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第08話 風の契約儀式


 夜が明けたとき、風はすでにユノを呼んでいた。

 草原に立ち、目を閉じて耳を澄ます。

 遠くから吹いてくる風の音が、彼の心をやさしく叩いていた。


『準備、できてる?』


 ユイリの声が風に乗って届く。優しくも、どこか張り詰めた気配があった。


「うん。行こう」


 そう言った瞬間、足元に風の道が現れた。

 草が自然に寝そべり、一本の細く長い道となって伸びていく。


 ユノはその道を進んだ。

 森の奥へ、もっと奥へ。

 やがて空が開け、淡い光が辺りを満たす不思議な空間が現れた。


 そこは――風の祭壇。


 木と石と風が交じり合った、自然そのもののような場所。

 中央には小さな浮遊石があり、その上で風が渦を巻いていた。


『ここが、契約の場。私と君が心をつなぐ場所だよ』


 ユイリが姿を見せた。小柄で透明感のある体躯、緑がかった長い髪がふわふわと揺れている。

 瞳は空のように澄んでいて、どこか哀しみを含んでいた。


「これから……何が起こるの?」

『君自身が、自分の“奥”と向き合うことになる。風の契約は、表面じゃない。心の底を見せてくれる?』


 ユノは、一瞬だけ躊躇たが、逃げたいとは思わなかった。


「わかった。見せるよ。僕の全部を」


 ユイリは微笑み、右手を差し出した。


『目を閉じて、私と心を重ねて』


 ユノがその手に触れた瞬間、意識が遠のいていった。


 ――次に目を開けたとき、ユノは闇の中に立っていた。


 視界はぼんやりと暗く、どこまでも空っぽだった。

 誰もいない、何もない。


「ここは……僕の心?」


 誰にも気づかれず、誰にも必要とされなかった日々。

 ギルドでただ黙って草をむしり続けていた頃の記憶が、闇の中に浮かび上がる。


『おまえなんて、何の役にも立たない』

『草むしり? 笑わせんなよ』

『どうせまた、こぼしたんだろ。邪魔なんだよ』


 投げられた言葉、冷たい視線。

 何も言い返せなかった自分。

 ユノは、ただそこに立っていた。

 ひとり。声も出ず、動くこともできなかった。


(……また、あの頃に戻るのか?)

(あの時の自分が、まだここにいる……?)


 その時、背後から風が吹いた。

 ふと振り返ると、光の中にユイリの姿があった。


『ユノ、私には、君が頑張っているのを見ていたんだよ?』

「……でも、僕は……」

『耐えていたんじゃない。『やさしさ』を捨てなかっただけ。傷ついても、人を嫌いにならなかった。だから、私は君を選んだ』


 ユノの胸に、小さな風が吹き込んだ。

 その風は、あの冷たい記憶の中にも入り込み、少しずつ闇を拭い去っていく。

 ユノは、そっと目を閉じた。

 過去は、なくならない。

 けれど、それに意味を持たせることはできる。

 そして、今、誰かがそれを見てくれている。


(――ユイリ)

「……ぼくは、ぼくのままで、誰かとつながりたい」


 その言葉を口にした瞬間、闇が晴れ、ユノの胸に暖かい光が灯った。

 気づけば、彼は祭壇に戻っていた。

 ユイリの手が、彼の胸元にそっと触れていた。


『……契約、完了だよ。おめでとう、ユノ』


 彼の胸元には、風の紋章が淡く輝いている。

 葉を象ったようなその光は、すぐに肌に溶けて消えた。

 ユノは不思議な感覚に包まれていた。

 風が、心に入り込んでくる。

 言葉ではない『感覚』が、彼の中で形になっていく。


 次の瞬間、風がユノの足元から立ち上り、空気が鋭く震えた。


「……これが、風の魔法?」


 彼の手元に、小さな風の刃が現れる。

 それは指先ほどの大きさだったが、しっかりとした『力』を持っていた。


『それは《風刃》の初歩。これから、もっとたくさん覚えていこう。風は形を変えて、君の想いに応えてくれる』


 ユノは空に向かって手をかざす。すると、身体がほんの少しふわっと浮かび上がった。


「浮いた……!」

『それは《浮遊》。君に合った風が、そっと支えてくれてるの。焦らず、ゆっくり慣れていこう』


 ユノは深く息を吐いた。風が、体の内から広がっていく。

 自分の中に、新しい力が根づいたのだと、はっきり感じられた。


「……ありがとう、ユイリ」

『こちらこそ。君と契約できて、ほんとうによかった』


 風が草を揺らし、森の音が遠くで鳴る。

 ユノの冒険は、ここから、始まったのだから。

読んでいただきまして、本当にありがとうございます。

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