔面はズタボロだ。悪かったな、まだ『聖戦』も控えてるのに。
拳をゆっくりと放す。さあ、どんなひどい顔になっていることやら。
──ひどく、ぐちゃぐちゃになっているのは、バグラの拳だった。
「──馬鹿な」
「いいね、コレ」
意識が飛びそうになるほどの痛みがバグラを襲う。
「──てめぇ、何しや、が……た」
怒りをもって前をみると、怒りも吹き飛んでしまうような光景がそこにあった。
そこには、赤いエネルギーで形成された、棘の鎧を纏ったジンが立っていたのだ。




