第一章 19話 逃亡
──逃げてやる。生きて、次会ったときにこの魔王を殺す。それでいい。
ただ、まぁなんだ。こっちはゲースティをやられてる。
一発ぐらい喰らわせてから逃げたっていいだろう。
「うらあああああッ!」
腹の底から声を張り上げて、レーグに飛び掛かる。
今確かに煮えている怒りをぶつけながら、ただ同時に冷静な目で敵を見る。
熱く、冷たく、でも決して温くはなく、一見相反する二つを混在させろ。
「クハハ、楽しいな。ヴァニスよ」
ヴァニスの徐々に加速する斬撃を軽々と受け流しながら、レーグは高らかに笑った。
この魔王は一貫して、この闘いを楽しんでいる。ヴァニスの加速する攻撃に対し、それよりも速い剣技を披露するレーグ。そして、それを超えるようにヴァニスはまた加速する。
成長してしまっているのだ。気持ち悪いことだが、レーグとただ打ち合っているだけで、だんだん強くなっているのが分かった。
それが楽しく思ってしまいそうになる。レーグの狂気にあてられて、闘いたいようになってしまう。
だが、飲まれないように、今は怨恨を心に宿し、前を向く。
「クソッ! 殺してやる!」
涙を流して、歯を食いしばって。さも理性が無いように、さもレーグだけを見ているかのように。
そしてここで、ヴァニスは思い切り力を込めて、レーグの剣を弾いた。
「お?」
胴体が空くレーグ、何を喰らわせてくれるのか、期待大といった様子だ。
ヴァニスは槍斧を背後、先端が地に着くほど振りかぶって、
──放つ。
空気が悲鳴を上げ、刃に道を譲る。
その威力はあまりに強大で、風圧と同時にクレーターが形成される。
そう、威力は強大。これを喰らえばひとたまりもないはずである。だがそれは、攻撃がレーグに当たればの話。
「──は!?」
「流石にそれを喰らってやるほど鈍くはない」
レーグは重心を後ろにそらして、斬撃を避けていた。避けられた原因は、あまりに振りかぶりすぎたこと。頭に血が上っていたこと。攻撃がまっすぐ、直線的になっていた。
槍斧はみじめにも地をえぐり、ヴァニスは思い切り刃を振ったがため、腰を曲げ、背中がレーグに見える形になってしまっている。
「これは、終わりだな」
レーグは寂しそうに呟いた。いくら才能があるとはいえ、頭に血が上っていればここまでか。一旦、眠らせよう。
その無防備な背中を打つために、レーグは剣を握りなおす。
渾身の一撃を避けられてしまったというのに、当の本人ヴァニスの表情は、そう、笑っていた。
“この技”は、ココで終わりではない。いや、むしろこれが始まりだ。
敵は油断し、自分は今十分な“助走”がとれている。
まずは手首を軽く一回転させて、刃を上に向ける。そして次に腰を回転させて、全く反対の方向へ体の重心をもっていく。
ここまでの動作を1秒に満たぬ時間で行う。
レーグもここで気づく。まだヴァニスの攻撃は、終わっていないことに。
「──っむ」
もう一度避けようかと思ったが、できない。先程攻撃を避けるために重心を後ろに持っていったのが、ここで裏目にでる。もう後ろへは下がれない。
思いつきの攻撃かと思ったが、どうしてこんなにも技が研鑽されている? まさか、ヴァニスめ、こいつ。理性を失ってなどいないのかッ!!!
「貴様ぁッ!」
ここで初めて、レーグが焦りを声色に込める。
それだけで、ヴァニスは満たされそうになってしまうが、ここは我慢。この一撃を外さぬように集中。
息を深く吸い、脚の先から髪の先までエネルギーを行き渡らせる。身体が張り詰めたエネルギーに震えだす。はやく放ってくれといわんばかりに。
そして今、全身を駆動させてついに腕を振り上げる。
一撃目でつけた大地からの助走を最大限に活用し、太陽さえ真っ二つにせんという勢いで刃を加速させる。
その技の名は、
「──天空堕とし」
格上に一矢報いるために編み出された技。
雲がかかった灰色の空に日が差し射るように、その斬撃は確かに目の前の闇を、レーグの右腕を、その付け根から切り裂いた。
神宝によって形成された輝く剣が、レーグの腕をくっつけたまま空を舞う。
「ははっ、やったぞ。爺や」
ヴァニスは素早く体勢を立て直し、レーグをみる。
「──魔王レーグ。次は、お前を倒す」
槍斧の先をレーグに向けて、宣告する。
「──ッ、逃がさぬ」
ヴァニスの逃亡の気配を察知したレーグ。そこに、楽しむという感情はなく、今はもう怒りが表面にでてきている。いや、これは怒りだけではない。
──恐怖だ。
この男は、いずれ自分の脅威になりうる。危険な存在だと、本能が告げている。
消さねばならない。今ここで。
空を舞っている剣を握ったままの右腕。レーグはその右腕を左手で掴みとり、素早く振るう。
先程までなら斬撃の攻撃範囲の外に出ていたはずヴァニスだが、今、レーグのリーチには右腕の分だけ加わっている。
それはヴァニスを上下真っ二つに分かつには十分。
──捉えた。
逃がすことは、絶対にない。レーグの感覚は今この空間のエネルギーすべてを見通している。
先程までは手を抜いていたが、今度は全力で剣を振るう。灰色のエネルギーが、空気をかき分け、ヴァニスに行きつくまでの斬撃の通路を創り出す。
「死ねぃ!」
その刹那、凄まじい破壊力は切り裂いた──無を。
たしかに今までそこにいたはずの男の姿が、消えてなくなっている。
切った対象を消す、なんて効果を、その剣が持っている覚えはなかった。
たしかにレーグは見ていた。その刃が、ヴァニスの肉体に触れるその瞬間に、彼が消えたところを。
そして現在、ヴァニスのエネルギーを今ここからは感じない。
なぜ、そんなことが起きたか。レーグはすぐに解答へたどり着く。
「──瞬間移動か」
思い当たる節は、あった。あの『三甲』を切り裂く際も、一度ゲースティを殺そうとした際もそう。奴は意識の外から姿を現した。
そして目の前であったこの出来事を合わせれば、おのずと導かれる。
レーグが呆然としていると、背後の方から笑い声がした。
「ゲースゲスゲス、逃がしちゃったでゲスねぇ。いいでゲスか? お前は絶対に、坊ちゃまによって殺されッ──カハッ」
無意識のうちに、この老人を刺していた。刺さなくてももう数分もすれば絶命しようとしていたこの男を。
それも一度ではない。
ザクザクザク、執拗に腹や頭をえぐる。老人の呻き声がしなくなってもなお、無言でえぐり続ける。
もうそれが、人であったと認識なったころ、レーグは我を取り戻した。
「む? なんだ。吾輩は何をしている?」
全く別人になったかのように、今までの行いを振り返る。
「クハハ、これが恐怖か。ふむふむ、なかなか面白いではないか」
内臓をいぶされているかのような感覚は、レーグには初めてだった。
新たな感情との出会いに感傷に浸っているレーグだが、ここであることに気づく。
「そういえば……ローリィ殿は?」
あたりをみても、エネルギーの衝突によって荒れた土地が広がっているだけで、あの少女の姿はどこにも見当たらない。
ちょっとばかし、夢中になりすぎたようだ。




