第一章 21話 ツタ
「よし。あそこだ」
ニツクダは脚を止めて、もう数十メートル先まで近づいた巨木の根を指さした。
幸運にもそのあたりに大きな瓦礫はなかったようで、その入り口。冷たそうな金属の扉の全身が見えている。
「……普段は守衛がいるんだが。流石にこの騒ぎだ。今はいないみてぇだな」
いよいよゴールを目の前にして、二人の間を緊張が行き交う。
だがここは先にニツクダの方が覚悟を決めてしゃべりだす。
「ショウ、ここからは一人で──」
言葉はそこで途切れた。不思議に思ってショウはニツクダを見ると、彼はある方向をみて身体を固まらせていた。
その方向には──
「あらぁ、ニツクダ。奇遇ね、こんなところで会うなんて」
そこには、日光を受けて銀色に輝く蟲人がいた。
ショウはこの蟲人を知っていた。ここへやってきたときに城へ案内してくれた蟲人だ。
たしか『三甲』のパラジムといったっけ?
「は、はは、パラジムじゃねえか。奇遇だなぁ、クソが」
ニツクダは敵意を剥き出しにする。
「──させないわよ? この国を壊すだなんて」
どうやらこっちの魂胆はパラジムに見抜かれているようだ。
「オイラはずっと言ってんだろうが。このままじゃ姫さんが死んじまうってよ」
「あら、私もずっと言ってるわよね。この国を繫栄させる。それが一番姫様にとって大切なこと」
「姫さんが死んじまったら元も子もねぇだろうがッ!」
言葉に怒りが収まり切れず、ニツクダは地団太を踏む。
あたりの衝撃に、地面にひびが入る。
「それが姫様の本望なんでしょう?」
だが、パラジムは微塵も怯む様子は見せずに、意見は変えぬまま。
「なぁ、お前さんは何のために動いてんだ?」
「そんなの、この国のために決まってるじゃない」
「それがおかしいってんだよ。オイラたちは姫さんに作られた。なによりも姫さんのことを考えて動くのが道理だろ。なぁパラジム、お前さんは、“何”に作られたんだよ……」
「あはぁ、あんた何言ってるのか分かんないわ」
視線は冷たく、交差する。ショウは動けないままだ。
ぽん、ニツクダの手が、ショウの背中を叩く。「任せるぞ」と彼は呟いた。
──その刹那、ショウの横で、光が弾けた。
それと同時に、パラジムに何かが衝突し、彼女は遠く、扉とは別の方向に吹き飛んだ。
衝突したのは、ニツクダ自身。先程までパラジムのいたところに、腕をのばしたニツクダが立っている。
「行け、ショウ! オイラは遅れて行く! 頼んだぞッ!」
そう言ってニツクダはぶっ飛ばしたパラジムの方へ跳んでいった。
その速度は、ショウと闘っていたときをはるかに超えている。
「任せろ」
自分の時は手を抜かれていたという事実に複雑な感情を抱きながらも、ショウは金属製の扉へ走った。
扉は重く、ショウは必死に体を後ろにのけぞらせて扉を開く。
頭が通るぐらいの幅が確保できたのを確認して、ショウは進んでいく。
自然がつくるアーチを進んでいくと、なにやら中心に石板がある空間に出た。
根と根の隙間から光が差し込み、十分に明るかった。
「あれが、墓?」
墓と思われる石板には文字が彫られている、が読めるわけもない。
石板は中々大きく、ツタが絡まっている。
あたりにローリィと思われる人影はなく、石板を回り込む。
「──なッ!?」
そこには、石板にもたれかかり、眠る少女の姿があった。
その少女は、服装こそみすぼらしいものの、ローリィに違いはない。
随分と長い間ここにいるようで、少女にもツタが絡まっている。
「こ、これどうすればいいの」
ここからどうするかは、ニツクダには聞いていない。
気軽く触れていいものかと、棒人間はあわあわする。
「とりあえずツタほどく? ほどいてみる? ほどくぞ!」
分からないなら触らないほうがいい、というのが通説。だがこの男はとりあえず触って試してみるタイプだった。
指のない手でぺたぺたとツタを触る。
「あ、ありゃ。触れば触るほど……ありゃりゃ」
ほどこうとツタを交差させるたびにだんだん絡まっていく。
「わ、ちょうちょ結びだ」
そしていつの間にか結んでしまっているという始末。
何を隠そうこの男、極度の不器用である。裁縫で針に糸を通すのに半日をかけていた男が、こんな複雑なことできるわけない。
もうローリィはツタでぐるっぐるである。
「くそッ、ニツクダさんは今闘ってんのに!」
焦れば焦るほど、ローリィはきつく縛られていく。傍から見ればただの誘拐犯だ。
あまりの複雑さにショウが頭を抱えたその時──
「なんじゃ、おぬし」
少女の声が、この空間に響いた。
それは、ショウの今縛ってるものから放たれた声ではない。口はすでに縛られているからである。
その音を辿ると、そこには見覚えのある魔王が一人。
「魔王、ローリィ?」
ほかの蟲人とは違い、人間に近い姿。
だがその雰囲気は少女のそれとは程遠く、威厳に満ち溢れてい、た、はずだが──
「な、んじゃ、おぉ、お」
目が合うやいなや、頭を抱えてへたり込む。
心配になってショウは近寄る。
ローリィの息はひどく乱れているのが分かった。よくみると、その服も土汚れがついている。
「な、んで。なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで人がいるの?」
そこに正気は感じ取れない。どこか痛ましさを感じる狂気が、彼女から滲み出る。
「ろ、ローリィ?」
「あ、あぁ。違う。いや、違くない。あ、あたしが悪いの。悪い子なの。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいいいい」
「……」
「あたしが全部殺したの、あたしが全部食べたの、あたしが全部ッ」
そこで、彼女の何かが、ブツンと切れた。
「──それで、あたし。いや、我が、守らなきゃ。ならんのじゃ、みんな、みんな。でも、クアガーラを守れんかった。いや、じゃあ、作り直さなきゃ。作り直して、また、守るんじゃ」
また口調が、少女のものではなく、姫のものに戻る。
「我はやるぞ、クアガーラ。それじゃあまずやることは……
一旦白紙にもどすこと、じゃな」
そう勢いよく言い切る彼女の目には、生気が宿っていない。もう自暴自棄になってしまったような、そんな感じがした。
「さ、不純物は消し去ろうかの」
「不純物……」
その生気宿らぬ目で、こちらを見る。自分に敵意を抱いてるだとか、そうでないだとか関係ない。『壺』のものではないから、消す。
「結蟲」
そうローリィが呟いた途端に、あたりが揺れた。またどこかで爆発がおきた、ワケではない。揺れは止まらない、それどころか強まっていく。
──押し寄せてきているのだ。蟲を形作っていた、エネルギーが。
根と根のあいだから、ぼと、ぼと。白い泥が落ちてきて、ローリィへ集まっていく。
彼女は抗うことなく、それに身を委ねる。
そしてそれは、装甲を形成し──
ローリィは巨大な蟲人となる。
虫についてはジンと知識バトルをよくするため、ある程度の知識はもっていたはずのしょうであったが、その姿はショウの知るどれにも一致することはなかった。いや、一致しないというか。様々なものに一致する、と言った方が正しいか。
蜘蛛の目。クワガタムシの角。蟻の腕。セミの翅。蜂の針。蚤の脚。
ビカビカと光りつつ、毛むくじゃら。
その姿は、蟲の王と呼ぶにふさわしい。
「FUSYURURURURURURURURURU」
白い息を吐く。
──正気なんて、ずっとなかった。
ローリィは腕を振り上げて、構えている。殴られる。
そのことにショウが気づいたころには、ショウの身体はその墓地の外へ殴り飛ばされていた。




