第一章 20話 ちゃんと聞くから
「──ショウ。この国をぶち壊してくれッ!」
ニツクダの声が、ショウの中でこだまする。思考回路が一時停止するが、慌てて聞き直す。
「言葉省きすぎだ。もうちょっとちゃんと教えてくれ。俺もちゃんと聞くから」
「あ……ふぅ、すまねえ。オイラも焦りすぎた」
ニツクダは一度深呼吸をして、語りだす。
「ショウ、オイラたち蟲人は生きていると思うか?」
「は? そりゃあ現に目の前で……」
突然の質問に当然の答えだ。
「答えはいいえだ。蟲人は、生き物じゃねえ。姫さんが作り出した人形だ」
「人形?」
「あぁ。オイラたちは適当な泥の『器』に姫さんの『エネルギー』を込められて動いてるだけの泥人形にすぎねぇ」
「俺はその器とかエネルギーとかよく分かんないけど。人形ってこの国の人たち全員が、か? どう考えても多すぎるだろ」
見て回った感じと、あの城の大きさ。ざっと見積もって千人はいるだろう。それだけの人形を動かすとなると、一体どれだけのエネルギーが必要か。エネルギー相場を知らないショウにさえも、それが尋常でないことは推測できた。
「──あぁ。多すぎるし、それに増えすぎた」
重りをつけられた足のように言葉は引きずられる。
「オイラたちは子供を持てる。だが、そこにエネルギーが生まれるわけじゃない。その子供の分、姫さんからエネルギーが引かれていく。そんで今、もう姫さんにエネルギーはもう僅かしか残っちゃいねぇ。言葉の通り、命を削ってオイラたちを生かしている状態だ」
「止めさせないのか?」
「はっ。言ってみたさ。もう止めろってな。だが、姫さんはよ。オイラたち国民の幸せが一番だからと聞かなかった。こっちはよッ……姫さんのほうが何百倍も大事に決まってんのによッ!」
ニツクダの声色に感情がにじんでくる。手からは、爪が食い込んでいるらしく青い血がぽたぽたと地に落ちた。悔しさと、怒りと、無力と。色んな感情の混じった濃い青だ。
「それに、姫さんはここから動けねぇ。ここには特殊なエネルギーの結界が張ってあってな。オイラたちはそこでしか動けねぇし、姫さんがここから出ようもんならオイラたちは泥に戻っちまう……姫さんにはよ。こんな狭いとこに縛られてんじゃなくて、もっと外で、明るく過ごしてほしいんだ」
「……」
「なぁ、ショウ。頼む。この国をぶち壊して、そんで……姫さんといてやってくれ。お前さんも姫さんも、外を知らねぇ同士仲良くやれんだろ」
頼む、と言われた。正直これを承諾するべきかは分からない。すぐにでもジンに意見を聞きたい。レーグはどうするだろうか。ディオニスなら? これは使徒側のためになるのか。分からないことだらけだ。
──だけど今俺は、聞きたいと思った。ニツクダが、俺の知りたかった感情をしっていたような気がしたから。
「──わかったよ。俺は何すればいいんだ?」
「ショウっ……感謝する。お前さんには、オイラと『墓』へ向かって欲しい」
「墓? あ、ヘキサの奴も言ってたやつか……誰の墓なんだ?」
「それはオイラも詳しくは知らねぇ。ただ、姫さんの恩人で、どうやら姫さんがここに国を造ったのは、そいつが要因らしい」
ニツクダは恨めしくそう言った。姫の恩人とはいえ、その者のせいで姫が縛られているから、ということであろう。
「で、なんで『墓』? 魔王ローリィを止めるんだろ?」
「今の姫さんは、俺たちと同じ人形だ」
「え、マジで?」
「ああ。遠隔で動かしてる。で、姫さん本体は墓にいるんじゃねぇかってのがオイラの推測よ」
「推測かよ!」
「仕方ねぇだろ。オイラたち蟲人は墓には入れねぇ。あそこはどうやら結界範囲から外してあるみたいな。この国であそこに入れるのは姫さん自身の人形だけ」
なるほど、話の筋が見えてきた気がした。
「だから、俺に行って欲しいってことか」
「そうだ」
「うっし。分かった。そうと決まれば行こうぜ!」
棒人間は丸い頬をぺちんと叩いて、前を向いた。
急いでニツクダの頼みを聞いて、解決した後、ちゃんとジンやレーグに話をしよう。
「墓はどこにあるんだ?」
「城の根本だ。だが、あの崩壊をみると無事か怪しいな。急ぐぞ」
ニツクダは軽くストレッチをして、身体にエンジンをかけ始める。それをみて、もう身体はすでにふにゃふにゃだが、ショウもアキレス腱を伸ばしてみた。
息が揃ったのを確認して、ニツクダとショウは巨木の根本へ走り出した。
はじめは出遅れたショウであったが、なんとかニツクダと肩を合わせる。
上部が焦げあがって崩壊している城の方へ走っていく。
近づくにつれて、瓦礫の数は増えていった。
道中、瓦礫に巻き込まれた蟲人たちがいた。城の崩壊に巻き込まれ、瓦礫から、青い汁が地に染みている場所もある。
「たすけて」「痛い」そんな声が、微かに聞こえてくる。
だが、ニツクダは脚を止めることなく、城の方へすすんだ。
「お、おい!」
思わずショウが足を止める。それに気づいて、ニツクダも背をショウに向けたまま立ち止まった。
ショウの右手の方向には、瓦礫の下に蟲人が倒れていた。どうやらまだ生きているのか、うめき声が聞こえる。
「助け、ないのか?」
あまりにも悲惨なこの現状を前に、声を震わせながらショウは聞いた。他ならぬ蟲人のリーダー、ニツクダに対して。
「時間がない。急ぐぞ」
答えは短く、帰ってくる。
「泥人形だ。オイラも、あいつも」
「で、でも」
心は確かにある。苦しんでる。痛がってる。怖がってる。
助けたい。
この世界にきて、はじめて他者の生命をこんなに生々しく感じた。今、自分が手をのばせば、その命は助かる。逆に見放すことでその命が失われるのが恐ろしい。
「急ぐ、んだ……」
ショウに背中を向けたまま、絞りだしたように、ニツクダが呟いた。それはショウに言ってるのではなく、ニツクダ自身に対しての言葉だと、ショウは気づいた。彼の身体は震えていた。そこには、蟲人の苦しみも、痛みも、恐怖も、全部背負っているような、迫力に耐えきれぬものを感じる。
ショウは首をぶんぶんと振って「ごめん」とつぶやき、また脚を前に出した。
「一刻も早く姫さんを解放してやってくれ。それが、みんなを救う方法だ」
「……分かった」




