第一章 17話 偽物
「吾輩は魔王第二柱──『灰塵』のレーグである」
澄み切った空を割き響いた低音に、ゲースティはその身を震わせた。
魔王、それも第二柱。その名を聞いたことのない者などいようものか。
しかしなんたる誤算。まさか、ここにローリィ以外の魔王がいたとは思わなかった。
何故ここに? 何故自ら出向いた? 何故、今まで音沙汰の全くなかったあのレーグが? 疑念が渦巻く。
続く沈黙に、レーグは首を傾げた。
「うむ? なぜ……攻撃してこない?」
「は?」
放たれた言葉は、意味の分からないものだった。
「貴様の古代兵器だが、中々に良かったぞ。古代兵器にしては類を見ないほどの良質なエネルギーではないか」
何を言うかと思えば、ゲースティに対する賞賛の言葉。
「そっちの……ヴァニスと言ったか? 貴様もいい太刀筋をしている。あの蟲人の甲殻はそう簡単に断ち切れまい」
「…………」
意味の分からない言動に、二人は言葉を失う。
「だから、もっと吾輩に見せてくれ。まだ貴様らにはできる。まだ、輝ける。今すぐ消すには惜しい、あまりにも惜しすぎる」
だから、お前と闘えというのか此奴は。
我らが勝てないということを前提に、あがいて見せろと。
「ゲスっ、ゲススっ」
ゲースティの口から漏れたのは、笑い声。
「魔王ごときが、調子に乗ってんじゃないでゲス」
卑屈に、口角をへし曲げて笑う。
その言葉の真偽は定かでない。だが、そこにあった恐怖は本物で、震えが止まらない。
しかし、それは得体の知れないモノに対する恐怖で、決して力差への恐怖ではない。
自分は、武装国家ヘキサの総督が一人『百心』のゲースティだ!
この闘い、勝てる。我が武装国家の技術力が魔王すら凌駕することをここに今証明する。
「坊ちゃん、連携H6でゲスっ!」
「──ぁ、ああ!」
坊ちゃんと呼ばれたのは、紛れもない、ヴァニスであった。
「クハハッ、そうだ、偉いぞぉ」
高笑いをあげるレーグの元へ、ヴァニスが駆ける。
そして刃を風に乗せ、今。
狙うは、肘の関節。鎧の隙間から斬り落とす。
「それは、難しくはないか?」
だが狙いは空しく、見通されていたらしい。
たしかに、レーグの言う通り、その急所を狙うのは実に困難が極まる。
それはさながら自由奔放に空を駆けまわる蠅を打ち抜こうとするようもの。
──金属が衝突し、火花が起こる。
「ウッ」
刃を伝い、腕まで上りくる衝撃に、ヴァニスは顔を歪める。
まるで自分の放った力がそのまま帰ってきたかのよう。
ほら、予想が当たっただろうと、レーグはこちらに笑いかける。
「言っただろ、う?」
レーグは刃の触れた場所に違和感を抱く。
そこには、本当にわずかな、白い傷。
だが、ゲースティの銃でも傷一つつかなかったその黒い鎧に、一矢報いたという事実は大きい。
「──く、ク」
驚いているのか、レーグはわなわなと震えだす。
「これっだから、これだからッ」
その言葉に眠るのは、怒り、悲しみ──それとも。
「闘いは止められないッッ!!!」
狂気か? いや、狂気である。
「我が装甲に傷をつけられるとはッ──うぅうううむ。こんな出会いもある、か」
……何故、自分の鎧に傷がついて、此奴は悦んでいる?
ヴァニスの心に宿った黒い雲。
「喜んで良いのは、お前じゃないッ!」
お前はその立派な鎧に傷がついたことを嘆け。少しくらいは、嘆いてくれ。
「うむ。だから分かち合おうではないか。吾輩嬉しい。貴様も嬉しい。それでどうだ?」
ブンと振るわれた斬撃を躱し、後ろに下がるレーグ。
それをヴァニスは追わない。追撃の必要は、ない。
「──サンクス、ヴァニス。準備ができたでゲス」
少し離れた位置から、緑の光が染み出している。
それを目で追うとそこには、成人男性一人ほどの鉄塊が怪しく緑に淀んでいる。
「ゲス・リトルブレス」
鉄塊の側面の凹みを、ゲースティのしわくちゃな掌が叩いた。
途端に鉄塊が竜頭を型作り、うねる。
そしてその喉は、レーグの胸を捉えていて。
光が、こぼれだす。
「ほぅ」
閃光と呼ぶには巨大で、閃光と呼ぶには速い。
出力と同時に、地面が、空気が震える。
闇と、光の衝突。
本来混ざりあうことのない相対する存在が、互いに相手を呑まんと猛る。
しかし、その貪り合いに、自然の摂理が敗北した。
ぐちゃぐちゃに、混合物となって爆散。
その摂理が崩れる音は凄まじく、ただ、縦横無尽に破壊が駆け巡る。
ゲースティの身体が地から離れ、吹き飛ぶが、ヴァニスがその手をしっかり握っていた。
光と闇の反応で残るのは、灰。
煙が隙間はないかとじっとり素早く駆け巡る。辺り一帯に立ち込める灰色が、結果は未だと焦らす。
「やった……で、ゲスか?」
緊張の詰まった喉の奥から、声をかき出す。
「どう、だろうか」
ヴァニスも釣られて呟き、煙の額縁の中にレーグを描こうとする。
だが、描けることなどあろうものか。
先程自分が放った斬撃をはるかに超える破壊力。武装国家ヘキサが誇る『百心』のゲースティの最高火力。
ましてや竜の息吹を模したその古代兵器に耐えうる鎧などあろうものか。
ゲースティの横顔に宿る自信と希望。
──報われる。
これで、あの魔王第二柱を倒せたならば、我が古代兵器の研究は間違えていなかったことが証明されるのだから。
我が生涯に、価値があったと、証明されるのだか、ら。
「──安心したまえ、貴様に価値はない」
白よりも黒く、黒よりも白いその灰色の世界から。
虚無へと誘うが如き腕がゲースティへ伸びていく。
それはゆっくり、のろく、たしかに、間違いなくゲースティの腹部に触れた。
途端に、世界は正常な時間を取り戻したかのように小柄な体は真後ろに吹き飛ぶ。
意外に質量があったのか、甲高い破裂音が鳴り響き、ゲースティが壁に衝突する。
「──ッ!? 爺やッ!!」
反射的にゲースティのことを爺やと呼んでしまった。
だが、ヴァニス本人もまだそれに気づかないほどに、事態は彼らにとって最悪で。
今すぐにもゲースティの無事を確かめたい。しかし、目の前に隠れる脅威から、ヴァニスが目を離して良い理由などない。
そのジレンマが、ヴァニスの血液に負の感情を巡らせていく。
そしてそれを加速させる声が、晴れゆく煙を分け出てくる。
「そもそも兵器とはなんだ? そうだ。『神宝』を人間の手により作ろうとしたものだ」
詰まるところ、
「偽物」
レーグの兜が、血を吐き続けるゲースティを見下ろし続ける。
「確かに貴様の古代兵器は素晴らしい。だが、それは兵器という狭い世界だけの話……
吾輩にも、兵器に希望を抱いた時期は少なからずあった。いや、今の今まで期待をしていたのかもしれぬ。それ故に、それ故にッ──
がっかりだ!!」
そう雄叫びをあげる兜の奥深くまで根を張った絶望。
「──ゲ、すッ、ゲススッ。うるせぇでゲスよ、小童が」
レーグの方がゲースティの何百倍にもなる長い年月を生きていることは、様々な記録から分かっていた。
だがそれでも、レーグを小童と言った。
その真意は、ゲースティ本人にも分からない。
ただ、腹が立って。ただ、憎くて。ただ、申し訳なくて。
「…………うむ。仕方ない、か」
レーグは独り言のように呟き、頷く。
そして、「あ、そうだ」となにか閃いたように手を打った。
「せっかくだ。新しいのを試そうではないか」
そうしてどこからか取り出したのは、赤と、ほかにも鮮度の高い色の混じった細長い結晶体。
一見ただの宝石のようだが、その輝きの奥に確かに、血液が通っている。
生きているのだ、その石は。
「……ぁ、神、宝」
レーグが説明するよりも早くに、ゲースティは気づいた。
「お、正解だ。新しく仕入れたのだよ。この『永久炭』を」
まるで、新しい玩具を自慢する子供のように、レーグは語る。
『神宝』 神の遺物とも呼ばれる、この世に散らばる武具である。
その希少価値というのは言うまでもなく、もし新たに神宝が発見されたとなると、戦争さえ起こりうるほど。
だが、この世の力の均衡が崩れうるだけのモノが、そこには秘められている。
「貴様に見せてやろう。本物の、神秘のエネルギーを」
そう言って、永久炭の先をゲースティの方へ向ける。
しかしゲースティには、爆弾を目の前に置かれた蜂のように、ただ震えて睨みつける以外に何も出来やしない。
折れたあばらの骨が、逃げようとする身体を撃ち留めている。
ゲースティの尖った鼻に、チッと熱い空気が触れた。
(あぁ、私は死ぬのゲスか)
突きつけられた“死”を前に、ゲースティはそっと脇の力を抜く。
死を認めて、受け入れてしまう。それほどに、肌に感じるエネルギーは知恵の実のように甘くて。
「さぁ、死のうか」
光が、口付けのように優しくこちらへにじり寄ってくる。
「──やめろぉおおおおおおおおおおおお!!」
ゲースティのそっと閉じたはずの目は、いつの間にか開いていた。
その目に映るのは、レーグの肩に振り下ろされた煌めく刃。
我が最高の古代兵器でも傷一つ付かなかったその鎧が、沈むように凹んだ。
だが、怒れる刃がそこで止まるはずもなく、素肌ぐらい、骨肉ぐらいみせたらどうだと、徐々に食い込んでいく。
「なにぃ?」
レーグの喉から、驚いたような声がもれた。
なんか話区切るとこ変。すみません。




