第07話 精霊の道
風の導きに従って森を歩いていたユノは、いつの間にか空の色が変わっていることに気づいた。
昼の光は薄れ、木々の合間から差し込んでいた日差しも見えなくなっていた。
代わりに、青とも白とも言えない淡い光が、まるで空気そのものから溢れているかのように満ちていた。
「……ここ、どこ……?」
口にした途端、足元からふわりと風が巻き上がる。
風に混じって、いつもの声が耳元に届いた。
『ようこそ、ユノ。ここは『風の回廊』……私たち風の精霊が集う場所――人間の世界とは、ちょっと違う場所だよ』
「……精霊界……?」
『入口、ってところかな。精霊界のすべてに踏み込むには、まだ早い。でも君なら、ここから始められる』
ユノの周囲を見回すと、そこには現実離れした風景が広がっていた。
空はどこまでも広がり、天井はなく、上下の感覚すら曖昧になるほどだった。
足元には草のような光の筋が広がっており、宙には羽根のような葉がふわふわと浮かんでおり、空中に漂う淡い光――それらが、風精霊たちの『気配』なのだと、ユノは直感する。
小さな光の粒が、ふわりと彼の前を横切る。
まるで生きているように、ひとつ、またひとつと舞い上がっていき――風に乗った声のように、ささやきがあちこちから聞こえてきた。
『あの子が……』
『この子が、『草の手』……?』
『やさしい手だった。大地を痛めない……風がよく知ってる』
ユノは思わず立ち止まった。
「……声が、聞こえる」
『うん、彼らの声。心で話しかけてごらん。言葉じゃなくて、想いで』
ユイリの言葉に従い、ユノは小さく目を閉じる。
草をむしるときの感覚。土に触れたときの温度。
風が吹いた瞬間の、あのやわらかさ。
――ありがとう。
――ぼくは、ここに来られて嬉しい。
伝えようとした気持ちに応えるように、風の粒がひとつ、彼の手のひらにふわりと乗った。
「あ……」
手のひらに触れたそれは、ほんのりと温かかった。
見た目はただの光なのに、しっかりと“存在”を持っていた。
『触れさせてもらえたね。それは、彼らが君を受け入れた証。ここまで来た人間は他にもいたけど、触れさせてもらえたのは、ユノが初めて』
「……どうして、ぼくに?」
『それは君が、ずっと『対話』してきたから。スキルに名があるとかないとかじゃない。草をむしり、土を撫で、風に耳を澄ませてきた。その積み重ねが、ここに届いたんだよ』
ユノは小さく息をのんだ。
自分がしてきたこと――誰からも無駄だと言われ、笑われてきたこと――それが、『ここ』につながっていた。
『でもね、ユノ。ここに来ただけでは、まだ契約はできない。精霊と心を結ぶには、“心を開くこと”が必要なんだ』
「……心を開く?」
『うん。精霊と契約するってことは、ただ力を貸し借りする関係じゃない。ちゃんと、『心』を渡して、『心』を受け取る。それが本当の契約なんだ』
「……こわいこと、なのかな?」
『場合によるかなぁ……相手によっては、とても厳しいこともある。けど、私は君とつながりたいと思ってる。怖くはないよ』
ユノは風の粒を見つめる。
小さな命のように揺れるその光が、まるで問いかけてくるようだった。
――本当に、君はつながる覚悟があるの?
『ねぇ、ユノ。明日、契約の場へ行こう』
「……わかった。行くよ」
すぐに言葉が出たわけじゃなかった。
でも、ユノの中には確かに、この出会いを無駄にしたくないという気持ちがあった。
かつて、自分を追い出した人たちとは違う。
ここにいる彼らは、ちゃんと見てくれている。
『じゃあ、今日はここまで。少しだけ、精霊たちと風に慣れて』
「うん……ありがとう、ユイリ」
ユイリの声は、くすぐるように笑った。
その声と共に、周囲の風がいっそう軽やかに舞い、ユノの髪をそっと撫でていった。
静かな風の中、ユノは風精霊たちの光に囲まれながら、そっと目を閉じる。
――次は、『心』でつながる時。
そうして、彼の中の風が、またひとつ強く吹き始めていた。
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