第一章 12話 頼み
「ふぅ」
ショウは短く息をついた。
闘いが終わり、心地よい風を感じる。
落ち着いてくると、あたりがざわざわとしているのに気づいた。逆に今まで戦闘に夢中であたりに気を配る余裕がなかったことを自覚する。
あたりの蟲人は、『三甲』たるニツクダが倒れたことに、驚いているようだった。
それも卑怯な手で負けたわけではなく、正面からぶつかっての敗北。その“意味”をまだ、ショウは分かっていないまま。
「あー、いってぇ……」
ショウの後方、ニツクダが強く打ち付けたであろう肩を抑えて立ち上がった。
「──!」
まだ立ち上がるとは微塵も思ってはいなかったショウは驚いて臨戦対応をとろうとするが、ニツクダは「あぁ、もう闘う気はないさ」と両手を上げた。
「お前さんに話したいことがある、と言いたいところだが、流石に暴れすぎたな。人が多すぎる。場所を移そう」
「死刑とかの話じゃない?」
不安そうにショウが問うと、ニツクダは笑って、
「はは、露出で死刑なわけないだろ。ただお前さんと闘うための口実よ」
「──はぁ?」
「まぁまぁ、そこ含め話をするからこっち来い」
言われるがまま、ショウはニツクダの背中を追いかけた。
***********************************************
人気のなさそうな路地裏で、「ここでいいか」とニツクダは足を止めた。
「──闘うためって、どういうことだよ。いい加減な理由だと許さねぇぞ」
ショウは怒り半分、疑問半分で聞く。本当に殺されるかと思ったのだ。ふざけた理由なら許さない。
「そうだな。すまねぇ。オイラの勝手な理由でお前さんを巻き込んで、本当に申し訳ないと思ってる」
ニツクダは頭をしっかりと下げ、謝罪の意を示す。これほど謝られれば、許さないのも筋違いか。
「ん。まぁ、許す。でもなんでそんなことするんだよ」
「お前さんの実力を測りたかった。オイラがお前さんに託せるのか、見定めるために」
「……託す?」
「あぁ。それで、お前さんは十分強い。だから頼みたい」
「頼むってったって──」
大事な部分を聞こうとした瞬間、爆音が響き渡った。同時に、地面がぐらぐら揺れ始める。
「地震!?」
ショウは脚が細いからか、揺れに寄る力をもろに受けて、やじろべえのように揺れる。
この事態はニツクダも分かっていなかったようで、動揺を見せる。いや、彼の動揺は揺れに対してというよりは、その震源──城に対して向けられたもの。
「──な、んだ、あれ?」
彼の視線の先、建物と建物の間からたしかに見える巨木の形をした城。それが今、現在進行中で、崩壊していた。
彼は少し固まり、数秒後、結論にたどり着く。
「ヘキサか。あの野郎」
その途端、溢れんばかりの殺気がこの場を満たした。先程の戦闘ではショウを殺す気などさらさらなかったことを、ショウは実感する。
「ニツクダ?」
「…………すまねぇな。取り乱しちった。だが、急がないといけねぇみたいだ。ショウ、頼み、聞いてくれるか?」
「いや、待って」
すぐにでもその頼みを口に出そうとするニツクダだが、ショウは一度止める。その理由は、ここに来た目的。ここへは、魔王ローリィを我が『使徒』のチームへ引き入れるためにやってきた。『聖戦』とやらまであと数日しかない。そんな余裕のない中、彼の願いとやらを聞いて受けてやれるだろうか。聞いてから、「時間がないから無理かも」だなんて、言いたくはない。
──だが、ニツクダは
「いや、待たねぇ。お前さんしかいねぇんだ。頼む」
その赤く宝石のような目には、ショウだけが映っていた。
「ショウ。この国をぶち壊してくれッ!!」
また、地面が揺れた気がした。