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一次元転生  作者: K省略
第一章 蟲国編
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第一章 15話 フィグザムとカーブ

「第二ラウンドッ!」


 声と同時に、血が飛び出るが、少年は気にしていない様子だ。

 腹部の骨だって何本も折れているはずなのに、彼に痛覚はないのか、武を構えるその姿勢に一寸の曇りはない。


 今、俺が対峙しているコイツは一体……

 人間も蟲人も、得体の知れぬモノに抱く感情は“恐怖”である。


「なんで、動くんスか?」


 あれほど痛めつけたはず、動くたびに折れた骨が内臓に突き刺さり、血が喉へ昇ってくるはずなのに。

 フィグザムはそれでもこっちに跳びあがり、飛び蹴りの形を空中で作る。


「なんでッ、動かないッッ!!」


 ボロボロの少年が跳ぶように動いているのに比べ、カーブ動くのは口だけ。

 そのおしゃべりなお口を、フィグザムの蹴りが黙らせる。

 パンと、破裂音を上げ、カーブの身体が吹き飛んだ。


「クッソぉおおおおッ!」

 カーブは飛ぶように起き上がり、悔しさを咆哮として叫んだ。


 なんで、なんでこうなった。

 自分の勝率は限りなく百に近いはず。はずだったのに!

 なにが彼を変えたのだ。このたった数秒間で。

 怒りに近い恐怖が、カーブを包んでいく。


「ダメだ! 俺がここで負けちゃダメなんスよ!」

 それは誰に当てた言葉でもない、自分への戒め。


「ここでお前を殺すッ、それが姫様のために俺が出来ることッ!」


 愛する国のために、姫のために。

 守るものがあるから、闘わなきゃいけない。

 揺れる世界の中で、フィグザムを確かに捉え、カーブは後方に手のひらを向けえる。


「エクスプロムスパートッ」


 同時に、手のひらから発生する爆発。

 爆風でカーブの体がフィグザムへと加速する。


(コイツを相手取るには、これしかない。固定される前に、攻撃態勢を作って、そのままぶっ飛ばす!)


 ピク、予想通り、空中にて身体の自由が無くなる。

 だが、我が自慢のこの角が、貴様の頭を捻り飛ばそう。


「──ッ!」

 捻り飛ばそうというのに、捻り飛ばそうというのにッ! 何故、この少年は笑っている?


 …………笑うな。笑うんじゃねぇ。

 俺を、蟲国を笑うんじゃッ


「ふんッ」

 鈍い音が鳴った。


 それは決してフィグザムをカーブが討った際の音ではない。

 むしろその逆。フィグザムの正拳が折った角の悲鳴。

 少年の拳から、泥のようにカーブが崩れ落ちる。

 意識が、闘気が蒸発する。

 地に膝をつく。肩から腕にかけて力が入らない。


(俺、今、あれ? なにされたんスか?)


 フィグザムがやったことは単純である。

 カーブが間合いに入った瞬間、固定を止め、正拳突きを放った、というだけ。

 それだけなのに、カーブの意識が刈り取られようとしている。

 これで、三度も頭を打たれたということになるわけで、深刻なのは外部より内部。

 脳が、もう闘うのを止めろと泣いているのが分かる。


 ──でも、


「ぁ、て、たまるか」


 輪郭を失った世界に、足をつき、立ち上がる。


「負けてたまるかッ!」


 吠えろ。地面があやふやなら、この足で、世界を描いてやればいい。


「姫様のために、俺は闘わなきゃならないッ!」


 だが、コイツは、コイツだけは描いてやらねぇ。

 俺たちの蟲国に、不相応。こんな奇妙なアクセントは作品の毒にしかならない。


「死ねぇえええええええええええええええええ!」


 固定なんざ知らない。

 そんなんじゃ俺の筆は止まらない。

 全身を燃やせ。

 この足で描く。この脚で消す。

 さぁ、ここは真っ赤に染めておこう。

 絵具に還れ。還ってくれ、強き少年。


「ヒャハハ、うるさいよ」

 

 無慈悲に、カーブの描く夢は消し飛んだ。


「カハッ」

 赤く血濡れたフィグザムの顔に、カーブの青い血が上塗りされる。


 硬い装甲に覆われたはずのカーブの腹部に、手刀が突き刺さっている。

 そして突き刺さったまま、離れない。

 鳥の声。風の音。葉の影。動き揺れる世界の中で、時間に取り残された二人がいた。


「ヒャハッ、あと何秒持つかな?」

 なるほど、待つつもりか。カーブの命が途絶えるまで。

 刺されている部分から、何か熱いものが流れ出ている。

 どくどくどくどく、生命が、主人のもとを去っていく。いや、主人のもとへ還って行っているのかもしれない。


 ──兄貴。もう、いいスか?


 もう、無理だ。ここからの挽回は、望めない。

 あと五分もすれば、自分の魂はローリィの元へ還るだろう。


「俺の、蟲国騎士団の俺の、負けっス」


 ならば、最期にこの者と語ろうか。


「うん。そうだね」

 フィグザムもどこか悲しげに頷く。


「……だから、だから」

 ここまで闘ってきたのは、蟲国としてのカーブ。

 だから、



「こっからは、ただの闘士としての俺っス」



「はぁ?」

 やっと、この少年から笑顔が消えた。


「──跋蟲」

 小さく、カーブは呟く。

 それは、蟲人としての自分を捨てる時の呪文。姫の元へと還るときの呪文。

 フィグザムの手が刺さったあたりの硬い肉が、どろり液化する。


「なにッ!?」

 フィグザムは即座に固定を止めて、後ろに退いた。

 だが、カーブはそれを追わずに、立ち尽くすだけ。


「さぁて、始まっちまったっスねぇ」

 ゆっくりと、腹部が溶けうねっていく。


「これであと十五分ってとこスかね」

 生命の僅かな延長。だがカウントダウンは着実に迫り来る。


「さ、早いうちに殺っちゃうっスよぉ」

 そう言ってストレッチを始めるカーブを、唖然としてフィグザムは見る。


 この勝負、別にフィグザムが受ける必要はない。

 十五分程なら固定しておけばいいし、第一逃げればなんとかなる。

 しかし、それはフィグザムも万全の状態ならばであるが。


「ヒハハ、奇遇だねぇ。オレっちもあとちょっとで死にそうなんだよねっ」

 我が骨が、我が内臓を突いている。痛みが、猛烈な苦痛が自分を襲う。

 笑ってないとどうにかなっちゃいそうなほどに。


 さて、終焉の時間は近い。人生最期。この魂を堪能せねば。


「ちなみに、お前の名前なんスか?」

 カーブは思い出したかのように名前を聞く。


「フィグザム・プロイベレ」


「カーブっス」


 二人の戦士が名乗る。

 それは、互いに戦士として認め合った確たる証拠であり、

 ──闘いの始まり


「うっしゃッ! 第三ラウンドぉ」



 静かに、カーブは息を吐く。

 体中に巡りゆく熱い感覚。

 今すぐにも肉体が弾け飛びそうになる程に、波打つエナジー。

 対峙する、好敵手を見据え、今。


「シャッ」


 走り出す。目前の少年の元へ。


「ハハハ、いいねぇ」

 少年はまた笑う。だが、先ほどのように邪悪には見えない。

 心から闘いを恋する、戦士としての無邪気さのみの、かわいらしい笑顔だ。


「だけど、それじゃあ同じ結果だよ、カーブっ!」

 我が間合いまで引っ張って、引っ張って、

 ──固定。


「さ、まぁずワンダウンかなぁ?」

 目の前で固まるカーブ。彼の腹からはぼとぼと青い粘液が垂れ落ちている。

 にやりと口角を歪めて、彼の意識よりも速く、フィグザムは拳を放つ。

 

 ──カッ 光が赤く燃え上がる。


 しかし、そんな意識よりも速く、永く、カーブは身体を爆発させる。

 熱い風が、フィグザムの全身を押し飛ばす。


「バハッ」

 フィグザムは何とか踵を地に突き刺し、耐えた。――いや、頭からは新たに血が噴き出している。


「おう、どうスかフィグザム。俺の作戦は」

 カーブは煙が出ている首の関節を直しながら、こちらへ歩いてくる。

 カーブの作戦とはつまり、常に小さな爆発を起こしておくこと。そしてタイミングが来た瞬間に、カウンターとして爆発を大きくする。

 こうすることにより、瞬時に攻撃が可能となり、同時に、フィグザムの固定の瞬間が分かるということである。


「まぁまぁだね」

 フィグザムはこういうが、ダメージは大きい。

 ぼやける視界を正すことで精いっぱいである。


「あぁ、効いてるみたいっスね。良かったぁ。これやるともう明日からは骨と筋肉が使いものにならなくなるから、必殺技的な感じあるんスよ。まぁ最も……


 俺らに、明日はいらないっスよね!」


「ヒャッハハハ、そうだよぉ」


 そう、この者たちには、“現在”しかない。

 過去も、未来も、いらない。

 今この瞬間だけが、彼らの宝なのだから。


 あぁ、もう国のことも、姫のこともどうだっていい。

 この闘いに身を賭すことが、我が人生。

 こうして闘うことはもう義務じゃない。自分の意思だ。


 フィグザムと闘いたいという意思だけが、絶命間際のカーブを突き動かす原動力。


 ──拳よッ、脚よッ、跳ねるたびに燃え上がれ!


 フィグザムの圧倒的技術力も、俺が力で受けきってやるッ!!

 拳を交えるたびに二色の血しぶきが上がる。

 だが両者、少しも怯えることなく。否、むしろ楽しんで、次なる拳を突き出す。


「ああッ! このクソみたいに燃費悪いエネルギーの使い方も、こんなに楽しいなら──」

 腕を突き上げれば、肉が裂ける音がする。だけどもう、関係ない。

 


「なんて、リーズナブルッッ!!!」



 フィグザムの腹に入った、全力の一撃。

 捩じり入れるようにしたその拳の破壊力は、大砲にも及ぶ。


「──ッ!?」

 目を見開き苦痛を口から吐くフィグザム。

 宙高く飛んだ身体が、ようやく地に落ちてくる。

 すぐに顔を上げ、カーブを固定するが、この負担は不味い。とっさに行ったこの固定も、もってあと数秒ほどか。


「ヒュ、ハッ、ハ……やるじゃん。でもね、ハッ、言うほどリーズナブルかなぁ」

 痛みを笑い飛ばし、カーブに問いかける。

 それは決して嘲笑ではない。カーブの編み出したエネルギー機構を認め、そして、


「オレっちの方が、よっぽどイイぜ」

 フィグザムは脚を肩幅に開き、背は曲げ、左手は顔の前に、腰辺りに手左を向ける。

 古代樹国から伝わる拳法──『巨枝技』

 攻防一体のバランス型の拳。ただし必見すべきは、その速度。


「ヒャハッ」

 フィグザムがカーブのもとに型を崩さぬまま跳び寄る。

 そして加速させた右腕が、カーブの頭、肩、腹の三点を撃つ。

 その速度故に、まるで一撃のように見える拳。


「ばッ」


 カーブが後ろへよろける。

 そしてこのタイミングで、固定。

 爆発? そんなもの気にしていたらキリがない。血しぶきをあげる弱っちい腕など、我が墓に持っていく必要は、ない。

 必要なのはこの生涯が刻まれた魂と、


 ──勝利という勲章のみッ


 そして、この強敵には、最高の敗北をッッ

 カーブの肩に脚の爪先を引っ掛けて、もう片方で蹴りを、放つッ。


「どうかなぁ?」

 最短距離で放たれる、完成された一撃は。

 無言で立ち上がるカーブ。口からは重力にかき混ぜられた青い血が滝のように流れる。

 ふらついているが容赦はしない。

 バッと、素早く近づき、両脇を締め、腕を引く。

 赤く燃えあがる爆炎も、関係ない。

 自分は、自分のしたいことをやらせてもらう。

 

「ミニマムでぇ」


 赤く輝き弾ける血しぶきの中で、フィグザムの眼は鋭く、カーブを捉えている。

 そして、音よりも速く、いや、文字すらも置き去りにして

 ──                        ────放たれる、拳。

──

 

「マキシマムな一撃じゃん?」

 カーブの腹の右部分に、キレイにひとつ穴が開く。

 そして、仕上げに、


 

「最ッ高に、エコじゃんッッ!」



 まっすぐ垂直に、カーブの顎を蹴り上げる。

 まるで、カスタネットでもなったかのような、高い打音が鳴り響く。

 プス、プス。カーブの帯びていた熱が、冷めていく。

 生物としての限界が来たのだ。

 必要不可欠な器官も欠け、腹のあたりはもう原型はない。

 だが、だがそれでも。


「──負けたくねぇー」

 今、地に頭をつけば、それは敗北を意味する。


 カーブとフィグザムの距離は、およそ五メートル。

 絶対にこれ以上、致命傷を喰らわぬ、フィグザムは攻撃の時以外はこの間合いを取り続けている。

 たった五歩。一秒にも満たず詰められる距離、なのに。


「動かないもんは、仕方ねぇスよ」

 恐らく、脚の筋肉が、神経が切れているのだろう。主であるはずのカーブが何度動けと命じようとも、返事はない。

 ──ならば、


「……カーブ、なんのつもり?」

「見てわかんないスか?」


 カーブは腕を大きく広げ、ただ立っている。

 それは決して攻撃を受ける態勢ではない。愛人を抱擁するために広げられた、無防備な胸。


「そっちから来いって行ってんスよ」

 だが、カーブの目に確かに宿る戦意。

 それがフィグザムに再び戦闘の渦中にいると認識させる。


「ヒャハハハ、じゃあ終わらせよう」

 さぁ、カーブの次なる行動をすべて予測しろ。


 あの腕からの爆撃、対策済み。

 爆風を乗せた蹴り、対策済み。

 頭突きも、突進も、爆撃も、カーブがどう動こうと、フィグザムにはすべて見えている。

 カーブに飛び掛かるフィグザムの握った決着の拳。

 拳がとらえたお前の頭、逃しはしない。

 さぁ、動け。その瞬間にお前を固定し、カウンターを決めてやろう。

 

 ──バサと、柔らかい音がした。


「え?」

 フィグザムの口から漏れる、気の抜けた声。

 カーブは、動かなかった。否、フィグザムが飛び込んで来てから、動き出した。

 背中まで回された腕が、フィグザムを優しく包み込む。

 これは、背骨を折ろうとしているわけでも、技にかけようとしているわけでもない。

 ──ハグ、というものである。


「え、は? 何してんの?」

 困惑、怒り、様々な感情の入り混じった声を荒げるフィグザム。

 脚をバタバタと揺らし、逃げようとするが、それだけは許すまいとカーブも強く抱きしめる。


「ぉ、だ」

 小さくカーブがつぶやいたのを、フィグザムは聞き逃さなかった。

 しかし、フィグザムは聞き返した。それが許容しがたい言葉だったから。


「今、なんて?」

 カーブは、息も絶え絶えだったが、今度は力強く、もう一度言い放った。


「──チェックメイトだ」


 勝利宣言を。

「ハハ、どういうこと?」


 フィグザムはカーブに聞く。

 何故、自分が敗北したことになっているのか。


「俺、自爆できるんス」

「……」


 すべてを理解した。

 し、しかし。


「でもオレっちが、固定を解かない限り、カーブは動けないでしょ?」

「フィグザムが今、俺を固定していないのは何故なんスかね」

 フィグザムの小さな背中に、カーブの指が動く感触が伝わる。


「十秒と持たないんスよね? エネルギー」

「………………」

 その沈黙は肯定を意味する。

 固定は最長三十分間可能である。しかし、それは万全の状態ならばである。

 今、死期がすぐそこまで迫る今、固定はもって十秒はおろか、五秒ほどだろう。


「あぁ~」 

 観念したのか、フィグザムはため息のような声をあげる。


「そっかぁ、負けたかぁ」

 防波堤が壊れたように、言葉は続く。

 言葉だけではない、涙が、カーブの背中に零れた。



「ヒャハ、ハハハ…………悔しいねぇ」


「俺は、楽しかったスよ」

 

「それは、オレっちもそうだけどさ」



 二人の戦士は言葉を交わした。どれも短く、どれも大した意味はない。

 ただ、最期に話したかっただけ。

 言葉の掛け合いが終わり、沈黙が、二人の間に流れる。


「さ、早くやっちゃってよ」

 目を合わせることなく、フィグザムはそう言った。


「ほら」

 続けて、フィグザムは言う。だが反応がない。


「ほら!」

 語気が強まる。


「ねぇッ!」

 分かっていた。分かっていたのだ。


 カーブはもう、死んでいる。


 そもそも、自爆なんてする必要はない。ただ、抱き着いて、腕から爆発を放てばいいし、それに爆発耐性だってもっているだろう。


「なんの、つもりなんだよぉッ」

 動かなくなったカーブの肩を殴る。

 だが拳はカーブの液状の身体の中に沈んでいく。

 ──同時に、フィグザムの身体が青い泥とともに地に落ちた。


 もう、立ち上がる力も少年には残っていない。

 いや、立ち上がろうという力ですら。


「どうせ死ぬんだから、最期くらい、ちゃんと負かして、く、ぅ」


 泥人形の光のない瞳から、青いものが垂れた。

 

 ここに、二人の戦士がいた。

 その熱き闘いはどこにも刻まれることが無く、青い寂寥感ばかりが沈殿して。


 勝者のない闘いが、そこにはあった。


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