第一章 18.5話 ヴァニスとゲースティ
「「「おおおおおおっ」」」
武装国家ヘキサ、その訓練場にて響めきが起こった。
その日は、剣の模擬戦訓練の日であった。
少年ヴァニスが齢13歳にして、星4つの兵士を破ったのである。
類稀なるその剣才の産出を、ヘキサは喜んだ。
彼の父──ブリスは、胸に六つの星をつけた、いわゆる総督にあたる最高権力者の1人であり、ヘキサ一番の剣術使いであった。
「すごいじゃないか! ヴァニス、流石は俺の子だ!」
そうやって喜んでいる父の顔を見ていると、自分もうれしくなった。
「ほんとうに、すさまじい成長でございますでゲスな。坊ちゃんはヘキサの宝でゲス」
母親は生まれたばかりの弟の世話で、父は仕事で忙しいため、ヴァニスの面倒はゲースティが見てくれていた。彼も総督として忙しいはずだったのだが、「私は研究職なので常に片手は空いてるんでゲスよ」と言って世話してくれた。
──当時、武装国家ヘキサは、国家として世界に名乗りでて、わずか5年と若かった。
国家成立のセレモニーでは、普段はスチームパンクな街が華やかに飾られていたので、ヴァニスの記憶にも色濃く残っていた。
“武装国家”だなんて物騒な名前をしているが、実際は兵器を生産して、他国に売りさばくぐらいで、片っ端から他国に戦争を吹っ掛けるような、そこまで好戦的な国ではない。
そんな環境で、ヴァニスはいずれ父と肩を並べて、この国一番の兵士となるために、日々訓練に繰り出した。
だんだんと剣技は磨かれ、自分が強くなっていくのが分かった。
そして、月日は流れ──
──6年後。
「「「────ッ!?」」」
同国、訓練場にて、その場にいた全員が、息をのんだ。
彼の父、ブリスが、一対一の剣の訓練で敗れたからである。
ヴァニスの弟、幼年ヴァイスが齢6歳にして、父を倒した。
類稀と言っては言葉が足りない、余りにも圧倒的な剣才の産出に、その場の者たちは、恐怖した。
ヴァニスも、恐怖する者の1人に過ぎなかった。
今まで積み上げてきたものを、へし折っていく、そんな才能。
その日を境に、父の地位は、弟のものとなった。
そして、弟がこの国に与えたのは才能に対する恐怖だけではなかった。
──野心である。
天にも届きうる神がかったその剣才は、武装国家ヘキサを別の方向に突き動かした。
「これより武装国家ヘキサは、国家としての神を目指すものとする!!」
ヘキサに最高権力者たる総督は6人いて、形式上権力は同等となっているが、実際はその中にもリーダー格の者が存在する。
その者がそう言った。
この宣言は、これから世界と、ほかの勢力と闘っていくという宣言に等しい。この神なき世界で、全生物の原点にして頂点、唯一の最強──神となろうとする者は少なくはない。それこそ、『伝説』どもを敵に回すことになる。
だが、その『伝説』にこれから成るであろう才が、ヘキサには誕生してしまった。
これより武装国家ヘキサには、戦争の時代が訪れる。
それでもヴァニスは剣術に打ち込んだ。これまで以上に。父を超え、弟を超え、この国一番の兵士になるために。
──だが、天才との溝は深く。
「弱いなぁ、兄貴」
模擬戦で打ち負かされたあの日に聞いた言葉が、耳にこびりついて、いくら剣を振るおうととれなくなった。それどころか、剣を見るたびにあの何もなせずに負けた光景がよみがえる。
でも、負けたくなかった。これまで剣に注いできた月日を才能なんてものに否定されたくはなかった。
毎日ふらふらになるまで剣を振るった。剣を握ったまま倒れて、次の日になることもあった。周りからは、弟と比較されては、剣を諦めるように言われた。でも、逃げたくはない。目をそらしたくない。
「もう、剣は止めてはいかがでゲスか?」
傍から見ても心身ともに健康的でない様子のヴァニスに、ゲースティは告げた。
「──止めない。爺やまでそんなことを言うのか?」
ヴァニスは裏切り者を見るような目で、ゲースティを睨む。だが、ゲースティは怯むことなく、ヴァニスの目を見た。そこには確かな覚悟があった。
「坊ちゃま。いくでゲスよ?」
「──は?」
「ゲスううう!」
突然、ゲースティはヴァニスの腹部に向かってパンチを打ち込む。普段から鍛えているヴァニスにとってもちろんダメージはゼロ。逆にゲースティの方が手首を痛めたらしく、目に涙を浮かべている。
「爺や……何を?」
困惑したヴァニスは怒りも忘れて、ゲースティに問う。
「坊ちゃま、貴方は今、剣しか見えなくなっているのでゲス。ほかにも才能があるかもしれないのに……」
「し、しかし……今更銃だの槍だのを始めても、遅いんじゃないか?」
「その肉体が、あるじゃないでゲスか」
その肉体、というのは、この身体についた筋肉のことか。先程も、ゲースティの拳を弾いて見せた。
「例え剣を止めても、その筋肉はどこかへ行ったりしないでゲス」
「でも、剣を捨てるのは……逃げることで……」
「何からでゲスか?」
「何、って……」
「坊ちゃまは、何がしたいんでゲス? 最強の剣士になることでゲスか?」
僕は、何がしたかった。そうだ、この国一番の兵士になりたかった。
「この国一番の兵士に、でゲスよね。剣はその手段に過ぎないゲス」
「……」
「逃げたって、いいんでゲス。どんなに遠回りしても、ゴールにたどり着ければそれで。だから絶対にゴールだけは見間違えないようにするんでゲス」
「爺や……」
「さ、一旦。剣は止めにするでゲスよ! ほら、坊ちゃん、こんなのどうでゲスか、鎖鎌!」
「ああ、やってみようか」
こうして、ヴァニスは様々な武器を試し、現在、槍斧を試している最中である。
だから、ヴァニスとゲースティにとって、“逃げる”というのは思い入れ深い言葉となった。




